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悲劇か喜劇か
しおりを挟む王都で購入した草花の苗をサラサに届ける為に、私は一旦邸へ戻ってきた。これを渡せばサラサは喜んでくれるだろうかと考えると、いてもたってもいられなくなったのだ。
帰ったその足で、すぐにサラサの部屋へと赴いた。
しかし、そこにサラサはいなかった。やはりじっとしていられなかったか。
キッチンへ行き、サラサが何処にいるのかを尋ねると、庭園にいると教えてくれた。
すぐに庭園に向かう。丁度いい。草花の苗を一緒に植え替えようか。そんな事を考えていると、サラサが突き飛ばされたようにして、薔薇が咲き誇る花壇へと沈んで行くのが遠目に見えた。
「何をしている?!」
そう叫んで駆け寄ると、エヴェリーナ嬢が私の胸に飛び込んできた。それには流石に突然の事で驚いてしまった。
「あ、あの侍女に、わたくし突き飛ばされそうになりましたの! ほら、わたくしの脚をご覧になってください! 薔薇のトゲでこんなに傷が……! ですからわたくし、怖くなって抵抗したんですの! そうしたらあの侍女が、転んでしまわれて……っ!」
「サラサが?!」
信じられなかった。サラサはそんな事をする子じゃない。困惑して、倒れているサラサを見つめると何も言わずに今にも泣き出しそうな顔をして此方を見つめていた。
サラサの元へ行こうとするも、それはしがみつくエヴェリーナ嬢に阻まれてしまう。
流石にそれには苛立ちを覚えた。
「ヴィルヘルム様、わたくしあの侍女にいつも嫌がらせをされておりましたの! 食事にはいつもわたくしには固くなったパンを出されましたし、スープにも何か入れられましたわ! おかしな味がしましたもの! それに、階段から突き落とされそうになった事もございます!」
「それは本当なのか?」
「本当でございます! わたくしを信じてくださいませ! わたくしの侍女も見ております! 証人でございます!」
「え?! あ、は、はい! お嬢様の仰るとおりでございます!」
……あり得ない……自分がアンジェリーヌだと言ったり、食べ物に何かを混入された等と……サラサがそんな事をする筈がないのだから、それらは明らかに嘘なのだ。
階段から突飛ばそうとしたとか、そんな話は誰からも報告がなかった。そんな事をされそうになったら、エヴェリーナ嬢は真っ先に私に言ってくるだろうしな。
ヘレンが来て、サラサを治療するからと連れて行ってくれた。ひとまず安心はしたが、できるなら自分が一緒に行きたかった。
「エヴェリーナ嬢。私は本当の事を話して欲しいと思っているのだが」
「本当もなにも、今わたくしが言った事が真実でございます!」
「それは流石に信じられない。サラサはそんな事をする子じゃない」
「ヴィルヘルム様はご存知ないのです! あの侍女は裏では違う顔を持っているのです!」
「それは貴女ではないのか?」
「な、なんて酷い事を……!」
「私は貴女よりもサラサを信じる。だが、エヴェリーナ嬢が脚に怪我をした事は事実だ。その原因を作ったのが此方側だとしたら、それは申し訳なかった」
「ヴィルヘルム様! わたくしを信じてくださいませ! あの侍女に騙されないでくださいませ!」
「とにかく治療をしよう。ここにいてもどうにもできないし、邸へ戻ろう」
「ですから! わたくしはアンジェリーヌなんですのよ?! そんなわたくしの言うことがどうして信じられないのです?!」
「貴女はアンジェリーヌではない!」
「な、なんですって!?」
「そんな事を言って、私を翻弄しようとするのは止めてくれないか」
「どうしてですか?! わたくしはアンジェリーヌです! 貴方の愛してくださったアンジェリーヌなんです! ヴィルヘルム様!」
「貴女がもし本当にそうなら、私をその名で呼ぶことはしない」
「え……そ、それはどういう……」
「そして自分自身のことも、アンジェリーヌとは名乗らないだろう」
「何を仰ってるんですか……?」
「それが証拠だ」
「ち、違います! あ、そう、だ、わたくしはまだ記憶の全てを思い出せていませんの! だからですわ!」
「では貴女は私の何が罪なのか、真実を知っていると言うのか?」
「はい……! それは覚えております!」
「ではそれを教えてくれないか」
「ですからそれは……ヴィルヘルム様はわたくしを迎えに行くと仰ってくださいました。わたくしがシェリトス王国の貴族の娘だったから、ヴィルヘルム様とは思うように会えず、そのうちに戦争が始まってしまい、二人は更に離れ離れになってしまって……国が敵同士となったが為に、ヴィルヘルム様とわたくしは禁じられた恋に苦しんで……」
「……ほぅ……それで?」
「ですが、結局ヴィルヘルム様はわたくしを迎えには来られませんでした。ええ、分かっております。あの時代は仕方の無かった事なのです。思うように行動できなかったのも存じております。ただ、わたくしは迎えにきてくれると言うヴィルヘルム様の言葉を信じて、ずっとお待ちしておりました。しかし戦争に巻き込まれてしまったわたくしは命を落としてしまいました。迎えに来られなかったヴィルヘルム様を悲しく思いながらこの命を……その事を悔やんでいらっしゃるのでしょう? それが罪だと思われているのでしょう? ですがわたくしはもう気にしておりません。ですから……」
「それはどこの悲劇か。ハハハ、それとも喜劇か?」
「ヴィルヘルム様?!」
「何処で私とアンジェリーヌの関係を知ったのかは知らぬが、とんだ勘違いだな。やはり貴女はアンジェリーヌではない」
「ですからそれはわたくしの記憶がまだハッキリしないからで……!」
「もうよしてくれないか。貴女の嘘にはウンザリだ」
「ヴィルヘルム様!」
「アンドレ、エヴェリーナ嬢の治療を頼む」
「承知いたしました」
「お待ちください! ヴィルヘルム様!」
私は従者のアンドレにエヴェリーナを託し、その場を離れた。エヴェリーナ嬢よりもサラサの事が気になるのだ。大きな傷ではなかったが、薔薇のトゲが至る所に刺さったのだろう。小さな掠り傷が沢山見受けられた。それは顔にも……
女の子の顔に、例え小さな傷とは言え作ってしまった事に胸が痛む。何処にいるのかと、まずは使用人の休憩室を覗いてみた。そこにはヘレンがいた。サラサが自室にいると知って行こうとしたが、それをヘレンに止められる。
どうやらサラサも今回の事で落ち込んでいるようだから、暫くは一人にさせてやって欲しいと言うのだ。
ヘレンはサラサと仲が良いし、面倒見が良い。だからヘレンの言うことは素直に聞くことにする。
それから、何があったのかをヘレンに聞いたのだが、ヘレンもその場にいなかったから何があったのかは分からないと申し訳なさそうに言った。
ヘレンに、これからまた王都へ行く事を告げると、ではなぜ帰ってきたのかと聞かれた。それはサラサに頼まれていた草花を届ける為だと素直に話すと、なぜかヘレンが嬉しそうに微笑んだ。
とにかくこれでエヴェリーナ嬢がアンジェリーヌではない事が確定した。
ではなぜエヴェリーナ嬢が私の元へ来たのか。それはウルキアガ伯爵家からの指示だったのか。
それを探るべく、私はまた王都へと転移陣で赴いたのだった。
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