叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
38 / 86

38話 公爵夫人

しおりを挟む
 
 公爵家から狩り場となる森までは、馬車で一時間程の場所にあった。

 メリエルはシオンと同じ馬車に乗せてもらっていた。徹夜の作業であったから、メリエルは揺られる馬車の中で耐えきれずに眠ってしまった。それを優しく見詰めるシオン。

 狩り場に到着しても、メリエルは起きる気配はない。すっかり熟睡していたのだ。
 起こすのが憚られたシオンは、そのまま寝かせる事にした。流石は公爵家の馬車。座席のクッションは柔らかく程よく弾力があり、そして広さがあった。
 ジョエルに頼んで座っていたメリエルを横にさせ、膝掛けを数枚布団代わりにかけてから馬車を降りる。

 そこは森の入口前の広場であり、既に多くの貴族達が集まっていた。

 各貴族毎にテントも張られそこで休憩や食事等を各々で行うが、それ以外にもテーブル等が設置されてあって、軽食や飲物も簡単につまめるように置かれてある。

 そして応援に来た貴婦人達が集うテーブル席もあり、その周りには既に給仕係が待機している。
 子供たちが遊べるスペースも確保されており、ちょっとしたお祭りのような状況となっていた。
 
 この森には魔物はいないとされており、広場と森の境界には結界も張られてあるから、安心して貴婦人達は伴侶や婚約者の帰りを待つ事ができる。
 そして伴侶や婚約者がいない者は、狩った獲物を想い人に捧げる事が告白と同意義となるので、単身で参加する若者も意外と多いのだ。

 既に賑やかな場となっている広場に到着した公爵家の馬車に、そこにいた人々は釘付けになる。

 馬車に記された家門からそれがモリエール公爵家だと分かると、誰もが噂の人物の登場をこの目に留めようと、あちらこちらから集まり注目する。

 美しい侍従が馬車に入り込み、暫くしてから誘い出すようにして侍従が出て女性を馬車から出るのにエスコートする。

 ゆっくりと姿を現したシオンを見て、人々は息を呑む。

 美しい銀の長い髪が日光に反射してキラキラと光っている。そればかりか、宝石を埋め込んだような煌めく瞳も、眩いばかりにキラキラと輝いているようだった。
 透き通るような白い肌。スラリとした鼻筋にクッキリとした大きな目に長いまつ毛。程良く厚みのある唇は仄かに赤らんでいる。
 頬の自然な赤みは憂いを帯びているように見え、誰もがその姿に見惚れてしまう程だった。
 
 あれが噂の悪女なのか。だけどそうには見えないし、思えない。悪女どころか、女神か天使だと言われた方が納得がいく。そんなふうに誰もが一瞬にして考えてしまう程、シオンはこの場にいる誰よりも美しかった。

 遠巻きに皆から見られ、シオンはなんとも居心地が悪い思いをしていた。それはそうか。悪女がやっと登場したのだからと、思わずため息を吐く。
 誰もが尊敬し敬愛するモリエール公爵家当主リュシアンの伴侶となるのだ。注目されるのは仕方がない。

 分かっていても落ち着かない。早くこの場から立ち去りたい。でもそれは簡単ではない事くらい、シオンは充分わかっていた。

 その時、リュシアンがこちらへ向かって来るのが見えた。シオンの心臓は大きくドキリと高鳴る。一定の距離を空けて立ち止まるリュシアン。それが今のシオンには丁度いい距離だった。

 リュシアンとシオンが揃ったのを見て、人々はお似合いの二人だと思った。

 話し掛けようとしたくとも、二人の醸し出すオーラというか雰囲気というか。それが阻むように感じられて誰もが近づく事もなかなかできそうにないが、そんな中堂々とした佇まいでリュシアンに近づき、話しかける人物が現れた。


「モリエール卿、久しいな。息災か」

「国王陛下にご挨拶申し上げ……」

「はは、堅苦しい挨拶はいらぬ。余と卿の仲ではないか」


 にこやかに話すのはこの国、ペグシルダム王国国王ダヴィード・ノルドハイム・ペグシルダムだ。

 国王とモリエール公爵家前当主、所謂リュシアンの父親は兄弟だ。王弟であるモリエール公爵前当主の息子であるリュシアンは、国王の甥となる。
 それ故リュシアンが幼い頃から息子のシルヴィオ王子の遊び相手としてよく王城に招かれていたし、国王もリュシアンを可愛がっていた。

 
「本日はシルヴィオが体調不良で来れなかったのだ。モリエール卿に会えるのを楽しみにしていたのに、残念がっておったぞ」

「それは私も残念です」

「して、そちらにいるのがシオン嬢か?」


 突然名前を呼ばれて、シオンは驚きビクッとなった。国王陛下に直接話し掛けられる事があるなんて、と先程からシオンは萎縮しっぱなしだった。
 それでもリュシアンに恥を負わす訳にはいかず、キチンと振る舞わなければならない。緊張をなるべく悟られないように隠し、ゆっくり深呼吸してから一歩前へと出る。


「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。わたくしはシオン・ルストスレームでございます」

「ほぉ……聖女であった母親とよく似て、そなたもとても美しい」

「勿体ないお言葉てございます」

「しかし、一つ間違っておるぞ?」

「あ、も、申し訳ございませ……」

「遅くなってすまなかった。つい先程婚姻届が受理されたのでな。そなたはこれから、シオン・モリエール公爵夫人だ」

「モリエール公爵夫人……」


 婚姻届に記された名前には魔力が込められる。そうなるように作られた婚姻届は、神官によって署名された二人の名に込められた魔力と融合させられる。

 そうすると、お互いの左手首に腕輪のように印が浮かび上がるのだ。その図柄はそれぞれの家門により異なる。

 シオンはすぐに手袋に隠れた左手首を確認する。そこには花弁のような物がツタに絡まって舞っているような図柄が、リュシアンの瞳と同じ深紅の色で手首に記されていた。

 シオンは自分自身に現れた印に感動を覚え、左手首をそっと右手で覆い、胸に抱く。

 こうしてシオンは晴れてモリエール公爵夫人となったのだった。
 


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

「ババアはいらねぇんだよ」と婚約破棄されたアラサー聖女はイケメン王子に溺愛されます

平山和人
恋愛
聖女のロザリーは年齢を理由に婚約者であった侯爵から婚約破棄を言い渡される。ショックのあまりヤケ酒をしていると、ガラの悪い男どもに絡まれてしまう。だが、彼らに絡まれたところをある青年に助けられる。その青年こそがアルカディア王国の王子であるアルヴィンだった。 アルヴィンはロザリーに一目惚れしたと告げ、俺のものになれ!」と命令口調で強引に迫ってくるのだった。婚約破棄されたばかりで傷心していたロザリーは、アルヴィンの強引さに心が揺れてしまい、申し出を承諾してしまった。そして二人は幸せな未来を築くのであった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...