44 / 86
44話 涙の理由
しおりを挟むシオンが目覚めたのは、怪我を負ってから二日後の事だった。
その時には既に本邸にいて、側にはメリエルがいて看病してくれていた。
肩の痛みに襲われ、高熱にうなされる日々を過ごし、少しずつ回復し体を起こせるようになったのはそれから一週間程経った後だった。
リュシアンは毎日シオンの部屋の前まで来ていたが、まだ状態が良くないと聞くと無理に会おうとはしなかった。いや、出来なかった。守れず、怪我を負わせてしまった事に合わせる顔がないと思っていたからだ。
そうして一週間後、やっとリュシアンはシオンと対面する事となった。
部屋に入ると、ベッドの背もたれに体を預けて座っているシオンが目に入る。
顔色は芳しくなく、よく見ると医師が言ったようにシオンはかなり痩せているように見えた。こんな事にも気づかなかった自分が、情けなくて腹立たしい。
リュシアンを見るなり、シオンが開口一番言った。
「公爵様は、お怪我はありませんでしたか?」
「……っ!」
その問いかけには流石にリュシアンは面食らってしまう。
シオンの方が酷い怪我を負ったのに、何故自分の心配をするのかと、思わずシオンを凝視してしまう程に驚いたのだ。
ため息を吐くように深く呼吸をして、それから言い聞かすように
「私はなんともない」
と答えた。それを聞いたシオンは嬉しそうにふわりと笑って、
「良かったぁ」
と言ったのだ。何が良かったのか。まだ痛みが続く状態なのに、なぜ人の心配をするのか。リュシアンはシオンがどういうつもりなのか、全く分からなかった。
「私は怪我を負っても、たちまちに治る体質なのだ。心配は必要ない」
「そう、なんですね……」
気づかれてない。良かったと、シオンは安堵した。今回は目の前であの現象が起こったのだから、もしかして悟られたのではと内心ヒヤヒヤしていたのだ。
しかし本来あり得ない事が起こっているのだからバレようがないと、シオンの心は落ち着いたのだった。
「公爵様……この度は申し訳ございません」
「なぜ貴女が謝るんです?」
「わたくしの為に、皆の手を煩わせてしまっています。公爵様も何度もお見舞いに来てくれていたと聞きました。お忙しいのに……」
「貴女は謝る必要などありません。謝るべきは私の方です」
「なぜ公爵様が謝るんですか?」
「貴女は私の妻です。なのに守る事が出来なかった……」
「いいんです。気にしないでください」
「そんな訳には……」
「公爵様が無事なら、それでいいんです」
そう言って微笑むシオンが儚く見える。顔はフィグネリアに似ているが、醸し出す雰囲気はまるで違った。その微笑みは、儚くも慈愛に満ちているように見えてしまうのだ。
やはり自分は何も見えていなかったのかも知れない。そう思うと申し訳無さがリュシアンの胸に溢れてくる。
「聞きたい事があります」
「はい、なんでしょう?」
「もしかして……貴女は母親から、その……虐待、を、受けてきたのではありませんか……?」
「え……」
「貴女の体には古傷があると医師から聞きました。それは虐待の痕跡ではないのですか……?」
「それは……」
「言いづらい事だと分かっています。ですが私は貴女の事が知りたいのです」
「公爵様……」
シオンは嬉しかった。やっと自分を見てくれようとした。でもこれは虐待の痕ではない。これは……
「母に暴力は振るわれていません。これは……違うんです」
「では父親ですか? 貴女は悪女だと言う噂がありますが、それは本当なんですか? 教えてください、本当の事を。……貴女の事を。」
不意にシオンの瞳からは涙が溢れ出てきた。
嬉しかった。リュシアンがはじめて自分と向き合おうとしてくれた。そう思うと涙がとめどなく溢れてくる。
突然泣き出したシオンに、リュシアンは酷く戸惑った。何か自分は気に触る事を言ってしまったのだろうか。悲しませるような事を言ったのだろうか。
考えても考えても、自分が何をしでかしたのか分からない。虐待の事を聞かれたくなかったのか。そう思うと、途端にまた申し訳無さがリュシアンの胸に押し寄せてくる。
「あ、その、すまない、わ、私が悪かった……!」
「いえ……そうではないんです……」
「だが……っ」
まだ泣き止まないシオンを慰めようと、リュシアンはシオンに近寄る。
小さい……
線が細く、とても小さくか弱く見える。
こんな人を今まで自分は嫌悪し酷い言葉で傷付けてきたのかと思うと、自分が悪人のようにも思えてくる。
俯くシオンの髪が、窓から入ってくる風にふわりとなびく。光に反射してキラキラ光る銀の髪が、こんな時なのにリュシアンは綺麗だと思った。
その髪に触れようと、そっと手を伸ばす。
もう少しでその髪に手が届く。
その時。
扉が大きな音をたててノックされた。
それに思わずビクッとして手を引っ込め、リュシアンはシオンから一歩遠ざかった。
やって来たのはジョエルだった。
リュシアンがいて、そしてシオンが泣いている状況を見て、ジョエルはキッとリュシアンを睨みつけた。
「お嬢様に何をしたんですか!?」
「……何もしてはいない」
「泣かしてるじゃないですか!」
「違うの、ジョエル……っ!」
「何が違うんです?! また酷い事を言ったんでしょう?!」
「何も言っては……」
いない、とは言えなかった。リュシアンも何故シオンが泣いているのか分からなかったのだ。
敵から守るように、ジョエルはシオンの前に立ちはだかる。
「もうお嬢様を傷付けるのはやめてください! 守る気がないのなら、せめて何もしないでください!」
「そうだな……」
ジョエルの言葉で傷付いたような顔をしたリュシアンは、申し訳無さそうにシオンに頭を下げた。そして部屋から出て行こうとしたが、不意に振り返りジョエルの目を見て
「お前は一つ間違っている。お嬢様ではない。これからは奥様と呼ぶべきだ」
そう告げて部屋から出て行ったのであった。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の代行、はじめました。
みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」
ホント突然だよ!
いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。
両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。
「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」
「そういうのは間に合っていますので」
現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。
一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから!
そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます?
やります、やらせてください!
果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!?
いえ、王妃様の方が怖いです。
聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された悪役令嬢は聖女の力を解放して自由に生きます!
白雪みなと
恋愛
王子に婚約破棄され、没落してしまった元公爵令嬢のリタ・ホーリィ。
その瞬間、自分が乙女ゲームの世界にいて、なおかつ悪役令嬢であることを思い出すリタ。
でも、リタにはゲームにはないはずの聖女の能力を宿しており――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる