叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
25 / 86

25話 初体験

しおりを挟む

 テラスにあるテーブルで、淹れたお茶を飲むこともなく、シオンとジョエルは子供のようなキラキラとした瞳でケーキを色んな角度から眺めている。

 その様子にひとり、メリエルだけが戸惑いつつ二人を見つめていた。


「芸術のようだわ……こんな食べ物が存在したのね……」

「噂には聞いてましたが、これ程とは……」

「食べるのが勿体ないわ。ジョエル、どうしましょう?」

「ですが食べなければ腐ってしまいます! それでは本末転倒です! ここは意を決して食べることにしましょう!」

「そうね……! ジョエルの言う通りだわ!」


 なにやら大事になってるように感じるメリエルは、温かく見守る事にした。

 恐る恐るケーキにフォークを入れたシオンは、
「なにこれ! 凄く柔らかいわ!」 
と、また驚き、ジョエルもまた
「そうなのですか?!」
と同じように驚いていた。

 メリエルは昔行った慈善事業の孤児院の子供達を思い出していた。初めて食べたお菓子に感激していた子供達。
 まさしく二人はあの時の子供達と同じような反応だったからだ。

 やっと一口、シオンの口に運ばれたケーキ。ドキドキとしながら見守るジョエル。違う意味でドキドキしているメリエル。
 すぐにシオンの表情は、とろけるようにほぐされていった。


「なんて美味しいの……? 甘くてやわらかくて……フルーツの酸味が程よく甘さに絡んで、一瞬で消えてなくなっちゃったわ……」


 頬を赤くしてうっとりとしたシオンを見て、ジョエルも我慢が出来なくなったようだ。すぐに同じようにケーキを口にすると、ジョエルもまた驚いた顔をしてからうっとりとした表情へと変わっていった。

 その様子を微笑ましく見ていたメリエルだったが、なぜこんな小さなケーキ一つでこんな事になっているのかを考えた。

 もしかして、二人はケーキを見るのも食べるのも初めてではないのか。しかしそれは貴族令嬢であればあり得ない事であって、しかもあの傲慢で我儘で贅沢三昧だと言われていた悪女のシオンがそうだとは考えられない事だった。

 しかし目の前の二人は、なぜか嬉しそうに手をガッシリと握り合いお互い頷き合っている。それはまるで、苦楽を共にした同士が何かを達成させた時のような場面に見えた。


「あ、の……とても失礼な事をお聞きしますが……シオンお嬢様もジョエルさんも、もしかして初めてケーキを召し上がられたのですか……?」


 メリエルのその質問に、二人の動きはピタリと止まる。


「すみません! まさかそんな訳……っ」

「実は……そうなの……」

「ほ、本当ですか?! それはなぜ?!」


 こんな状況で誤魔化す事は無理だと思ったジョエルは、許可を得るようにシオンを見る。シオンは戸惑いながらもゆっくりと頷く。


「お嬢様は噂にあるような悪女ではありません。あれは全てご両親のした事です」

「そうなんですか?!」

「お嬢様は幼い頃より育児放棄をされております。いないものとして扱われ、食事もまともに与えられておりませんでした」

「そんな……」

「ご、誤解しないでね! 生きていける程の物は貰えていたのよ?」

「それでも必要最低限じゃないですか! カビの生えたパンや水のようなスープ! あんなので生きていけると、誰が思うのですか!」

「それは酷い……!」


 そんな食事で満たされる訳はなく、お腹が空いた二人は夜中に度々厨房へと忍び込んだ。そこで残飯を漁るのだが、それでも二人はいつもお腹を空かせていた。

 
「ですが、それでは使用人達は?! 貴族令嬢じゃないですか! 仕えて然るべき人に協力するべきなのでは?!」

「そんな人はジョエル以外、誰もいなかったわ。皆が私をいないように扱っていたの。きっと母がそうさせたのでしょうけど……」

「あの、元聖女のフィグネリア様が?!」

「アイツはそんなふうに言われる人物じゃありませんよ」

「それはどういう……」


 観念したようにジョエルは今までの事を大まかに話して聞かせた。

 ジョエルが奴隷としてフィグネリアに暴力を振るわれていた事、それを救ってくれたのがシオンだった事、二人は支え合うように生活していた事、シオンの原因不明の病気で脚に怪我がある事、等を話して聞かせた。

 聞いててメリエルは目に涙を浮かべる。こんな酷い扱いを受けて育って、なのに更に自分たちがした事を娘のせいにして悪女とするなんて考えられない事だと憤った。

 だから二人だけでここまて来たのか、だからあんな質素な食事でも文句を言わなかったのか、等、理由が分かれば納得のいく事ばかりだった。


「シオンお嬢様……申し訳ありません……私、何も知らなくて……悪女の噂を信じて、シオンお嬢様を怖いとか思ってしまってて……」

「いいの、それが普通なの。それより、メリエルには感謝しているわ。だってケーキを持って来てくれたんだもの」

「ケーキくらい、またいつでも持ってきます! 他にももっと美味しい物はいっぱいあるんです! 私が用意しますので……っ!」

「どうしたの? メリエル? なぜ泣いてるの?」

「申し訳ありま、せ、ん……!」


 冷遇されていた事を考えると、メリエルの胸は苦しくなって涙がこぼれ落ちてきた。

 そんなメリエルをどう慰めようかと、シオンもジョエルもオロオロしているのが可笑しくて、思わず泣き笑いのようになってしまったメリエルは、二人の為に、シオンの為に力になろうと決めたのだった。



 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...