26 / 86
26話 味方になる
しおりを挟むメリエルは子爵家の三女として生まれた。
5人兄妹で兄、姉、姉、弟、といった具合で、三女の立場であるメリエルはどうでもいい子の立ち位置だと思っている。
とはいえ、アイブラー子爵家の夫婦仲は良く、兄妹間も悪くない。つつが無い領地経営で生活に困るどころかある程度裕福に暮らせていたし、優しい両親と兄弟達に囲まれて幸せに暮らしてきた、とメリエルは自覚している。
だからシオンの育った環境が信じられなかった。親が子供を愛さないと言う事が理解しづらかった。が、慈善事業を介して知った孤児達がおかれてきた実情。両親が亡くなって仕方なく孤児になったとかではなく、虐待から逃げてきたり、貧困の為売られたり捨てられたりした経緯で孤児となった子達。
そしてそれは平民だけではなく、貴族でも起こりうる事だったのだと知ったのだ。ただ、貴族の場合はお金に困ったら放り出すというよりは、富豪に嫁がせたりして再建を図るのだが。今回の場合はシオンが売りに出されたような感じなのだろうという答えに、メリエルは行き着いた。
そう思うと、シオンがとても痛ましく思えてならない。
「シオンお嬢様、私、頑張ります!」
「メリエル、そんなに頑張ろうとしなくてもいいのよ。ここでは皆で楽しくノンビリ過ごせたらと思っているの」
「そう、ですね。でも……では、私は何をすれば良いんでしょうか?」
「特に何も……あ! そうだわ! お願いしたいことがあるの!」
「はい、なんでしょうか?」
「貴族としての振る舞いや勉強をね、教えて欲しいの!」
「貴族としての……」
「えぇ。わたくしはルストスレーム家では殆ど外出も出来ずにいたの。他に交流できた人は外部にいなかったし……あ、ダニエルくらいかしら」
「ダニエルさんって、ジョエルさんの婚約者の方ですか?」
「ですから婚約者とか、そういうのでは……!」
「ふふ、そうよ。彼は日用品や雑貨等を仕入れてくれる業者さんだったの。昔は傭兵をしていたらしいのだけど、怪我をして引退して今の仕事についたそうなの。彼が来る度ジョエルは剣術をこっそり教えて貰っていてね。その時にジョエルと愛を育んで……」
「育んでません!」
「まぁいいじゃない。だからね、貴族の知り合いは一人もいなかったの。デビューもできなかったし……」
「それで貴族の振る舞いを?」
「えぇ。礼儀作法も恥ずかしいんだけど見様見真似なの。わたくし以外の家族が食事しているのを扉からコッソリ覗いてマナーを見たり、図書室の本で勉強したり、独学でそんな事をしてたんだけど、やはり覚束ないと思うの」
「なんてお労しい……っ!」
「公爵夫人という立場になっても、わたくしにできることは何もないと思うんだけど、少しでも何か身に付けたいと思ったのよ」
「分かりました! 私でお役に立てるのであればどんな事でも!」
「ありがとう、メリエル。よろしくね」
「見様見真似と言いますが、お嬢様の覚えは早いです。恐らくマナーも問題ないと思いますし、脚に怪我をするまでダンスもお上手でした」
「アルトゥルの……あ、弟のね、ダンスレッスンもよく覗きに行ってたの。何度か見つかってつまみ出されちゃったけど」
「そうなんですね……ではまずお勉強をしてみましょうか。算術と国語は必須ですからね。マナーもチェックさせて頂きますね。あと、貴族令嬢の嗜みといえば……絵画や刺繍もいいですね。そう言えば、もうすぐ狩猟大会があるんです。モリエール公爵様はいつも上位にいらっしゃるんですが、婚約者や配偶者から刺繍を施した御守りを渡すのが通例となっているんです」
「御守り……」
「はい! 毎年モリエール公爵様には令嬢達から多くの御守りを贈られるのですが、婚約者がいるからと受け取った事は無いんです。ですから! シオンお嬢様が今年の狩猟大会に向けて御守りを作られてはいかがでしょうか?!」
「作りたい……でも……」
「御守りを受け取った人が優勝すると、その二人は永遠の愛が約束される、とも言われているんですよ!」
「作るわ!」
「お嬢様……っ!」
「モリエール公爵様は優勝候補です! きっと優勝なさいますし、そうなればお二人は永遠の愛が約束される筈です!」
「分かったわ! ありがとう、メリエル!」
シオンのやる気に火がついた。
しかし右手の怪我を負ってから、それまで得意だった刺繍は出来なくなっていた。
それ以前はハンカチやスカーフに刺繍を施した物をダニエルに頼んで売りに出して貰っていたのだが、今はそれも出来なくなった。
それでもシオンは挑戦してみたかった。リュシアンに刺繍を入れた御守りを渡したいと思ったのだ。
刺繍糸や布、裁縫道具はメリエルの持ち物を貸し出してくれた。
メリエルもまた、意中の人が現れれば刺繍入りの御守りを渡したいと思っていたからだが、本当はリュシアンに渡したいと思っていた。
しかしそんな事をシオンに言えるはずもなく、淡い恋心というには幼くて、ただの憧れの気持ちとなったメリエルの想いは少しずつ小さくなっていった。
シオンとリュシアンがもっと仲良くなればいい。誤解が解ければいい。
メリエルはそう思うようになっていたのだった。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
聖女の代行、はじめました。
みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」
ホント突然だよ!
いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。
両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。
「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」
「そういうのは間に合っていますので」
現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。
一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから!
そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます?
やります、やらせてください!
果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!?
いえ、王妃様の方が怖いです。
聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」
ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。
彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」
お嬢様はご不満の様です。
海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。
名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。
使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。
王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。
乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ?
※5/4完結しました。
【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長
五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜
王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。
彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。
自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。
アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──?
どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。
イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。
*HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています!
※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)
話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。
雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。
※完結しました。全41話。
お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜
秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』
◆◆◆
*『お姉様って、本当に醜いわ』
幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。
◆◆◆
侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。
こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。
そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。
それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる