叶えられた前世の願い

レクフル

文字の大きさ
上 下
4 / 86

4話 母の功績

しおりを挟む

 夕食時間になると、セヴランが別邸へとやって来た。
 邸内を見渡し、灯りが漏れ出ている部屋を見つけて辿り着いたようだ。 

 それはすっかり陽も暮れ、シオンの部屋の掃除と片付けを終えて、やっと二人で一息つけた頃だった。
 

「シオン様、お食事はこちらにご用意、という事でよろしいでしょうか」

「ありがとう、それで充分よ」

「……ではお持ち致します。食堂はこちらの部屋より出て左側奥にございますが……」

「自室で頂くわ」

「かしこまりました。ではそのように」

「あ、あの、セヴラン」

「はい、なんでございましょう」

「リュシ……いえ、公爵様はいつ頃お戻りになられるのかしら」

「今回は急な討伐命令であった為、お戻りは何時になるか正確には分かりかねます。ただ、現地は隣の領地ですが転移陣を使って行かれるので、最短で一日程で戻られるかと」

「転移陣……」

「えぇ。よくご存知でしょう? 転移陣はシオン様の母君であらせられる、元聖女フィグネリア様の功績でございます」

「母の……功績……」

「フィグネリア様は慈悲深く人々の病や怪我を治すどころか、そうやって転移陣を各地に設置し、移動を容易くさせてくださいました。この地の領民は皆がフィグネリア様を崇めていらっしゃいます。女神のような素晴らしい母君をお持ちで羨ましい限りでございます。……シオン様も出来れば見習って欲しいところですが……」

「貴様! 言葉が過ぎるぞ!」

「ジョエル! やめなさい!」


 苛立ったジョエルが今にも腰に携えた剣を抜き出しそうだったが、それをシオンは慌てて制す。セヴランは眉をピクリと動かし、仕方がないとばかりにため息をついてから軽く礼をして、シオンの部屋から颯爽と出て行った。

 
「あの女狐が女神のようだと?! ありえない!」

「ジョエルっ!」

「……申し訳ありません。仮にもお嬢様の母親でしたね。まあ、母とは呼べるものではないてしょうが」

「それでも……わたくしを生んでくれたのは事実だわ」

「はい。ですがそれだけじゃないですか」

「そう、ね……」


 シオンの母親、フィグネリアは聖女と呼ばれていた。人々を癒やす力を持ち、病や怪我を治療する事ができる、神とも言われる程の類稀なる力を持っているとされていた。それ以外にも魔法陣を展開し、転移させるという前代未聞の事を成し遂げたのだ。

 過去形なのは、今はその能力はもう使えないからだ。

 それでも人々の尊敬は止まず、フィグネリアは今も聖女のように敬われているし、その栄光にフィグネリア自身も当然の如く肖っていた。

 モリエール先代公爵はフィグネリアの恩恵を受けた一人だった。

 その昔、モリエール家の領地であるレサスク領に疫病が蔓延した。その疫病にモリエール先代公爵自身も侵され、致死率80%以上と言われたこの疫病の猛威になす術なく死を待つばかりの状態だった。
 
 しかし、それを救ったのはフィグネリアだった。

 奇跡の力をレサスク領全体を覆うように発動させ、全ての人々の病を浄化させたのだ。勿論そこにはモリエール先代公爵も含まれていた。

 大きく力を使いすぎた事により、フィグネリアの奇跡の力は失われてしまったとされたが、自身と領民全ての病を一掃し、これ以上の蔓延を阻止したとして国王もフィグネリアに栄誉を讃えた。
 その事からモリエール先代公爵はフィグネリアに多大な恩恵を受けたとし、どんな事があろうとも後ろ盾となり支える事を誓ったのだ。

 その一つとしたのが、フィグネリアが嫁いだルストスレーム伯爵家への支援。そしてもう一つ、将来生まれるであろう子同士の婚姻。それは国王も認め契約書として残し、今も王室に保管されている。

 シオンとリュシアンの婚姻は王命とも言える程のものであり、誰がどう足掻いてもそう簡単には覆せない。

 ルストスレーム家が落ちぶれて没落しそうになっても、嫡女であるシオンの評判が頗る悪く酷い醜聞にあっていようとも、またそれが嘘でも本当の事であったとしても、覆す事はできないのだ。

 だからこの婚姻は本人同士の感情等一切考慮されずに、決定事項として実施されたのだった。




    
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー
ファンタジー
「突然だけどこの家を出て行ってもらえるかしら」 ホント突然だよ! いきなり突きつけられた金貨100枚の借用書。 両親を失い家を失った私は妹を連れて王都へ向かおうとするが、ついつい騙され見知らぬ領地に取り残される。 「ちょっとそこのお嬢さん、あなたのその聖女の力、困っている人たちを助けるために使いませんか?」 「そういうのは間に合っていますので」 現在進行形でこちらが困っているのに、人助けどころじゃないわよ。 一年間で金貨100枚を稼がなきゃ私たちの家が壊されるんだから! そんな時、領主様から飛び込んでくる聖女候補生の話。えっ、一年間修行をするだけで金貨100枚差し上げます? やります、やらせてください! 果たしてティナは意地悪候補生の中で無事やり過ごす事が出来るのか!? いえ、王妃様の方が怖いです。 聖女シリーズ第二弾「聖女の代行、はじめました。」

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。 ※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました

悪役令嬢は所詮悪役令嬢

白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」 魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。 リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。 愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。 悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

処理中です...