叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
57 / 86

57話 僅かな隙に

しおりを挟む

 メリエルを見たクレメンティナは、こんな女に自分は負けたのかとプライドをへし折られたように感じた。王女として、女として、許せない気持ちが沸々と湧き上がってきたのだ。

 悔しそうに睨むクレメンティナの様子がただ事でないと流石にメリエルもすぐに分かったのだが、だからと言ってどうすればいいのか分からずに戸惑うしか出来なかった。

 相手が王女であるからシオンもどう言えばいいか分からないし、ジョエルもこんな状況に対応する技を持ち合わせてはいなかった。

 ジリジリとメリエルににじり寄るクレメンティナ。その気迫さが異常に感じ、少しずつ少しずつ、メリエルは後退りしていく。

 シオンとの婚姻も納得などしていなかった。ただ、それが遺言であり生前より約束された事であった為覆す事は叶わず、嫌でも受け入れるしかなかった。しかも悪女と噂はあれど、シオンは誰よりも美しい。それに母親は国を救った元聖女だ。

 認めたくはなかったが、ここまで心を乱される程ではなかった。
 精々、茶会で嫌味を言う位にとどめていた程だった。

 だがメリエルは違う。なんの後ろ盾もない、田舎育ちの子爵令嬢。容姿は美しいとも可愛らしいとも言える程ではなく、愛嬌はあるかも知れないがクレメンティナからすれば普通だ。

 普通の、何の取り柄も無さそうなただの女。

 そんな女に負けたのが許せなかったのだ。
 
 
「お前が……お前が……」

「あ、の……わ、私は、メリエル・アイブラーと申します。奥様の、侍女を……」

「なんでお前みたいな女にリュシアンがっ……!」

「えっ!?」


 どこに隠し持っていたのか、気づくとクレメンティナは短剣を手にしていた。
 鞘を投げ捨て、刃先をメリエルへと向ける。


「な、なにをっ!」

「お前なんかいなくなればいいのよ!」


 そう言ってクレメンティナは、メリエルに向けて滅茶苦茶に短剣を振り回した。
 メリエルはクレメンティナが誰で、なぜ攻撃されているのかも分からずに、ただ逃げるしか出来なかったが、その気迫さに足が思うように動かなくなる。

 流石にこれはヤバいと、ジョエルがやめさせようと前に出たところで、クレメンティナを止める人物が現れた。


「何をしている!」


 駆け付けたリュシアンがクレメンティナの手首をパシッと掴み、その動きを止めたのだ。

 手からポトリと落ちた短剣。リュシアンはそれを拾い、ジョエルの方へ投げ捨てる。
 ジョエルは短剣と鞘を拾い収めて、クレメンティナが落ち着いてから返そうと自身の腰に携えた。

 ホッとしたメリエルは、その場に崩れ落ちるようにペタンと座り込んでしまう。

 
「王女……これはどう言うことですか」

「リュシアン……違うの、これはね、この女がね」

「何をしに来られたのですか。今日此方に来られるとは聞いておりませんが」

「貴方が……っ! 貴方がいけないのよ?!」

「とにかく、今日はもうお帰り頂けますか。私がお送り致しますので」


 呆れるようにため息を吐き、何事もなく済んで良かったと気を緩めた。
 しかしまさかこんな事をするなんてと、何がそうさせたのかと、不意にクレメンティナに目をやる。


「リュシアン……そんな目でわたくしを見ないで……」
 
「今日はお一人で来られたんですね。いけませんよ。王女に何かあっては部下の責任となりますから」

「リュシアン……」

「今日はお茶もお出しできません。申し訳ありませんが突然の事でしたので」


 それ以上何も言えずハラハラと涙を流すクレメンティナを見ないようにして、握っていた手首をそっと離す。

 どうなってこうなったのかは分からないが、きっと自分のせいだろう。クレメンティナのリュシアンへの好意はこれまでもあからさまであって、だが婚約者がいると言う理由で悉くクレメンティナの好意を無下にしてきた。
 だからこれは自分の責任なのだとリュシアンは考えていたのだ。

 クレメンティナを王城へ帰し、今日の事を国王陛下に報告し、今後はこんな事の無いように警告しなければ。いつ飛び火がシオンに向くか分からない。キチンと対処しなければ。

 そう考えつつ、ふと目を落とすとメリエルの姿が見えた。それが以前へたり込んだシオンの姿と被って見える。
 なぜメリエルに刃を向けたのか分からないが、もしかしたらシオンを守る為の犠牲となってしまったのかも知れないと考えると、自然とメリエルに足が向く。

 立てるように手を差し伸べると、メリエルはオズオズと手を伸ばす。

それを見たクレメンティナは、また嫉妬の炎に身が焼かれるように感じた。優しさは自分には向けられない。自分の何がいけないのかも分からない。下級貴族の田舎娘に取られるくらいなら……

 クレメンティナが持っていた短剣は一本だけではなかった。

 自分に背を向けこちらを見ようともせずメリエルに手を貸すリュシアンを、何をしても振り向かないこの男を、ならばと永遠に誰のモノにもならなければいいと、クレメンティナは短剣を握り締めてリュシアンへと向かって行った。


「公爵様っ!」


 クレメンティナの行動に気付いたジョエルは、咄嗟にリュシアンを呼び駆け寄る。
 
 刃はリュシアンに向かって行ったが、それよりも早くジョエルがそれを遮った。


「ジョエルっ!!」


 シオンの叫び声と同時に、ドンッと何かが背中にぶつかったように感じたリュシアンは、何事かとすぐに振り返る。

 目の前にはジョエルの背中が見えていて、ジョエルの前にはクレメンティナがいて。

 ゆっくりと膝を折るようにしてジョエルが低くなって視界が広がっていく。

 クレメンティナの顔は青ざめて、震えながらジリジリと後退っていく。

 そしてその場にドサリとジョエルは倒れた。

 ジョエルの腹には短剣が刺さっていた。

 
「王女……何を、した……?」

「わたくし……わた、くし……」

「ジョエルっ!!」

 
 ジョエルが倒れているのを見て、リュシアンはギロリとクレメンティナを睨みつけた。その眼光に驚いたクレメンティナは、その場でしゃがみ込み、震えて泣き出してしまう。

 すぐにリュシアンはクレメンティナを拘束するべく両手首を掴む。
 ほんの少し目を離した隙だった。その僅かな隙にクレメンティナがこんな事をした。

 このままにしてはおけなかった。

 しかし王女を縛り付ける訳にもいかず、ただリュシアンはクレメンティナがこれ以上何も出来ないように両手首を握り締めるしかなかった。

 
「ジョエル! しっかりしろ! なぜ私を庇った?!」

「貴方には……迂闊な行動を、しないで、と言ったじゃ、ないです、か……」

「私なら平気だったんだ! なのに……!」

「なぜ、平気、だっ、た、のか……よく、考え、て……」

 
 そう言いつつも、ジョエルの言葉は段々とか細くなっていったのだった。
 
 



 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」 ホント突然だよ! いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。 両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。 「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」 「そういうのは間に合っていますので」 現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。 一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから! そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます? やります、やらせてください! 果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!? いえ、王妃様の方が怖いです。 聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄された悪役令嬢は聖女の力を解放して自由に生きます!

白雪みなと
恋愛
王子に婚約破棄され、没落してしまった元公爵令嬢のリタ・ホーリィ。 その瞬間、自分が乙女ゲームの世界にいて、なおかつ悪役令嬢であることを思い出すリタ。 でも、リタにはゲームにはないはずの聖女の能力を宿しており――?

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

処理中です...