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56話 クレメンティナの想い
しおりを挟むシオンとジョエルは、別邸の庭の花々に水をやりつつ整備をしていた。
ルマの街で買ってきた花の苗以外にも、リュシアンが用意させた苗も加わって、それらを植え替え世話をするのが今のシオンには幸せを感じるひと時となっている。
あまり無理をしないようにとリュシアンから言われているが、拙くも自分に出来る事があるのにシオンは嬉しく感じているのだ。
「お嬢様、そろそろ休憩なさってはいかがてすか? あまり根を詰められてはまた体調を崩してしまいます。そうなれば私が公爵様に叱られてしまいますから」
「そうなんだけど……あともう少しだけ。ね? もうすぐお昼だからそれまでは……あ、ほら、ここ見て? もう蕾ができ始めてるの」
「この前植え替えたばかりなのに……成長が早すぎですね。まさかお嬢様、何か力を使われたりは……」
「わたくしは何もしていないわ。だって、使わない方が良いのはジョエルも知ってるでしょう?」
「もちろんです。でも……そうなら可怪しいですね……」
などと話していた時に、二人に近づく人影が見えた。昼食の準備をしに行ったメリエルが呼びに来たのかと目を向けると、そこにいたのはクレメンティナ王女だった。
「お、王女殿下! なぜこちらに……! あ、いえ、その……王国の慈悲なる小さな月、王女殿下にご挨拶を申し……」
「あら、モリエール公爵夫人。そんな堅苦しい挨拶は必要ないわ。私と貴女の仲じゃない」
「えっ、と……はい……」
一体どんな仲なんだろう……と考えつつ、不敬にならないように頭を下げたシオンだったが、その姿は庭仕事がし易いように軽装であり、所々土や泥で汚れていた。
怪訝な表情でシオンを足先から頭の天辺まで凝視してから顔を見て、ニッコリと笑顔を作ったクレメンティナに合わせるように、シオンもニコリと引きつった笑顔を返した。
クレメンティナの当然の来訪に戸惑うしかなく、高貴の女性を迎えるような場も設けていない状態で、シオンはどうしようかとオロオロしていた。
「僭越ながら発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」
狼狽えるシオンを見て前に出たのはジョエルだ。クレメンティナは面白いモノでも見るように頬を緩ませる。
「えぇ。許可するわ」
「申し訳ございませんが、王女殿下の来訪を知らされておらず、お迎えする準備ができておりませんでした。暫し時間を頂きたく願います」
「あら、気にしなくていいのよ。わたくしはただ、公爵夫人とお話がしたかっただけなの」
「では立ち話もなんですから、すぐにテーブルをご用意させて頂きますので……」
「いいわ。勝手に来たのはわたくしの方だもの。気にしなくても怒らないから」
「ですが……」
「出過ぎるのは良くないわ。わたくしは構わないと言っているのよ」
「……畏まりました」
王女であるクレメンティナにこう言われては、流石にそれ以上ジョエルも言葉を発するのは憚られた。
クレメンティナは辺りを見渡し、整備途中の庭を見て鼻で「フッ」と笑ってから、シオンに向き合った。
「もう傷は大丈夫なのかしら? わたくし、心配で何度もこちらへお見舞いに来たかったの。でもリュシアンが必要ないって断っちゃうのよ」
「そうでしたか。何度もお手紙を頂き、見舞品も多く頂き、本当にありがとうございました。こちらから直接お礼をお伝え赴かなければいけませんのに、ご足労頂き、恐悦至極に存じます」
「そうね。まぁ、仕方がないわ。常識を知らないとそうなるのでしょうし」
「至らなくて申し訳ございません」
突然来た癖に常識を知らないとはよく言えたものだと、ジョエルは今にも口に出しそうになりつつ胸にとどめた。
「あの時ねぇ、わたくし見ちゃったの。いえ、他にも遠目にだけど、あの魔物にリュシアンが襲われるところをね、あの茶席にいた夫人達もそれ以外の人達も、皆見てたのよ?」
「そう、でしたか」
「まさか貴女ではなく、リュシアンが侍女を庇うだなんて……信じられなかったわ」
「……っ!」
「可哀想に。自分の侍女が夫の愛人だなんて。許せないわよねぇ? それとも、公爵夫人は寛大なのかしら? そんな事は気にならないのかしら?」
「それは、その……」
「わたくしだったら耐えられないわ。自分は助けて貰えずに傷を負う事になってしまうだなんて。これじゃあ、妻である貴女より愛人である侍女の方に気持ちがあると言っているようなものだもの」
「……」
「でもね、貴女の気持ち、わたくしは分かるの。悔しいわよね? 悲しいわよね? 辛いわよね? なぜ自分じゃなくて他の女をって!」
「いえ……」
「嘘おっしゃい! 貴女も嫉妬したはずよ?! そのせいで、侍女を、愛人を助けたせいで貴女は守られず怪我を負ったのよ! 普通なら耐えられない事だわ!」
「ですがわたくしは……!」
「良い子ぶらないで! 悔しい癖に! 腹立たしく思っている癖に! リュシアンがあんなふうに身を挺して守ったのがどうして他の女なの! どうしてわたくしじゃないの!」
「え……?」
「愛人を作るのは殆どの貴族がしている事だわ。王族なら側室をとるけれど。でもリュシアンがそんな事をするなんて、考えられなかったわ! 許せなかった!」
「あの、王女殿下……?」
いきなり激高しては落ち着きを取り戻したり、こちらの言う事は聞かなかったりと、クレメンティナは情緒不安定に見えた。何かおかしな方向に話が行ってるように感じたが、シオンがそれに何も言える筈もなく……
「ふふ……だからね。わたくし思いついたの。貴女に提案してあげようと思ったの。離縁なさい。愛人は立派な理由にできるわ。わたくしが協力してあげるから心配しなくても良いのよ」
「離縁なんて……! そんな事は考えておりません!」
「どうしてよ?! 貴女はリュシアンから愛されていないの! なら貴女を愛する人と一緒になればいいでしょう?!」
「あ、愛する人、って……?」
「わたくしはずっとリュシアンだけなの! 初めて会った時からリュシアンしか見えなくなったの! 貴女みたいに誰でも良いわけじゃないの!!」
「誰でもとか、そんな事はありません!」
「返してよ! リュシアンを返しなさいよ!」
「王女殿下、何を……っ!」
昂ぶった感情を露にし、クレメンティナは涙を流しながらシオンに詰め寄る。思わずシオンは後退ってしまう。
「奥様! お待たせしました! 昼食の準備が整いました、よ……」
その時、本邸から駆け寄るようにメリエルがやって来た。言いながら他にも誰かいる事に気付いたメリエルは、高価なドレスと装飾品に見を包むその女性が誰かは分からなかったが、高位の存在だとすぐに認識し、弁えて姿勢を正した。
メリエルを見たクレメンティナは、ギリリと歯を鳴らす。
この時、クレメンティナの感情の矛先はメリエルへと移ったのだった。
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