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7話 望んだこと
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シオンは家族から冷遇されていた。
はじめは母であるフィグネリアも優しく接しようとした。しかし、一向に懐こうとしないシオンにフィグネリアは段々疎ましがるようになり、弟のアルトゥルが生まれてからはシオンはいない者として扱われるようになった。
加えて、シオンは奇妙な体質をしていた。突然身体に切られたような傷や打ったような痣ができる。体調を崩すのも人よりは倍ほど多い。それは現在の医学では解明できない症状で、その事もあり両親はシオンを『奇病に侵されている愛想のない可愛くない娘』と気味悪がっていたのだ。
突然シオンに奇病が発症する恐れがある為、プライドの高い両親はシオンを隠すように育てた。と言うよりも、ほぼ放置状態だったのだが。
シオンはその奇病のせいで、左脚に障害がある。太腿から裏膝にかけて、大きな切り傷のような痕があり、それにより上手く歩く事ができない。階段一つ上がるのもかなりの時間がかかってしまう。
右腕にも切り傷のような痕がある為、今も麻痺で指が上手く動かせない。そんな状態だが、シオンはなるべくそれをリュシアンには悟られたくはないと思っていた。
こんなシオンを受け入れなければならなくなったモリエール公爵家。だけどきっと両親はその事を隠しているに違いない。ただでさえ没落しそうな程落ちぶれたルストスレーム家。支度金もそこそこに、公爵家の援助を期待している両親が、不利な事を言うはずがないからだ。
幼い頃は両親は医師の治療を受けさせてくれていたが、奇病の噂を気にしだすと医師も呼ばなくなってしまった。
ジョエルは一人怪我や病に苦しむシオンを放っておけず、独学で医療書を読み漁り、シオンの治療を請け負ってくれた。
そんな事もあり、ジョエルはシオンの体が心配でならなかったのだ。
「お嬢様、手に擦り傷が出来てきています。痛い所があればすぐに仰ってください」
「ありがとう。ふふ……草原でも進んでいるのかしら」
「あ、頬にも……!」
「大丈夫よ」
「顔に傷をつけるなんて……!」
「きっと今はそんな事に構っていられないのよ。こんな夜に公爵様は大変だわ」
出来た手の擦り傷を見ながら、シオンはどこか嬉しそうに目を細めながら言う。それを見てジョエルは悲しくなってくる。
シオンの体に表れる傷や病気は、実はリュシアンからのものだった。
リュシアンが体に傷や病気を負うと、それは全てシオンの体へ移される。シオンが何もしなくても、危険を避けようとも体調に気をつけようともそれは関係なく、それらは全てリュシアンからシオンへと移行されてしまう。
その事実を知っているのはシオンとジョエルのみで、ルストスレーム家の誰もがこの現象をただの奇病だと思っていたのだ。
「お嬢様がこうやって負担を強いられているのに、当の本人はそんな事を知りもせずにお嬢様にあんな目を向けられるとは……私は納得がいきません!」
「そんなふうに言わないで、ジョエル……これはわたくしが望んだ事なの。そうなるようにお願いしたの」
「そうかも知れませんが……!」
「予想外なのは、わたくしがお母様の娘となって生まれてきてしまった事だわ。ほら、見て? わたくしの顔、お母様にソックリでしょう? 銀の美しい髪もアメジストの煌めく瞳も造型も……生き写しかと思われる程に似ているわ。こんなわたくしを見て、公爵様があの様な顔をされるのは仕方がない事なのよ。そしてそれは……過去のわたくしを思っての事かも知れないの……」
「お嬢様……」
「貴方にこんな事を話してしまった事を今も後悔しているの。ごめんなさい、巻き込んでしまって……」
「いえ! そんな事を言わないでください! 私はお嬢様に起こっている事を知れて嬉しかったんです! お嬢様のお力になれる事ができて嬉しいんです!」
「ジョエルがいてくれて良かったわ。わたくし一人じゃ耐えられなかったかも知れないもの」
「私もそうです! お嬢様がいてくださったからこそ、私は今もこうして生きられています! ですから、これからも私の全てでお嬢様をお護りいたします!」
「ありがとう。でも、無理をしないでね? わたくしはあなたも大切なの」
「お嬢様……」
また泣きそうな顔をするジョエルにシオンは優しく微笑んだ。
「あなたも大切」
シオンが誰よりも大切に思っているのがリュシアンであると、ジョエルは痛い程に分かっている。
だからこそリュシアンの態度を許せなかった。許したくなかったのだ。
はじめは母であるフィグネリアも優しく接しようとした。しかし、一向に懐こうとしないシオンにフィグネリアは段々疎ましがるようになり、弟のアルトゥルが生まれてからはシオンはいない者として扱われるようになった。
加えて、シオンは奇妙な体質をしていた。突然身体に切られたような傷や打ったような痣ができる。体調を崩すのも人よりは倍ほど多い。それは現在の医学では解明できない症状で、その事もあり両親はシオンを『奇病に侵されている愛想のない可愛くない娘』と気味悪がっていたのだ。
突然シオンに奇病が発症する恐れがある為、プライドの高い両親はシオンを隠すように育てた。と言うよりも、ほぼ放置状態だったのだが。
シオンはその奇病のせいで、左脚に障害がある。太腿から裏膝にかけて、大きな切り傷のような痕があり、それにより上手く歩く事ができない。階段一つ上がるのもかなりの時間がかかってしまう。
右腕にも切り傷のような痕がある為、今も麻痺で指が上手く動かせない。そんな状態だが、シオンはなるべくそれをリュシアンには悟られたくはないと思っていた。
こんなシオンを受け入れなければならなくなったモリエール公爵家。だけどきっと両親はその事を隠しているに違いない。ただでさえ没落しそうな程落ちぶれたルストスレーム家。支度金もそこそこに、公爵家の援助を期待している両親が、不利な事を言うはずがないからだ。
幼い頃は両親は医師の治療を受けさせてくれていたが、奇病の噂を気にしだすと医師も呼ばなくなってしまった。
ジョエルは一人怪我や病に苦しむシオンを放っておけず、独学で医療書を読み漁り、シオンの治療を請け負ってくれた。
そんな事もあり、ジョエルはシオンの体が心配でならなかったのだ。
「お嬢様、手に擦り傷が出来てきています。痛い所があればすぐに仰ってください」
「ありがとう。ふふ……草原でも進んでいるのかしら」
「あ、頬にも……!」
「大丈夫よ」
「顔に傷をつけるなんて……!」
「きっと今はそんな事に構っていられないのよ。こんな夜に公爵様は大変だわ」
出来た手の擦り傷を見ながら、シオンはどこか嬉しそうに目を細めながら言う。それを見てジョエルは悲しくなってくる。
シオンの体に表れる傷や病気は、実はリュシアンからのものだった。
リュシアンが体に傷や病気を負うと、それは全てシオンの体へ移される。シオンが何もしなくても、危険を避けようとも体調に気をつけようともそれは関係なく、それらは全てリュシアンからシオンへと移行されてしまう。
その事実を知っているのはシオンとジョエルのみで、ルストスレーム家の誰もがこの現象をただの奇病だと思っていたのだ。
「お嬢様がこうやって負担を強いられているのに、当の本人はそんな事を知りもせずにお嬢様にあんな目を向けられるとは……私は納得がいきません!」
「そんなふうに言わないで、ジョエル……これはわたくしが望んだ事なの。そうなるようにお願いしたの」
「そうかも知れませんが……!」
「予想外なのは、わたくしがお母様の娘となって生まれてきてしまった事だわ。ほら、見て? わたくしの顔、お母様にソックリでしょう? 銀の美しい髪もアメジストの煌めく瞳も造型も……生き写しかと思われる程に似ているわ。こんなわたくしを見て、公爵様があの様な顔をされるのは仕方がない事なのよ。そしてそれは……過去のわたくしを思っての事かも知れないの……」
「お嬢様……」
「貴方にこんな事を話してしまった事を今も後悔しているの。ごめんなさい、巻き込んでしまって……」
「いえ! そんな事を言わないでください! 私はお嬢様に起こっている事を知れて嬉しかったんです! お嬢様のお力になれる事ができて嬉しいんです!」
「ジョエルがいてくれて良かったわ。わたくし一人じゃ耐えられなかったかも知れないもの」
「私もそうです! お嬢様がいてくださったからこそ、私は今もこうして生きられています! ですから、これからも私の全てでお嬢様をお護りいたします!」
「ありがとう。でも、無理をしないでね? わたくしはあなたも大切なの」
「お嬢様……」
また泣きそうな顔をするジョエルにシオンは優しく微笑んだ。
「あなたも大切」
シオンが誰よりも大切に思っているのがリュシアンであると、ジョエルは痛い程に分かっている。
だからこそリュシアンの態度を許せなかった。許したくなかったのだ。
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