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第1章:ここはどこ?俺はだれ?

第6話:海に魔物はいないらしい

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 俺の知っている海はもっと黒いはずだ。なのに今目の前に広がっている海はまるで宝石が散りばめられているように光り輝き、空のように青い。長い橋の先にあるのは1つの島。まるで森のような島に立つ1つの塔。そしてキィキィと鳴き声を上げる鳥たち。俺はこの光景に圧倒されていた。

 「そうですよ。綺麗でしょ?私のお気に入りの場所なんです」

 「その気持ちはわからなくもないぞ。俺もこの景色が気に入った」

 すると芽衣は俺の手を引っ張って走り始めた。

 「じゃあ浜辺に行きましょ!今は夏で人がいっぱいいるけど、とっておきの場所があるんです!」

 芽衣ははしゃいでいた。だがその気持ちが今なら理解できる。俺は芽衣の手を取ってともに走った。

 海岸沿いを走ること約5分、俺たちは岩場に囲まれた砂浜に着いた。芽衣の言う通り、ここには人影がない。鳴り響くのは波の音と時たま近くを通る車という乗り物の音のみ。この静寂がある感じが俺は好きだった。

 「どうですか?誰もいないでしょ?ここならゴブリンさんも視線を浴びずに済みます!」

 そう言って芽衣は俺の手を離すと白いサンダルを脱ぎ捨てて海の方へと走っていった。

 「ゴブリンさんも来てください!」

 芽衣は手を振って俺を呼んだ。だが海への恐怖が完全に払拭できたわけではなかった。いまだに怖い。

 「ゴブリンさん!ここには何もいませんよ?」

 あれだけか弱い少女が足を海につけているのに王である俺が行かないわけには……俺は覚悟を決めた。すぐさまサンダルを脱いで海に向かって走る。

 「やっと来ましたね!じゃあご褒美にこれでもあげますっ!」
 
 芽衣は水を手ですくって俺にかけた。その水は今まで味わったことのな塩っぱさ。驚いている俺をみて笑う芽衣の顔。俺はこの状況に言葉では言い表せないような幸福感を抱いていた。これが人間の感性ってやつなんだろうか……

 「海の水はしょっぱいんだな?」

 「そうです!海水って言って塩分が高い水なんですよ」

 塩分?塩のことか?てことはこれは塩水か。

 「どう?怪物はいないでしょ?」

 そう言われて俺は足元を見てしまう。だが感じるのは夏の暑さをかき消すような清涼感のみ。どうやらこの世界の海には魔物はいないらしい。

 「そうみたいだな。だが魚はいるのか?」

 「いますよ。この辺りにいるかどうかは分かりませんけどもう少し遠くに行けばいると思います」

 なるほど、魚はいるのか。だったらバイトをしなくても食料を確保できそうだな。ちょっと取りに行ってみるか。

 ザッバーンという水しぶきをあげて俺は海に飛び込んだ。驚いたことに、ゴブリンの時よりも遊泳能力が上がっている気がする。人間の体が泳ぎに適しているのか?

 「ご、ゴブリンさん!?」

 芽衣が俺のことを呼んでいるようだがまぁいいだろう。俺も獲物を持ち帰らないといけないからな。お、あそこに泳いでるのは少しでかいな。キラキラしてるしあれにしよう。

 俺は猛スピードで海中を進んだ。服が少し邪魔だがこれは芽衣に買ってもらったものだがら脱ぎ捨てるわけにはいかない。そして目の前で慌てて逃げ出すでかい魚。だが俺よりも遅い。

 少しだけ鋭い爪を立てて魚の胴体に突き刺した。刺さるか不安だったが、どうやら大丈夫らしい。俺は今晩の食料を確保した。

 「おーい。魚捕ったぞ!」

 俺は浜辺にいた芽衣に手を振った。だが芽衣には俺の姿が見えていないらしい。少し遠すぎるみたいだ。俺は急いで浜辺に向かって泳ぐ。すると芽衣も俺を視認したようだ。

 「ゴブリンさん!大丈夫ですか?」

 俺は手を振って合図をする。そして浜辺にたどり着いた。

 「見ろ。魚を取ってきたぞ。今日の飯にしよう」

 俺は右手に刺さっている魚を見せた。

 「え!?今の短時間で魚捕ってきたんですか?それも素手で!?」

 ん?何かおかしかったか?

 「人間は素手で魚獲れないのか?」

 「無理です無理です!一生かかっても無理だと思います」

 そこまで否定するのか……やはり俺はゴブリンのようだ。人間とは程遠い。

 「まぁ、今日の服のお礼だ。貰ってくれ」

 俺は魚を差し出した。だが芽衣は一歩後ずさった。

 「さ、魚は持てません!ちょっと待っててください。今コンビニで何か買って袋貰ってきます」

 芽衣は走って道路の方へと向かっていった。

◇◇◇

 そして浜辺に1人残される俺。この感覚はもう3回目か。流石に慣れてきたな。こうやって1人になるとゴブリンだった頃の記憶が蘇ってくる。いや、今も一応ゴブリンなのか?でも見た目は人間だし……これは難しいな。俺は人間なのか、ゴブリンなのか。自分じゃわからないこともあるみたいだ。芽衣が戻ってきたら聞いてみよう。

 芽衣が行ってから30分くらい経っただろうか。砂浜に1人寝そべる俺、流石に遅すぎる。コンビニに行くって言ってたよな?確かここからなら歩いても5分はかからないところに1軒あったよな……ちょっと様子を見に行くか。

 俺はコンビニへと走って向かった。この速度で走れば2分もしないで着く……あ、見つけたぞ。誰かと話しているみたいだが、仲間かなんかか?

 「おい、芽衣。何をしている?」

 俺は道路を挟んだ場所で芽衣に呼びかける。すると困ったような顔でこっちを向いた。その周りにいる2人の女もこっちを向いている。芽衣と比べると随分と派手な格好をしているな……ミニスカート?ってやつか?ああそうだ。芽衣が会った日に着てたのと同じ服だ!

 俺は信号という電気が切り替わるのを待ってから道路を渡った。芽衣に怒られるかもしれんからな。そして2人の女の後ろあたりで止まる。

 「何このびしょ濡れのイケメン?芽衣の彼氏?」

 随分と下品な話し方だ。いや、芽衣が特殊でこいつが普通なのだろうか?

 「彼氏とはなんだ?」

 「何その喋り方ー。マジウケるんですけど~」

 「何?今度はこんな変わった男を引っ掛けてるわけ?あんたっていつもそうよね。このクソビッチ」

 2人の女が何かを言っている。だが俺には理解できない。だが芽衣はずっと俯いているな。

 「もっとわかるように話せ、女」

 「女って、あんた一体何時の時代の人間よ?てかその髪は染めてんの?緑とかウケる」

 女どもは俺を見てずっと笑ってる。不快な笑いだ。芽衣のものとは全く違う。こいつらは俺を馬鹿にしてるのか?だとしたら重罪だな。俺の自慢の緑髪を蔑むとは。だが暴力はいけないらしいからどうすればいいのか……

 「アンタはこの女のどこをそんなに気に入ってんの?知ってる?芽衣ってば私の彼氏を……」
 「もうやめて!」

 芽衣が怒ったぞ。初めて見た。しかも目から流れ出ているのはなんだ?この前家で見たものと同じようだが……

 「なにいきなり?まさか言い逃れ用ようってわけじゃないわよね?こっちは被害者なのよ?」
 「そ、そんなの知らない!私は本当になにもしてない!」

 芽衣はずっと声を荒げてる。こんな声は芽衣には似合わない。てかなんだ?この女たちはどうやら仲間じゃないみたいだな。ここは恩人である芽衣を助けねば……暴力以外だと……ああ、そうだそうだ。こいつを見せると女は悲鳴をあげる。

 「おい、女ども。今すぐ立ち去ればいいものをやるぞ?」

 「なに?このアバズレを庇おうってんの?」

 「アバズレが何かはわからんが、多分その通りだ。まぁ、こいつを受け取ってくれ」

 俺は短パンの腰のあたりに挟んでおいた魚を取り出して差し出してやった。

 「きゃぁっ、なんなのこいつ。アンタ頭おかしいんじゃないの?」

 なに、逃げ出さなかったか。ならばここは交渉に持ち込むべし。

 「この魚は今日の晩飯になるはずだったんだが、よかったら持ってくか?今なら袋とやらに入れてやるぞ?」

 これはなかなか頭の良い交渉じゃないか?魚はゴブリンたちのご馳走だ。きっと人間も同じなんだろう。昨日食べた弁当にも入ってたからな。

 俺は芽衣が手に持っていた袋を取って中に魚を入れる。少し血まみれだが大丈夫だろう。

 「ほら、持ってけ。こんなにでかいのはなかなか取れないぞ?」

 「こ、こいつ頭おかしいよ。亜美、もう行こう。なんか怖いよ」
 
 「そ、そうね。今日のところは帰ってやるわ。でも何時か痛い目に合わせてやるから覚悟しておきなさい。彼氏を寝取られた恨みは消えないわよ!」
 

 言い残すようにして2人は走って逃げた。しかし終始なにを言っているのかわからなかった。芽衣も本当はこんな感じで話すんだろうか……まぁ魚も手元に残って奴らも逃げたならこっちの完全勝利だな。だが芽衣は……

 「あ、ありがとうございました……ゴブリンさん」

 芽衣がそっと俺に抱きついてきた。その体は震えている。よほど怖い思いをしたんだろう。そして俺の緑のシャツに染み込む水滴。俺はどうしてやれば良いのかわからない。こんな時ドラキュラ様ならどうする……ああ、そういえば。

 「もう大丈夫だ。なにがあったかはよく分からなかったが、お前にとって辛いことだったのであろう?好きなだけ俺に寄り添え」

 そう言って俺は芽衣の頭を撫ででやる。昔部下が頭を撫ででやったら喜んだことがあったからな……芽衣を部下と同じにするのは少し思うところがあるが、多分同じで良いんだろう。芽衣の体の震えも収まってきた。

 「落ち着いたか?」

 「……はい……ご迷惑かけてすいませんでした……」

 芽衣はワンピースの裾で目から出た雫を拭っている。やはりこの水は悲しい時に発生するみたいだな。覚えておこう。

 「迷惑なわけないだろう。こんなことお前が俺にしてくれたことに比べれば石ころ級の冒険者の亡骸と同じくらいのものだ。だから安心しろ」

 「石ころ級?ですか?.......んふふ」

 整ってきた息遣いで芽衣が少しだけ微笑む。どうやら何かが面白かったらしい。

 「そうだ。芽衣はそうやって笑ってれば良い」

 そう言うと芽衣は俺の胴体から腕を解いた。なんか少し寂しいような感じもするが、まぁどうでもいいだろう。

 「じゃあそうします!本当にありがとうございました」

 芽衣は明るい笑顔でお辞儀した。やはり芽衣の喋り方は和むな。あの女たちとは違う。

 「まだ昼間だが、これからどうする?魚は俺が袋に入れて持っておく。お前はこいつが嫌いらしいからな」

 「んふふ。そうですね。じゃあお願いします。……次は、そうですねー……江ノ島本島に行ってみますか?」

 本島というとあの塔がある島のことか。あそこはなんとなく懐かしい感じがするからいいかもな。
 
 「よし、じゃあそこに行こう。案内は頼んだぞ」

 「わかりました!お任せください」

 そして芽衣はまた邪眼を発動する。だが今回の邪眼はいつもよりも温かく自然な感じがした。
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