叶えられた前世の願い

レクフル

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37話 時間は有限

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 狩猟大会に行くには、特別なにが必要と言う事はない。
 ただ、そこに着ていくドレスと日除けの帽子をシオンは持っていなかった。

 そして初めて公の場の場に出る事にも、なんの準備も出来ていない。参加する貴族の名前も知らないし、その伴侶が誰かも分かっていない。社交界では関係性も大きな要因となるから、何も知らずに迂闊な言葉は発せない。全てにおいてシオンは準備不足だったのだ。


「シオンお嬢様! まずはドレスを選びましょう!」

「で、でもわたくしが持っているのかこれだけで……」


 クローゼットに収納されているドレスは流行遅れの質素なドレスばかりが数点だけであったし、靴はいつも履いている物とくたびれたヒールのニ足のみだし、帽子は一つもは無かった。
 絶望がシオンの胸を襲うが、そんなシオンを見てメリエルは力強く言う。


「では私のドレスをお貸しします! それをシオンお嬢様のサイズに合わせ、補正致します!」

「あ、ありがとう、メリエル……」

「なのでその間シオンお嬢様は、貴族名鑑をお渡ししますのでそれを覚えてくださいね!」

「は、はい!」

「ジョエルさんには……えっと、何ができますかね……」

「そうですね……買い出しなら……」

「まだお昼ですし、そうですね。ではジョエルさんには靴を買ってきて貰いたいです」

「靴を?」

「はい。帽子も私のをお貸し出来ますが、流石に靴は無理があるんです。サイズが違うと足のお悪いシオンお嬢様の負担は増すばかりですし」

「分かりました。ですがどのような物を?」

「私のドレスに合わせて無難な物を選びましょう。安い物で構いませんからね。でもまずはどのドレスにするか、選んでからですね」

「はい。承知しました、メリエル嬢」


 メリエルの指示でやるべき事は決まっていく。子爵家とは言え、流石は貴族令嬢だとシオンもジョエルも、メリエルを尊敬の眼差しで見詰めた。

 それからは時間を惜しむように急ピッチで作業は進められていく。
 メリエルは裁縫が得意だったから、サイズをシオンに合わせて、そして少しでも豪華に見えるようにドレスと帽子にレースとオーガンジーで作った花を縫い付けていく。
 
 ジョエルが買ってきたシンプルな靴にも、同じ様に花を付けていく。その手際は見事なものだと、ジョエルも関心した程だった。

 公爵夫人としてシオンに、公爵様に恥ずかしい思いをしてほしくなかった。その思いから一心不乱に徹夜で作業を進め、何とか出発迄に間に合わせる事ができたのだ。

 髪を結い、メイクを施すのはジョエルの仕事で、いつもはシンプルに仕上げるのを今日は普段より華やかに仕上げてみた。


「シオンお嬢様……お綺麗です……素敵です……」

「ありがとう、メリエル。これも貴女がいたからよ。本当になんてお礼をすれば良いのか……」

「メリエル嬢には頭が下がる思いです。私だけではここまで出来ませんでしたから」

「ジョエルさんも私のフォローをしてくださったじゃありませんか。足らない物はすぐに用意してくださいましたし、お茶も食事も食べやすいようにしてくれましたよね」

「そうね。二人がいなければ、わたくしは何も出来ずにいるだけだったわ。本当にありがとう」

「私は公爵家に仕える侍女として、シオンお嬢様付きの侍女として当然の事をしたまでです」

「メリエル嬢、一睡もされてませんよね。今日はこのまま寝てください」

「嫌です! このまま見送るだなんて無理です! 私も行かせて頂きます!」


 ジョエルは良かれと思ってメリエルに休むように言ったのたが、メリエルは事の顛末を見届けたくて同行を主張する。

 メリエルの作業は手の込んだもので、神経を尖らせて丁寧に作り上げたりしていたので気力も体力もすっかり無くなってしまったのを知っていたが、一番の功労者が主張するのであれば、それに拒否するなんて事が出来るはずもなかった。

 少しして、別邸にセヴランがやって来た。

 外出する用意が出来ているシオンを見て、セヴランは少し狼狽えているようだった。リュシアンからシオンに狩猟大会に参加する事を伝えるよう言われていたのに、そうしなかったのはセヴランだ。

 以前リュシアンにシオンの事で苦言を呈されてから、正確にはメリエルの事でだか、セヴランはシオンを恨むような感覚でいた。それは逆恨みというものだが、セヴランにはそう思う事が真っ当な事だと考えていた。


「……ご準備はお済みなのですね……」

「えぇ。わたくしも参加しなくてはいけないとお聞きしましたから」

「そうですか……」


 右眉がピクリと動き、不快感を隠そうともしないセヴランに呆れるしかなかったが、それでもシオンはそれを表に出さずにニッコリ微笑む。
 
 外に出ると、用意されていたのは二台の馬車。リュシアンは既に馬車に乗り込んでいるようで、それとは別の馬車にシオンは乗ることになっていた。

 夫婦で同じ場所に赴くのに、別の馬車に乗ると言う事はあり得ないことだったが、二人きりになったとしても気まずい空気の中目的地まで行くことになるなら、別々の方が良かったんだとシオンは思い込むようにする。

 ジョエルは侍従として認識されているので、シオンと同じ馬車に乗ることは出来ない。だから馬を借りる事になった。
 それは昨日買い出しで馬が必要となり、馬舎の管理人に交渉した時に今日の事も頼んでいたからだ。

 何とか出発まで漕ぎ着ける事ができた。
 
 様々な思いを胸に、一行は狩猟大会へと出発するのだった。



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