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22話 噂と現実の間
しおりを挟むジョエルは幼い頃、奴隷としてルストスレーム家にやって来た。
それ以前は孤児で路地裏で寝起きしていて、物乞いのような事もしていたし、食べていく為に窃盗等もしていた。
しかし幼くても女であれば何をされるか分からない。その事を路地裏に住む者達は誰もが知っていたし、それが当たり前の世界だった。
だから男として振る舞っていた。髪を短くし、乱暴な言葉遣いと暴力的な態度で、女と疑う余地もない程に男になり切っていた。
しかしスリをした時に捕まり、身寄りもなく常習性があった罪人という事で奴隷商人へ引渡されたのだ。そこで奴隷漁りに来たフィグネリアに買われたのたが、当初フィグネリアは綺麗な顔立ちのジョエルを男だと思っていた。今から仕込めば、自分に従順な美しい下僕として侍らせる事が出来るだろうと考えての事だった。
しかしジョエルが女だと知ってから、フィグネリアは騙されたと思い込んで体罰を与えるようになったという経緯があった。
それまでジョエルが女と思われて良かったと感じた事は無かった。女だと軽く見られる事もあるし、邪な感情をぶつけてくる者もいる。男と思っているのに職場の上司に襲われそうになったのは一度や二度ではなかった。これが女と知ったらどうなっていたのか。
だから今も男として振る舞っていた。
ただ、シオンに同性であるからこそ親身になれる事は、自分が女で良かったと思えた事だった。
「え、え、本当にそうなんですか?! 全然分かりませんでした!」
「わたくしは分かっているから気にならなかったけれど、やっぱりジョエルは男性に見えちゃうのね。彼女は立派な女性よ。だから侍従じゃなくて本当は侍女なの。ジョエルには婚約者もいるし……」
「え?! 婚約者! あ、相手は男性、なんで、す、よ……ね……?」
言っててメリエルはとても失礼な事だと気づき、段々と声は小さくなっていった。
ジョエルの眉はピクリと動き、苛立っているように見えたが、大きく溜息をついてから落ち着いた口調で説明する。
「婚約者、という大それたものではありません。いつか生活を共にしたいと言われただけです。そんな事よりも私はお嬢様のお側にいる事が大切だと考えておりますので」
「そんなふうに言っちゃうとダニエルが可哀想よ。健気に貴女を待つと言ってくれているんでしょう?」
「待たなくても良いと言っております。人の気は移ろいでゆくものです。当てにはできません」
「はぁ……アッサリされてるんですねぇ」
「言ってるだけよ。ダニエルと一緒にいる時のジョエルは、本当に可愛らしくて乙女そのものなのよ?」
「へぇ! そうなんですね!」
「そ、そんな事はありません! それより! メリエル嬢はお茶の入れ方を覚えましたか?! お嬢様はいつもこの席に座られる事を覚えておいてくださいね!」
「ふふ……はい、分かりました!」
「照れちゃって。可愛いのね」
爽やかな風が吹く中、女同士で楽しくお茶を飲める事が、シオンは嬉しくて仕方がなかった。こんなふうに楽しく話せる事はルストスレーム家では考えられなかった事であり、前世では孤児院にいた頃の遠い昔に経験した事であって、今のこんな些細な事ひとつに幸せを感じずにはいられなかった。
楽しそうに微笑むシオンを見て、メリエルは不思議に感じた。噂では感情的で乱暴で、気に食わない事があるとすぐに癇癪を起こす。何の才能もない癖に投資をして失敗し、巨額の負債を抱えさせた悪女。なのにドレスや宝石等を購入したりと散財はやめられずにいて、美しい男娼を自室に呼び込んでは情事に耽っているふしだらな令嬢。
そんな悪い噂しかないシオンが、こんなふうに穏やかに話し微笑む姿が信じられなかったのだ。
今は機嫌が良いだけかも知れない。だからまだ気を引き締めておかなければ。メリエルは油断しないように再度しっかりと意思を固くした。
それから少ししてセヴランが昼食を持って来た。
それを見てメリエルは、また不思議に思った。
「メリエル。貴女の昼食は本邸の食堂にありますので、そちらまで行って食事を摂ってください」
「はいセヴラン様……分かりました」
ワゴンに乗せられた二人分の昼食は、とても貴族が食す物だとは思えない程質素なものだった。
アイブラー子爵令嬢であるメリエルでさえ、こんな見窄らしい食事を摂った事はなく、これが誰に用意された物なのか、最初は理解できなかったのだ。
セヴランは何くわぬ顔でシオンの部屋に入って行き、テーブルに二人分の食事の用意をする。シオンは笑顔で
「いつも食事をありがとう」
と言うが、セヴランはシオンの目を見る事も返事もすることなく、辺りを見定めるように見てから、おざなりに軽く礼だけして去って行った。
その様子を見たメリエルは、セヴランに不快感を覚えた。公爵夫人のシオンが礼を言っても無視をし、何か粗でも探すようにあちこちを見渡し、ぞんざいな態度で部屋を後にするのが公爵家の執事がすることなのか。
子爵家の執事であっても、あんな態度でいる事はあり得ないのに。そんなふうに憤りを感じて二人に目をやると、シオンは何も感じていないような状態であったが、ジョエルはセヴランの去った姿を睨み付けるような目を向けていた。
ジョエルの気持ちは分かるが、なぜこんな対応をされてシオンは怒らないのかと、メリエルの謎はまた深まっていったのだった。
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