上 下
27 / 33

悲劇か喜劇か

しおりを挟む

 王都で購入した草花の苗をサラサに届ける為に、私は一旦邸へ戻ってきた。これを渡せばサラサは喜んでくれるだろうかと考えると、いてもたってもいられなくなったのだ。
 
 帰ったその足で、すぐにサラサの部屋へと赴いた。

 しかし、そこにサラサはいなかった。やはりじっとしていられなかったか。

 キッチンへ行き、サラサが何処にいるのかを尋ねると、庭園にいると教えてくれた。

 すぐに庭園に向かう。丁度いい。草花の苗を一緒に植え替えようか。そんな事を考えていると、サラサが突き飛ばされたようにして、薔薇が咲き誇る花壇へと沈んで行くのが遠目に見えた。


「何をしている?!」


 そう叫んで駆け寄ると、エヴェリーナ嬢が私の胸に飛び込んできた。それには流石に突然の事で驚いてしまった。


「あ、あの侍女に、わたくし突き飛ばされそうになりましたの! ほら、わたくしの脚をご覧になってください! 薔薇のトゲでこんなに傷が……! ですからわたくし、怖くなって抵抗したんですの! そうしたらあの侍女が、転んでしまわれて……っ!」

「サラサが?!」


 信じられなかった。サラサはそんな事をする子じゃない。困惑して、倒れているサラサを見つめると何も言わずに今にも泣き出しそうな顔をして此方を見つめていた。
 サラサの元へ行こうとするも、それはしがみつくエヴェリーナ嬢に阻まれてしまう。
 流石にそれには苛立ちを覚えた。


「ヴィルヘルム様、わたくしあの侍女にいつも嫌がらせをされておりましたの! 食事にはいつもわたくしには固くなったパンを出されましたし、スープにも何か入れられましたわ! おかしな味がしましたもの! それに、階段から突き落とされそうになった事もございます!」

「それは本当なのか?」

「本当でございます! わたくしを信じてくださいませ! わたくしの侍女も見ております! 証人でございます!」

「え?! あ、は、はい! お嬢様の仰るとおりでございます!」


 ……あり得ない……自分がアンジェリーヌだと言ったり、食べ物に何かを混入された等と……サラサがそんな事をする筈がないのだから、それらは明らかに嘘なのだ。
 階段から突飛ばそうとしたとか、そんな話は誰からも報告がなかった。そんな事をされそうになったら、エヴェリーナ嬢は真っ先に私に言ってくるだろうしな。

 ヘレンが来て、サラサを治療するからと連れて行ってくれた。ひとまず安心はしたが、できるなら自分が一緒に行きたかった。

 
「エヴェリーナ嬢。私は本当の事を話して欲しいと思っているのだが」

「本当もなにも、今わたくしが言った事が真実でございます!」

「それは流石に信じられない。サラサはそんな事をする子じゃない」

「ヴィルヘルム様はご存知ないのです! あの侍女は裏では違う顔を持っているのです!」

「それは貴女ではないのか?」

「な、なんて酷い事を……!」

「私は貴女よりもサラサを信じる。だが、エヴェリーナ嬢が脚に怪我をした事は事実だ。その原因を作ったのが此方側だとしたら、それは申し訳なかった」

「ヴィルヘルム様! わたくしを信じてくださいませ! あの侍女に騙されないでくださいませ!」
 
「とにかく治療をしよう。ここにいてもどうにもできないし、邸へ戻ろう」

「ですから! わたくしはアンジェリーヌなんですのよ?! そんなわたくしの言うことがどうして信じられないのです?!」

「貴女はアンジェリーヌではない!」

「な、なんですって!?」

「そんな事を言って、私を翻弄しようとするのは止めてくれないか」

「どうしてですか?! わたくしはアンジェリーヌです! 貴方の愛してくださったアンジェリーヌなんです! ヴィルヘルム様!」

「貴女がもし本当にそうなら、私をその名で呼ぶことはしない」

「え……そ、それはどういう……」

「そして自分自身のことも、アンジェリーヌとは名乗らないだろう」

「何を仰ってるんですか……?」

「それが証拠だ」

「ち、違います! あ、そう、だ、わたくしはまだ記憶の全てを思い出せていませんの! だからですわ!」

「では貴女は私の何が罪なのか、真実を知っていると言うのか?」

「はい……! それは覚えております!」

「ではそれを教えてくれないか」

「ですからそれは……ヴィルヘルム様はわたくしを迎えに行くと仰ってくださいました。わたくしがシェリトス王国の貴族の娘だったから、ヴィルヘルム様とは思うように会えず、そのうちに戦争が始まってしまい、二人は更に離れ離れになってしまって……国が敵同士となったが為に、ヴィルヘルム様とわたくしは禁じられた恋に苦しんで……」

「……ほぅ……それで?」

「ですが、結局ヴィルヘルム様はわたくしを迎えには来られませんでした。ええ、分かっております。あの時代は仕方の無かった事なのです。思うように行動できなかったのも存じております。ただ、わたくしは迎えにきてくれると言うヴィルヘルム様の言葉を信じて、ずっとお待ちしておりました。しかし戦争に巻き込まれてしまったわたくしは命を落としてしまいました。迎えに来られなかったヴィルヘルム様を悲しく思いながらこの命を……その事を悔やんでいらっしゃるのでしょう? それが罪だと思われているのでしょう? ですがわたくしはもう気にしておりません。ですから……」

「それはどこの悲劇か。ハハハ、それとも喜劇か?」

「ヴィルヘルム様?!」

「何処で私とアンジェリーヌの関係を知ったのかは知らぬが、とんだ勘違いだな。やはり貴女はアンジェリーヌではない」

「ですからそれはわたくしの記憶がまだハッキリしないからで……!」

「もうよしてくれないか。貴女の嘘にはウンザリだ」

「ヴィルヘルム様!」

「アンドレ、エヴェリーナ嬢の治療を頼む」

「承知いたしました」

「お待ちください! ヴィルヘルム様!」


 私は従者のアンドレにエヴェリーナを託し、その場を離れた。エヴェリーナ嬢よりもサラサの事が気になるのだ。大きな傷ではなかったが、薔薇のトゲが至る所に刺さったのだろう。小さな掠り傷が沢山見受けられた。それは顔にも……

 女の子の顔に、例え小さな傷とは言え作ってしまった事に胸が痛む。何処にいるのかと、まずは使用人の休憩室を覗いてみた。そこにはヘレンがいた。サラサが自室にいると知って行こうとしたが、それをヘレンに止められる。
 どうやらサラサも今回の事で落ち込んでいるようだから、暫くは一人にさせてやって欲しいと言うのだ。

 ヘレンはサラサと仲が良いし、面倒見が良い。だからヘレンの言うことは素直に聞くことにする。
 それから、何があったのかをヘレンに聞いたのだが、ヘレンもその場にいなかったから何があったのかは分からないと申し訳なさそうに言った。
 
 ヘレンに、これからまた王都へ行く事を告げると、ではなぜ帰ってきたのかと聞かれた。それはサラサに頼まれていた草花を届ける為だと素直に話すと、なぜかヘレンが嬉しそうに微笑んだ。

 とにかくこれでエヴェリーナ嬢がアンジェリーヌではない事が確定した。

 ではなぜエヴェリーナ嬢が私の元へ来たのか。それはウルキアガ伯爵家からの指示だったのか。

 それを探るべく、私はまた王都へと転移陣で赴いたのだった。
 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...