叶えられた前世の願い

レクフル

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19話 目の前にいるのは

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 それからすぐに執務室からシオン達は出て行った。

 リュシアンはこちらを見ようとしなかったが、シオンはリュシアンに会えた事が嬉しくて仕方がなかった。
 
 リアムとは容姿が全く違う。リアムは茶色の髪に緑の瞳を持つ笑顔が可愛らしい少年だった。一方ノアも同じような茶色の髪にアンバー色の瞳で、今のシオンとは全く異なった容姿だった。

 それでもシオンはリュシアンからリアムの面影を探さずにはいられなかった。顔も髪色も瞳の色も全く違うけれど、真剣な表情は似ているように感じる。それは無理矢理そう思い込もうとしているだけなのかも知れないが、記憶の中のリアムに縋りたかったのも事実だった。

 高鳴る胸を落ち着かせるように何度も深く呼吸を繰り返し、シオン達は別邸へと戻っていく。
 帰りの階段も、ジョエルがサッとシオンを抱きかかえて下りていった。そして邸を出るまではシオンを下ろすことなく進んで行った。あまりゆっくり歩く姿を見せる事は良くないと考えての事だった。

 一方、婚姻届のサインを見つめるリュシアンの様子を不思議に思ったセヴランが、思わず婚姻届に目をやる。


「なんとまぁ……いい加減な文字で署名したものですねぇ」

「私との婚姻を、シオン嬢も快く思ってなかったという事だろうな」

「結婚したい男性No.1のリュシアン様相手に?! 全く、何様なんでしょうね!」

「王命だ。仕方がない。それはシオン嬢も同じだったんだろう」

「しかしあの侍従……シオン様と近すぎると感じます。もしや二人はそういう仲なのでは……?」

「セヴラン、口を慎め。悪女と名高いが、それでも私の妻となる女性だ。身内からの醜聞は避けるように」

「は。申し訳ございません」

「しかし……ない話ではない、か……」

「そうかも、知れません」

「王命とは言え、こんな婚姻をする羽目になるとはな。国を思い領土を思い……ひたすらにやってきた結果がこれか」

「2年、子が出来なければ離縁も可能となります。それまでは我慢いたしましょう」

「そうだな」

 
 セヴランが執務室から出て行った後、リュシアンはポツリと
「そして何より……ノアを思ってやってきたのにな」
とこぼした。

 誰よりも強く。もう弱く頼りない自分でありたくなかったリュシアンを奮い立たせたのは、前世でノアを助けられなかった記憶があるからだ。

 今も脳裏に朧げに残るのはノアの笑顔。そして魔法陣で消える前の、目に涙を浮かべ助けを求めるノア。
 
 そして最後の時……

 あの時、自分は何と言ったのか。ノアは何と言っていたのか。その記憶が曖昧で、だけどノアの傍にいられた事に幸せを感じたまま深い眠りについたのを覚えている。

 心に残ったのは、今度生まれ変わったらノアを助けられるように強くなりたいと望んだ事。ただそれだけだった。それだけを望んだ。

 だから今の自分がいる。強靭な体と膨大な魔力を持ち、誰にも負けない力と剣術を身に付けた。今度こそ必ずノアを守ってみせる。そう固く心に誓ったリュシアンだった。

 だが、ノアは?

 ノアは生まれ変わっているのか?

 ただ記憶を持って生まれただけで、ノアはもう何処にもいないのではないのか。それなら自分は何のためにこうやっているのか。

 そう考えてからリュシアンは頭を横に振る。そんな事を気にしていてはいけない。いつノアに巡り会えるのか分からない。もしかしたら今世では会えないかも知れない。それでもいつどうなるか分からない為、強くあり続ける必要がある。そう自分で思い込んだ。

 そんな思いを巡らせている時、不意に扉がノックされた。やって来たのは侍女長ノエルだった。


「新しく侍女にと雇いました者を連れてまいりました。メリエルと言います。彼女をルストスレーム令嬢に仕えさせようと考えておりますが、いかがでしょうか」

「初めてお目にかかります! メリエル・アイブラーと申します! モリエール公爵家で働ける事を光栄に思いますっ!」

「あぁ、アイブラーとは子爵家の……」


 リュシアンがそう言ってメリエルを見た瞬間、驚きで言葉を続ける事が出来なくなった。

 メリエルは茶色の髪にアンバーの瞳であって、その造形は記憶にあるノアを彷彿とさせたのだ。

 
「ノ、ノア……?」

「え? あの、公爵様?」

「あ、いや、なんでもない……そう、か……アイブラー子爵家の令嬢だったね。よろしく、頼むよ」

「はい、どうぞよろしくお願い致しますっ!」


 明らかに驚きを隠せない状態のリュシアンを不思議に思いながらも、メリエルは憧れであったリュシアンに会えた事と、これからモリエール公爵家で働ける事を嬉しく感じていた。

 ニッコリ微笑みながら礼をして退室したメリエルを呆然と見送るリュシアン。

 その表情は愛しい者を見つめる眼差しだった。




 
 
 
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