叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
49 / 86

49話 ルマの街

しおりを挟む

 今日は街へ行く。

 幼い頃、ジョエルを助ける為にルストスレーム家を抜け出して街へ行ったのが今世では最初で最後の事だったので、シオンは街へ行けるのがとても楽しみだった。

 昨日から嬉しくてなかなか寝付けなかったし、ワクワクして朝食もあまり食べられなかった程だ。

 シオンは貴族としてではなく、一般庶民として街に行ってみたかった。その街に馴染みたいとの思いからだ。
 なので着替えたのは質素な服だった。

 とは言え、シオンの持っていた服とは雲泥の差の物で、生地は肌触りの良い高級の布であって、色彩も豊かで鮮やかで、古びた所は一つもない上品なワンピースだった。
 町娘に見えるように、との事だが、富豪の娘に見える程の服であり、それを着る事になったシオンは少し緊張してしまう。

 これもリュシアンからの贈り物で、シオンが街へ行くとなってから急遽用意された物だったが、シオンはリュシアンの心遣いが嬉しくて仕方がなかった。

 
「では公爵さ……あ、えっと、リュシアン、様、行ってまいります」

「あぁ。無理はしないようにな。体調が悪くなればすぐに戻ってくるんだぞ。欲しい物があれば、モリエール家の名前を出せば支払いせずとも送って貰える。食事をする場所も、モリエール家の名前でどこにでもすぐに入れる筈だ。路地裏や怪しいと思う所は近寄らないように。それと人とぶつからないように距離を保って歩くように。肩の怪我にさわるといけないからな。それから……」

「ふふ……公爵様は心配性なんですね」


 あれこれ口出しするリュシアンにメリエルは微笑ましく感じて笑ってしまう。シオンは恥ずかしくなって俯いてしまう。
 

「あ、いや、そういう訳では無い! こ、公爵夫人として、だな、弁えて貰いたい、と思ってだな……!」

「はいはい、分かっておりますよ。ご心配には及びません。私がついておりますので。では行きましょうか、お嬢様」


 リュシアンの言葉をぞんざいに扱うのは例の如くジョエルだ。
 今更反省して心を改めても遅いとばかりに、リュシアンの言葉を無礼にも遮ってシオンを馬車へといざなう。

 ジョエルに窘めるような視線を向け、シオンは姿勢を正しリュシアンに向き合い、にっこり微笑む。


「ありがとうございます、リュシアン様。遅くならないようにしますので」

「そう、だな。まぁ、楽しんでくるといい」

「はい!」


 公爵家と分からない馬車で、これからシオン達は街へと向う。ジョエルはもちろん、メリエルも一緒だ。

 向かった先はルマの街。

 公爵邸からは一番近くの街で、モリエール領の中で最も栄えている街だ。
 馬車で一時間弱程の道のりだが、それさえもシオンには楽しく思えてならなかった。

 初めてに馬車に乗ったのは、ルストスレーム家からモリエール家に嫁ぐ時だった。その時はルストスレーム家から脱出できた安堵感、リュシアンに会える高揚感、悪評の自分が受け入れられるかどうかの不安感等が合わさって、複雑な心境でいた事を思い出す。

 あの時とは打って変わって、今日のシオンはワクワク感、リュシアンからもたされた幸福感、これからの事が上手く行きそうな期待感等が胸を埋め尽くしていて、終始笑顔の状態だった。

 共に馬車の乗っているメリエルも、こんな楽しそうなシオンを見たのが初めてで、まるで幼い子供のようだなとその様子を見ているだけで嬉しくなっていた。

 街にたどり着き馬車から降りる。

 すかさずジョエルがシオンをエスコートする。そっと足を地に下ろすと、そこは今まで見た事もない程賑やかで、人々が多く活気があった。


「ね。ねぇ、メリエル……今日はここで何か催しがあったりするのかしら?」

「いいえ奥様。このルマの街はこれが日常なんです。とても活気があるでしょう?」

「本当ね。これだけの人々の姿を見たのは初めてよ」


 珍しい物を見るように、シオンは辺りをキョロキョロ見渡す。

 少し離れた所には路上市場があり、そこでは多くの人々が買い物を楽しんでいた。それを見て何かの催しなのだとシオンは思ったのだ。

 ジョエルの腕に支えて貰いながら街中を歩いていく。それを見守っているモリエール家の護衛の者達。シオンはジョエルがいれば大丈夫だと言っていたが、リュシアンはジョエルの腕前も知らないし、一人に任せるのが不安だった。

 だから秘密裏に護衛を就かせたのだ。

 そんな事とは露知らず、シオンは嬉しそうに街をゆっくりと歩く。その歩調にメリエルもジョエルも合わせ、ゆっくりと歩いていく。

 建物は大きく、だけど所々木々もあって、道路脇にはベンチがあり休憩できるようにもなっている。
 子供達も嬉しそうに走り回っていたり露店の物を買い求めていたり、とても治安も良さそうに見えた。

 花屋に寄り苗を購入し、露店で売っていた綿飴を食べ、路上で歌う歌人の美しい声に耳を寄せ、メリエルに声をかける人々と気楽に会話をする。

 どれもが今まで経験した事の無かった事で、シオンには貴重な経験だった。
 しかしメリエルは、シオンから段々と笑顔が消えている事に気づいていて、その原因が何なのかを様子を見ながらずっと探っていた。  

 しばらく歩いて、疲れただろうとジョエルはシオンに休憩を促す。

 街の中心部には広場があり、そこにも露店が多くある。中央部分に噴水があり、その周りを囲うようにベンチが設置されており人々がくつろげる状態となっているので、そこで一休みしようとしたが……
  
 シオンは立ち止まり、辺りを見渡す。

 先程からシオンは既視感に襲われていた。

 初めて来た筈の場所。なのに知っている場所のように感じるのだ。


「奥様、どうかされましたか?」

「この街は……」

「この街がなにか?」

「いえ……その……みんな笑顔で良い人達ばかりだと思ったのだけど……」

「そうなんです。ここルマの街は『祝福の街』と呼ばれているんですよ」

「祝福の街……?」


 メリエルはシオンにこの街の事を話そうとしてハッとし、黙ろうかと悩む。
 しかし途中まで言ってしまったが為に言わないという選択は出来なかった。ジョエルとシオンをチラリと見てメリエルは深く呼吸をし、息を整えてから告げた。


「この街は昔、元聖女様が疫病から守った場所なんです」

 
 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」 ホント突然だよ! いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。 両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。 「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」 「そういうのは間に合っていますので」 現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。 一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから! そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます? やります、やらせてください! 果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!? いえ、王妃様の方が怖いです。 聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。 ※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

処理中です...