33 / 86
33話 確信
しおりを挟むユーリから今ここで起こっている事を聞いたリュシアンは、情けなさと苛立ちで胸が締め付けられていた。
シオン付きの侍女となった事で、メリエルがここの使用人達から虐めを受けている。それはメリエルがシオン達の事を悪く言わないから徐々に起こっていった事で、別邸に移り住んでからは余計に酷くなっていったようだった。
ノアは優しい子だった。人を疑う事を知らず、誰にでも優しく接する子だった。風邪をひいても、迷惑がかかるからと一人で黙って耐えていたり、孤児院で他の子が強請れば自分の食事を分け与えたりもしていた。
そんなノアの姿がメリエルに被って見える。
きっと酷い事をされても、誰にも言えずに一人で耐えていたんだろう。今回はきっと自分以外の者にも影響があったから憤ったのだろう。
それがあのシオンの為だとは……
納得がいかなかった。けれど、メリエルの意志を尊重してあげたかった。しかし本当に別邸では、シオンには何もされていなかったのか?
言葉巧みに良いように使われているのではないか。利用されているのではないか。そんなふうに考えると、やはりシオンの事をすぐに害のない女であるとは思う事はできないのだ。
「別邸はどうだ?」
「そうですね。ここ最近ルストスレーム嬢は部屋に籠もっているようですが、以前はよく庭の手入れをされていました。侍従のジョエルという者が甲斐甲斐しく世話を焼いていましたよ」
「甲斐甲斐しく、か……」
「えぇ。大切に丁寧にルストスレーム嬢を扱っている感じです。まぁ、はたから見れば、その……二人は恋人同士のように、見える、と言いますか……」
「遠慮しなくていい。形だけの夫婦だからな」
「そうでしたね。おそらく二人はそんな関係なのかと思われます」
「そうか……」
「それ以外は特に気になる事は、今のところございません」
「分かった。それと以前から探すよう伝えていた物たが……」
「あぁ、それならやっと一つ、見つけましたよ」
「本当か?! それはどこでだ?!」
「王都の商店で、です。こちらです」
そう言うとユーリは小さな紙袋を一つ、リュシアンに手渡した。受け取ったリュシアンは、すぐに紙袋から中身を取り出す。
それは一枚のハンカチーフで茶色の猫の刺繍が施されてあった。それを見て、リュシアンは嬉しそうな、そして泣きそうな表情になる。
「ありがとう……ありがとう、ユーリ。また頼む」
「畏まりました」
ユーリは軽く一礼すると、瞬時にその場から姿を消した。
リュシアンは手にしたハンカチーフを大切そうに、そして優しく刺繍された猫をそっと指でなぞる。茶色の猫の瞳は緑色で、それは孤児院に住み着いた猫を思い出させた。
幼い頃ノアとリアムは二人で自分たちの食事を少し残しては、住み着いた痩せた仔猫に餌を与えていたのだが、ノアはいつもその猫を
「毛色と瞳の色がリアムと同じだね」
と、嬉しそうに言っていた。
その猫の名前を、二人の名前からとって『ノアム』としていて、ノアが黄色のハンカチを首輪代わりに巻いていたのだが、刺繍にはそれもちゃんと施されてあった。
「やはり、ノア……君は生まれて来てくれていたんだね……」
確信したように呟き、リュシアンはハンカチーフを胸に抱く。
市場に時々売り出されていた、丁寧な刺繍の入ったハンカチーフやハンカチ、小物入れが人気で入手困難となったのは、それが単なる刺繍された物だというだけではなかったからだ。
それを持っていると体調が良くなっただとか、長患いの病が改善されただとか、傷を負ってもすぐに治るだとか、風邪をひかなくなっただとか、そういった噂が実しやかに流れ始めたからだった。
製作者は誰かは分からなかったが、時折出回るその商品の販売元も不明となっていて、入手できたら幸運の女神が微笑んだ、とも言われる程だった。
たまたまその商品、ハンカチーフを手にしたリュシアンは、そこから僅かに微量の魔力を感じた。それはリュシアンが多大な魔力保持者で魔法に精通していたからであって、魔力の無い者や一般的な魔力保持者ならば気づく事はないほど微量なものだった。
だがリュシアンはその魔力がノアの持つ魔力とよく似ている事に気づいたのだ。
それからはその刺繍の施された物を探し出す事に尽力してきた。しかしここ最近、2、3ヶ月程前から、それらが市場に一切売り出される事がなくなってしまったのだ。
持っている者を見つけて、高値で譲って欲しいと言っても、やはり健康には代えがたいと手放す者は殆どいなかった。
そんな入手困難となったノアの刺繍したと思われる布製品は、リュシアンの手元にこれまでに三つあって、今回手に入れた物を合わせて四つとなった。
今までに入手した物の刺繍の図柄は、花、教会、鳥とあって、それらは自分達がいた孤児院を彷彿とさせるものだった。
教会はどこも似たような造りになっているから、刺繍されたものが育った教会だと決定づけられなかったが、花は教会の庭に咲いていたものであったし、朝の目覚まし代わりの小鳥の囀りを思い出させるのは、教会の庭の木にいた刺繍された鳥だった。
そして今回の猫の刺繍を見て、それらはやはりノアが刺繍した物だと、リュシアンは確信したのだった。
「ノア……この時代に……僕のいる世界に生まれて来てくれてありがとう……」
嬉しそうに口から溢れ出た言葉。その時リュシアンが思い浮かべていたのはメリエルの笑顔だった。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
聖女の代行、はじめました。
みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」
ホント突然だよ!
いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。
両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。
「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」
「そういうのは間に合っていますので」
現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。
一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから!
そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます?
やります、やらせてください!
果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!?
いえ、王妃様の方が怖いです。
聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」
ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。
彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」
お嬢様はご不満の様です。
海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。
名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。
使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。
王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。
乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ?
※5/4完結しました。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる