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27話 孤立
しおりを挟む狩猟大会まではあと二週間程で、それまでにシオンは御守りをどうしても作り上げたかった。
通常ならば時間もあるし何も問題はなかったが、今のシオンは右手が麻痺で上手く動かせない。医師に診て貰えなかった為、このままずっとこうなのか、または更に悪くなるのか改善していくのか、全く以て分かっていなかった。
ただリハビリは続けているし、左手も上手く使えるように練習している。
「針……右手じゃ持てないわ。掴んでる感覚もないの」
「繊細な作業となりますからね。では左手でやってみましょう」
シオンが針に糸を通すところから四苦八苦しているのを見て、ジョエルが代わりに糸通しをする。
そんなやり取りを見て、メリエルはまた眉間にシワを寄せた。
「シオンお嬢様……もしかして右手が……」
「最近少し怪我をしたの。今はまだちゃんと治ってないけど、また動くようになると思うわ」
「そうだったんですね……すみません、安易に刺繍を提案なんかしてしまって……」
「いいのよ。元々刺繍は好きだし、むしろ嬉しかったの。良いことを聞かせて貰えて良かったわ。まだ時間はあるから、何とかなると思うの」
美しく微笑むシオンだが、脚や腕以外にも、もしかしたら至る所に怪我があるのかも知れない。その可能性をメリエルは考えた。
ちゃんとフォローしなければ……!
ジョエルがなぜ過保護になるのかが良く分かって、メリエルも同じようにしていこうと再び決心する。
「シオンお嬢様、何を刺繍されるご予定ですか? モリエール公爵家の家紋である剣と盾と獅子の図柄ですか? それとも公爵様の二つ名の鳳凰ですか?」
「そうね。それも良いかもしれないわね。でも、わたくしは違うのにするわ」
「え? 何にされるんですか?」
「ふふ……内緒よ」
嬉しそうにシオンは言いながら布に刺繍を施していく。まずは練習という事で、左手でぎこちなく針を刺していた。
ジョエルもメリエルも、心の中でシオンに
「頑張ってください!」
と応援しながら、たどたどしい指先を温かく見守っていた。
それからシオンは毎日、時間を惜しむように刺繍に没頭していった。
その間ジョエルは庭を整備していく。庭師のおじさんに何とか苗を貰えて、どこにどの苗を植えるかシオンに聞きながら着実に庭を美しく整えていった。
メリエルは食事の用意はこれから自分がするとセヴランに告げ、シオン用にちゃんとした料理が出せないか料理長と交渉した。
だが、シオンを悪女だと思っている料理長もメリエルの言う事に耳を貸さなかった。
仕方がないので使用人用に用意された食事を、バランスよく量も多めに、具沢山のスープとデザートも添えて別邸まで運んで行く事にした。
そして本邸で食事を摂るのではなく、別邸で三人で食事を摂った。
メリエルは他の侍女仲間や使用人達と仲良くすることが出来なかった。なぜならシオンの事を少しでも良く言おうとすれば、洗脳されているだの、騙されているだの、メリエルも悪女の素質があるだの、告げ口されて恨まれていつ仕返しされるか分からないだのと、散々な事を言われてしまうからだ。
そんな経緯からメリエルは本邸では段々と孤立していった。同室の侍女仲間からは完全に無視され、物を隠されたり取られたりした。他にもすれ違いざまに足を引っ掛けて転ばされたり、わざとぶつかられたり、だれかれ構わずに意地悪されるようになっていた。
そんなにメンタルが弱い方では無かったが、誰からもそんな事をされるのがメリエルは苦痛となっていく。
だから本邸から別邸へと居を移すことにした。幸い、別邸に部屋は沢山あって、ジョエルの部屋の横をメリエルの部屋とした。
そうしてからは余計に、メリエルへの当たりは悪くなっていった。本邸へ料理を取りにいく度に聞こえるように悪口を言われ、早くに行かないと料理も食器もすぐに下げられてしまうのだ。
楽しみにしていたモリエール公爵家での仕事。なのに日に日に辛くなってくる。だけどメリエルはシオン達の前では何もないように振る舞っていた。
別邸で三人で過ごす時間が楽しくて仕方がなく、シオンに悲しい思いをしてほしくなかったからだ。
それはジョエルにも同じように思っていて、別邸では笑い合え、この時ばかりは充実した時間を過ごせたのだった。
そんなある日、いつものように食堂へ昼食を取りに行った時のこと。
いつもは多くの人がいて、パンやおかずの良い匂いが食堂から漂っていたのに今日はそんな気配はなく、誰もそこにはいなくて、食堂内は食べ物も何もないガランとした状態となっていた。
メリエルはどうなっているのか訳が分からずに厨房の料理長へ問いただす。だが何も言っては貰えず、他の料理人達からも無視され続けた。
ここまでするのか……
シオンをジョエルを、そしてメリエルを突き放す為、意地悪する為だけに食堂の場所を移すだなんて、そんなだいそれた事を使用人達がこぞってやってのけるだなんて……
悔しくて涙が出た。
何も悪いことはしていない。迷惑もかけていない。なのになぜここまでされるのか。
新たな食堂を探そうとするも、メリエルはここに来てから本邸の内部をよく知らない。知っているのは限られた場所だけで、他はどこに何があるのか分かっていなかった。
何処へ行けば良いのかも分からず、思わずその場で佇んでしまう。
そうやって涙ぐむメリエルをリュシアンが遠目で見ていた事を、その時のメリエルは気づかなかった。
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