叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
5 / 86

5話 元聖女フィグネリア

しおりを挟む
 ゴトリとドアの向こうから音がした。嵯峨は誠にしゃべらないよう手で合図するとドアを開く。

 かなめ、カウラ、アイシャ、シャム、パーラ、サラ、そして菰田がばたばたと部屋の中に倒れこむ。

「盗み聞きとは感心しないねえ」 

 七人を見下ろして嵯峨が嘆く。

「叔父貴。そりゃねえだろ?銃をバカスカ撃つのはアタシだってやってるじゃないか!」 

「そうなんだ。じゃあ今回の降格取り消しの再考を上申するか?上申書の用紙ならあるぞ?」

「そうじゃねえ!」 

「無駄だ、西園寺。上層部の決定はそう簡単には覆らない」 

「カウラちゃん薄情ねえ。もう少しかばってあげないとフラグ立たないわよ」 

 かなめ、カウラ、アイシャがよたよたと立ち上がる。複雑な表情の彼らの中で、菰田だけは顔に『ざまあみろ』と書いてある。

「神前軍曹!これからもよろしく」 

「西園寺さん、曹長なんですが」 

「バーカ。知ってていってるんだ!」 

 かなめがニヤリと笑った。

「それよりアイシャ。いいのか?今からここを出ないと艦長研修の講座に間に合わないんじゃないのか?」 

 嵯峨が頭を掻きながら言った。

「大丈夫ですよ、隊長。ちゃんと軍本部からの通達がありました。今日の研修は講師の都合でお休みです」
 
「なんだよ。今回の出動のご苦労さん会に来るのかよ……せっかく一人分部屋が広くなると思ったのによ」 

 愚痴るかなめをアイシャは満面の笑みで見つめている。

「かなめちゃんなんか文句あるの?」 

 馬鹿騒ぎの好きなかなめの言葉にアイシャが釘を刺す。

「別に」 

 かなめが頬を膨らましている。

 そこに島田が大き目の書類を持って現れた。

「神前います?」 

「ああ、そこに立ってる」 

 呆然と立ち尽くしている神前に、島田がよく見ればステッキを持ったフリルの付いたドレスを着た幼女の絵が描かれたイラストを見せた。よく見ればそれは05式の腕部の拡大図で次のページにはにこやかに笑う同じ幼女の絵、さらに次のページには右太ももに睨み付けてすごんでいる表情の幼女の絵が描かれていた。

「お前、確かに5機以上の撃墜スコアでエース資格と機体のマーキングが許可されるわけだが……」 

 全員がその絵を覗き込む。

「これって『ラブラブ魔女っ子シンディー』のエミリアちゃんじゃない!いいなあ……私も機体カラー変えようかな」 

 シャムが素っ頓狂な声で叫ぶ。

「あえてパロディーエロゲキャラ。そして楽に落ちるヒロインを外してツンデレキャラを選ぶとはさすが先生ね」 

 アイシャは腕組みして真顔でイラストを眺める。

「駄目ですか?」 

 誠はそう言うと嵯峨のほうを見る。嵯峨の目は明らかに呆れるを通り越し、哀れむような色を帯びて誠を見つめる。

「神前。お前って奴は……痛いな」 

 かなめは呆れ半分でつぶやいた。

「それでこれが塗り替え後の完成予定図」 

 島田は最後のページに描かれた05式の全体図を見せる。まさに痛いアサルト・モジュールの完成図がそこにあった。

「却下だ!却下!こんなのと一緒に出動したらアタシの立場はどうなるんだ!」 

「いいんじゃないのか?」 

 カウラが表情を変えずにそう言った。誠は半分冗談で出した機体のマーキングを他人に認められてしまったことに動揺していた。一気に場が凍りつく。

「お前なあ、こいつを小隊長として指揮するんだぞ?」 

 かなめが恐る恐る切り出す。

「別に機能に影響が出なければそれでいい。第二次世界大戦のドイツ空軍、ルフトバッフェのエースパイロット、アドルフ・ガーランド少将は敵国のアニメキャラクターのマーキングをした機体を操縦していた事は有名だぞ」 

 カウラは淡々と言う。

「じゃあ小隊長命令と言う事でいいですか?」 

 恐る恐る島田がかなめに尋ねた。

「いいわけあるか!神前!お願いだから止めてくれ!止めると言ってくれ!」 

 かなめは悲鳴にも近い声を上げる。

「じゃあ塗装作業に入りますんで」

 そういい終わると島田は大きなため息をつく。

「アタシももっと色々描こうかな……」 

 シャムがうらやましいというようにそう口にした。

「お願いだから止めてくれ」 

 いつの間にか後ろに立っていた吉田が突っ込みを入れる。

「アタシはどうでもいいが」 

 続けて入ってきたランが投げやりにそう言ってみせた。

「馬鹿がここにもいたのか」 

 いつの間にか毎朝恒例の警備部の部下の説教を終えて通りかかったマリアが島田の図を見て思わずそうこぼした。

「ずいぶんとにぎやかになったねえ。茶でも入れるか?島田、サラ、パーラ。頼むわ。茶菓子は確か……」
 
 嵯峨はそう言うとごそごそとガンオイルの棚を漁り始めた。舞い上がる埃に部屋のなかの人々が一斉にむせ返る。

「いいですよ!食堂で何か探しますから!」 

 島田はそう言うと、サラとパーラを伴って隊長室を出て行った。

「お茶だけじゃ味気ないわね。誠ちゃん、生協に買い出しに行ってくれる?」

「アイシャさん。僕がですか?」

「この場で一番階級が低いのがお前だ。仕方ない、カードは私が出す」

 困惑気味の誠にそう言うとカウラはポケットから菱川重工豊川工場生協で使えるカードを差し出す。

「え!好きなの頼んでいいの?じゃあ……チョコレートアイス!」

「アタシはココアだな」

「あそこは酒は置いてねえんだよな……」

 シャムとラン、かなめまで誠が買い出しに行くことを前提に話始める。

「じゃあ……行ってきます」

 今一つ腑に落ちない表情で誠はスクーターのカギを取りに更衣室に向かった。

 遼州同盟司法局。実働部隊第二小隊。

 そこでの神前誠特技曹長の生活はこうして始まった。
 
                                  了
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。 ※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

処理中です...