叶えられた前世の願い

レクフル

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1話 愛さない

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「シオン・ルストスレーム嬢。私が貴女を愛することはない」


 そうハッキリ言い放ったのはリュシアン・モリエール公爵。その日初めての顔合わせがあり、その時にシオンはリュシアンに挨拶も終えぬうちにそう告げられたのだった。





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 よく晴れた空。風は気持ちよく、寒い季節がやっと終わりを告げ、緑豊かに木々や草花が芽吹いている。
 
 ルストスレーム伯爵家の令嬢シオンは馬車の中から景色を眺め、暖かくなる季節の匂いを体で感じていた。

 今シオンは、リュシアン・モリエール公爵に嫁ぐべく、馬車で長閑で穏やかな道のりを眺めながらモリエール公爵家の領地まで向かってる。

 王都からほど近い場所に領地を構えるモリエール公爵が統治するこの地は豊かで広大で、窓から見える風景は色鮮やかで、垣間見る人々の表情は幸せそうに見える。

 リュシアン・モリエールは若くして公爵を受け継いだ。それは両親が不慮の事故で亡くなってしまったからだ。この広大な領地を纏め上げるのはさぞかし大変だろう。想像しかできないが、それでも簡単にそう思い浮かべられる。

 モリエール公爵の邸宅へ向かう道すがら、シオンはこれから自分がどうなるのかを考え倦ねていた。

 少しは受け入れて貰えるだろうか……

 歓迎されるとまでは思っていない。けれど、少しでも自分の居場所があればと考えてしまう。
 
 連れて来たのは侍従一人。荷物もそう多くはない。伯爵令嬢にしては人数も荷物も少なく、これは普通ではありえない事だった。それでもシオンには充分だと思っていた。
 
 陽が傾く頃、馬車はモリエール公爵邸に到着した。そこはシオンの住んでいたルストスレーム伯爵家と比べものにならない程の大きな邸宅。庭園には色とりどりの花が咲き誇り、噴水も温室も四阿もある。本館の横には別邸があり、その別邸だけでもルストスレーム家の邸より立派だとシオンは思った。

 邸の前には多くの使用人達が規律良く並んでいた。邸中の人達が出てきているような大人数。それはまるでシオンを歓迎しているかのように見えた。

 しかし馬車が到着したというのに、使用人達はそこから微動だにしようとしない。
 仕方なく誰の手を借りる事もなく、シオンは一人で馬車からゆっくり慎重に降りようとした。その時、すぐさま侍従のジョエルが駆け寄って、シオンを支えるように手を差し伸べる。
 

「ありがとう、ジョエル」

「いえ。遅れて申し訳ございません。しかし誰も近寄ろうともしないとは……」

「良いのです。予想していた事です」

「ですがお嬢様……!」

「そんなに怒らないで。さぁ、わたくしをエスコートしてちょうだい」

「……はい」


 シオン達が近づくと、大勢いる使用人の奥から執事と思われる初老の男性が前に出てきた。


「ようこそお越し頂きました。私は家令のセヴランと申します」

「出迎えて頂き、ありがとうございます。シオン・ルストスレームです。これからよろしくお願いします」

「シオン様、大変申し上げにくいのですが、リュシアン様は王命により間もなく出立なさいます。隣の領地にある森で魔物が出没したとの事で、リュシアン様率いる騎士団が討伐する事になったのです」

「魔物討伐……」


 モリエール公爵家は代々続く騎士を輩出する家系だ。そしてリュシアンも騎士だ。しかもその腕は国内随一と言われる程で、ソードマスターの称号も得ている。

 そのリュシアンが出張るとなれば、凶暴な魔物か出没数が多いか等が考えられる

 そう執事のセヴランが説明していると、使用人達が一斉に頭を下げだした。と同時に、邸から一人の男が出て来るのが見えた。

 そうか。この使用人達は私を出迎えに来たのではなく、あの人を見送りにきたのか。
 そうシオンは悟った。そしてそれは間違いでなく事実であり、誰もシオンを歓迎などしていなかったのだ。

 シオンは颯爽と凛々しく歩く男を見つめる。それが現公爵であるリュシアンだとすぐに分かった。

 漆黒の髪は光に当たってキラキラと赤く煌めく。真っ赤な瞳は歴代の魔力保持者の誰よりも深い色で、その力は当代一と言われている。鍛え上げられ引き締まった体躯に、男性なのに美しいと言う表現が似合う顔立ち。
 公爵と言う高位貴族でその容姿。世の女性が放っておくはずはなく、幾度も縁談は持ち込まれた。しかし、それは律儀にも婚約者がいると言う事で断られ続けられた。名ばかりの婚約者なのに。

 その婚約者が婚姻を結びに来たと言うのに、リュシアンは歓迎する気などない。それは誰が見ても明らかな程、リュシアンの表情は苛立っているようにしか見えなかったからだ。

 シオンを見つけたのか、リュシアンはこちらを一瞥し深く息を吐く。そして仕方なく、といったようにこちらへツカツカやって来た。

 そこで言われたのが
「私が貴女を愛することはない」
との言葉だったのだ。




    
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