叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
19 / 86

19話 目の前にいるのは

しおりを挟む

 それからすぐに執務室からシオン達は出て行った。

 リュシアンはこちらを見ようとしなかったが、シオンはリュシアンに会えた事が嬉しくて仕方がなかった。
 
 リアムとは容姿が全く違う。リアムは茶色の髪に緑の瞳を持つ笑顔が可愛らしい少年だった。一方ノアも同じような茶色の髪にアンバー色の瞳で、今のシオンとは全く異なった容姿だった。

 それでもシオンはリュシアンからリアムの面影を探さずにはいられなかった。顔も髪色も瞳の色も全く違うけれど、真剣な表情は似ているように感じる。それは無理矢理そう思い込もうとしているだけなのかも知れないが、記憶の中のリアムに縋りたかったのも事実だった。

 高鳴る胸を落ち着かせるように何度も深く呼吸を繰り返し、シオン達は別邸へと戻っていく。
 帰りの階段も、ジョエルがサッとシオンを抱きかかえて下りていった。そして邸を出るまではシオンを下ろすことなく進んで行った。あまりゆっくり歩く姿を見せる事は良くないと考えての事だった。

 一方、婚姻届のサインを見つめるリュシアンの様子を不思議に思ったセヴランが、思わず婚姻届に目をやる。


「なんとまぁ……いい加減な文字で署名したものですねぇ」

「私との婚姻を、シオン嬢も快く思ってなかったという事だろうな」

「結婚したい男性No.1のリュシアン様相手に?! 全く、何様なんでしょうね!」

「王命だ。仕方がない。それはシオン嬢も同じだったんだろう」

「しかしあの侍従……シオン様と近すぎると感じます。もしや二人はそういう仲なのでは……?」

「セヴラン、口を慎め。悪女と名高いが、それでも私の妻となる女性だ。身内からの醜聞は避けるように」

「は。申し訳ございません」

「しかし……ない話ではない、か……」

「そうかも、知れません」

「王命とは言え、こんな婚姻をする羽目になるとはな。国を思い領土を思い……ひたすらにやってきた結果がこれか」

「2年、子が出来なければ離縁も可能となります。それまでは我慢いたしましょう」

「そうだな」

 
 セヴランが執務室から出て行った後、リュシアンはポツリと
「そして何より……ノアを思ってやってきたのにな」
とこぼした。

 誰よりも強く。もう弱く頼りない自分でありたくなかったリュシアンを奮い立たせたのは、前世でノアを助けられなかった記憶があるからだ。

 今も脳裏に朧げに残るのはノアの笑顔。そして魔法陣で消える前の、目に涙を浮かべ助けを求めるノア。
 
 そして最後の時……

 あの時、自分は何と言ったのか。ノアは何と言っていたのか。その記憶が曖昧で、だけどノアの傍にいられた事に幸せを感じたまま深い眠りについたのを覚えている。

 心に残ったのは、今度生まれ変わったらノアを助けられるように強くなりたいと望んだ事。ただそれだけだった。それだけを望んだ。

 だから今の自分がいる。強靭な体と膨大な魔力を持ち、誰にも負けない力と剣術を身に付けた。今度こそ必ずノアを守ってみせる。そう固く心に誓ったリュシアンだった。

 だが、ノアは?

 ノアは生まれ変わっているのか?

 ただ記憶を持って生まれただけで、ノアはもう何処にもいないのではないのか。それなら自分は何のためにこうやっているのか。

 そう考えてからリュシアンは頭を横に振る。そんな事を気にしていてはいけない。いつノアに巡り会えるのか分からない。もしかしたら今世では会えないかも知れない。それでもいつどうなるか分からない為、強くあり続ける必要がある。そう自分で思い込んだ。

 そんな思いを巡らせている時、不意に扉がノックされた。やって来たのは侍女長ノエルだった。


「新しく侍女にと雇いました者を連れてまいりました。メリエルと言います。彼女をルストスレーム令嬢に仕えさせようと考えておりますが、いかがでしょうか」

「初めてお目にかかります! メリエル・アイブラーと申します! モリエール公爵家で働ける事を光栄に思いますっ!」

「あぁ、アイブラーとは子爵家の……」


 リュシアンがそう言ってメリエルを見た瞬間、驚きで言葉を続ける事が出来なくなった。

 メリエルは茶色の髪にアンバーの瞳であって、その造形は記憶にあるノアを彷彿とさせたのだ。

 
「ノ、ノア……?」

「え? あの、公爵様?」

「あ、いや、なんでもない……そう、か……アイブラー子爵家の令嬢だったね。よろしく、頼むよ」

「はい、どうぞよろしくお願い致しますっ!」


 明らかに驚きを隠せない状態のリュシアンを不思議に思いながらも、メリエルは憧れであったリュシアンに会えた事と、これからモリエール公爵家で働ける事を嬉しく感じていた。

 ニッコリ微笑みながら礼をして退室したメリエルを呆然と見送るリュシアン。

 その表情は愛しい者を見つめる眼差しだった。




 
 
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」 ホント突然だよ! いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。 両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。 「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」 「そういうのは間に合っていますので」 現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。 一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから! そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます? やります、やらせてください! 果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!? いえ、王妃様の方が怖いです。 聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」

ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。

彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」 お嬢様はご不満の様です。 海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。 名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。 使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。 王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。 乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ? ※5/4完結しました。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

処理中です...