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第1章:ここはどこ?俺はだれ?

第4話:どうやら1泊2日じゃないらしい

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 「美味かったな~。また食いたいぞ」

 弁当はこれまでに口にしたことがない程に至極の一品だった。

 「それなら良かったです。でもあんまり健康には良くないんですよ?」

 芽衣はまだ弁当を食っている。健康に良くないのか?こんなに色々入ってるのにな。

 「そうなのか?まぁ、俺は健康など気にしなくても大丈夫だ!なんたってゴブリンの王だからな」

 「そうでしたそうでした。ゴブリンさんのお話を聞かせてくださいよ」

 芽衣は頬杖をしながら言った。話すことか……あまりないぞ?......あ、最優秀新人狩り賞のことでも話してやるかな。

 「俺は体長3メートルほどの巨体を誇るゴブリンの王だったんだ。元々は小さかったんだけどな。冒険者を倒していくと成長していくんだ。それで俺は魔王様より始まりの洞窟の守護を命じられたんだ。弱っちい冒険者ばかり来やがってそりゃ楽な仕事だったな。でもそのおかげで魔王様より直々に最優秀新人狩り賞を頂戴したのだ!どうだ?すごいだろ?」

 俺は胸を張って言った。だが芽衣は全くもって驚かない。

 「へー。じゃあゴブリンさんは人間を襲っていたんですか?」
 
 んん、少し期待はずれな反応だがまぁいい。

 「まぁ、そうなるな」

 にしても俺の言葉に芽衣はなんの警戒心も持っていない。こいつも人間のはずなんだが?

 「俺を恐れないのか?」

 「ゴブリンさんを、ですか?恐いなんて思いませんよ」

 随分肝が座っているようだな。だが少し言い方が引っかかるぞ。どうにも他の何かを恐れているような口ぶりだった。
 
 「理由を、聞いてもいいか?」

 「それは……私がゴブリンさんに助けてもらったから、ですかね?」

 俺が質問していたような気がしたが、芽衣は俺に疑問をぶつけてくる。自分のことなのに分からないなんて、人間とは複雑な生き物よ。

 「そういえば、魔王様ってどんな方なんですか?」

 お、芽衣は我らが魔王様に興味を持ったようだ。なかなか見込みのある人間だな。

 「魔王様は全ての魔族を統べる、それはそれは偉大なお方だ。俺も100年近く生きてきたが2回くらいしか会った事ない。それほど高貴なお方なのだ!」

 「やっぱり翼とか生えてるんですか?」

 芽衣は魔王様を知っているのか?確かに邪竜の末裔だから翼はある。

 「よく知ってるな。魔王様はこの世界でも有名なお方なのか?」

 「うーん。有名っていえば有名なのかしら?でも実在はしてないですよ?」

 なに、てことは名前だけが知れ渡っているということか。これは不思議だ。

 「芽衣は魔王様のことをどこで知ったんだ?」

 「いろんなお話とかですかね?物語の悪役として出てきますよ。ゴブリンも」

 あ、悪役だと!?悪は勇者ではないのか?我らを無意味に滅ぼそうとするあの忌まわしき聖剣使いの小僧、今思い出しても憎いわ。

 「悪役は勇者であろう?」

 「え?勇者は物語の主人公ですよ?大体は、ですけどね」

 多少の誤解があるようだが、確かに勇者は人間の味方だ。そう思っていても不思議ではない。

 「じゃあゴブリンはどのように語られているのだ?」

 「ゴブリンは……その……一番最初にやられる敵……です」

 とても後ろめたそうに芽衣が言った。やはり人間どもは俺たちを雑魚扱いする。どうにも許せん。

 「なぜ人間は皆俺たちを雑魚扱いするのだ?人間の方が余程虚弱であろう?」

 芽衣は一瞬目を見開いて停止してしまった。当然の事実だろうに。

 「そう言われてみると、確かにそうですね!私なんかが戦ったらすぐに負けちゃいそうです」

 芽衣は笑いながら言った。俺がゴブリンの王の姿の時にこいつが始まりの洞窟に来ていたらどうしただろうか?多分食ってたな。だが今ならどうだ?きっと部下たちを止める……か

 「どうしたんですか?」

 しまった、考えすぎていた。しかもこの目の使い方。また邪眼を発動しようとしているぞ。目を塞がねば。

「え?本当に大丈夫ですか?」

 俺は目を開けた。すると超至近距離に芽衣の顔がある。また俺の心臓が鼓動を早めていく。だがなぜだか苦しくないこの感覚はなんなのだろうか。

 「だ、大丈夫だ。それよりも今日のことは本当に感謝するぞ」

 また何を言ってるんだ俺は?とっさに出たのが感謝の言葉とは。王として少し情けない。

 「んん?本当に大丈夫ですか?」

 そういって芽衣は俺の額に手を当ててくる。何かを流し込まれているのか?

 「熱は……ないみたいですよね?ああ、知らない場所に来て疲れてるんですよ、きっと」

 今の儀式によって芽衣は何かを察知したらしい。ステータスでも読んでいたのか?

 「疲れてる、のか?」

 言われてみると体が少し重い気もするな。さっきコンビニとか言う建物の上で仮眠したはずだが。まさか人間の体だとあの程度じゃ持たないのでは?

 「芽衣、人間とはどれくらい寝るものなんだ?」

 「急に、ですね。個人差はあると思いますけど、私は大体7時間くらいでしょうか?」

 し、7時間!?そんなに睡眠が必要とは。これは体力配分が難しそうだな。

 「ちなみに俺はどのくらい寝ればいい?」

 「ゴブリンさんですか……見た目だと高校生くらいですし、6か7時間じゃないですか?」

 それでも6時間か……それよりも俺は自分がどんな格好してるのか知らないな。

 「俺はどんな見た目だ?」

 「へ?自分の顔とか見たことないんですか?」

 自分の顔など水面に映るときくらいしか見れなかろう。

 「ないぞ。今の人間の体がどんな見た目なのかは見当もつかん。ただお前が言っていたように緑の髪だと言うことくらいだな」

 「わかりました、じゃあちょっとこっちに来てください」

 芽衣は食べかけの弁当を置いて席を立った。残すのか?残すなら俺が食べるぞ?

 「どこへ行く?弁当は?」

 「お風呂場の洗面所に行くだけですからすぐですよ」

 なるほど。風呂とやらに水を貯めて姿を映すのだな。賢いやり方だ。

 「ほら、こんな感じです」

 芽衣は風呂場に入らずに立ち止まった。
 
 「おい、ここでは何も映らない……なんだこれは!」

 俺の目の前には緑の髪の毛をした人間の男が立っていた。身長は芽衣よりも15センチほど高いくらいで体つきは細いが人間にしては筋肉がある。そして口から少し見えている牙のような歯。肌色は芽衣よりも少し茶色いくらいか?だがこれはどう言うことだ。俺の横に立っているはずの芽衣が目の前にいるぞ。

 「これは何て言う魔法だ?」

 「また魔法ですか?これはただの鏡ですよ。目の前に映ってる緑の髪の人がゴブリンさんです」

 お、おお。これが俺かそして俺の自慢の緑ボディが濃縮されているのがこの髪の毛という訳だな!にしてもやはり違和感しか残らんな。体はちゃんと動くんだが……

 「んふふ。何してるんですか?」

 俺が腕やら足やらを鏡に向けて動かしていると芽衣がまた笑う。確かに今の動きは奇妙だったかもな。

 「いや、少し違和感を感じたものでな。それで俺は今日風呂に入らなければいけないのか?」

 「疲れてるんだったら入らなくてもいいですけど……私としては汚れを落として欲しいです」

 矛盾しているな。まぁ宿主の頼みだから風呂には入らないといけないか。

 「了解した。では使い方を教えてくれ」

 「はい!えーっとですね……」

 俺はその作業を覚えるのに20分以上費やした。色々と体に塗りたくるものが多すぎる。シャワーでのお湯と水の切り替えはすぐにわかったが、シャンプーというものが意味がわからん。なぜ水で洗い流すだけではダメなのか……それにこの長細い布切れ。なぜだか少しザラザラしていてそれで体の垢とやらを落とさなければならないらしい。人間はみんなこんなことをしているのか?だから冒険者どもは俺たちのアジトを汚いだの不潔だの言って死んでいった訳か。とシャンプーをしながら考える。


 「上がったぞ」

 「早かったですね?ちゃんと体は温まりましたか?」

 こんな気温が高いのにこれ以上体温を上げるなんて冗談じゃない。
 
 「大丈夫だ。そしたら次は寝るのか?」

 「私がお風呂上がるまで待っててくれますか?もう少しお話ししたいので……」

 芽衣が頼みごとしてきた。降ろせ降ろせと叫ばれて以来初めてか?まぁまだ会ってから2時間も経っていないんだがな……

 「わかったぞ。では俺はテーブルにいるからな。安心しろ」

 「安心?まぁいっか。じゃあいってきますね」

 そういって芽衣は風呂へと向かった。また1人残される俺。それにしてもこんなに立派な屋敷に独り住まいとは、芽衣は余程自立していると見た。見知らぬ俺のことも助けてくれたし良い奴だ。だがあの邪眼は恐ろしい。いつも発動するときに下から見上げてくる感じだな?普通の人間に発動できるんだから俺にもできるんじゃないか?後で試してみよう。


 「上がりましたよ、ゴブリンさん……ってどうしたんですか?」

 俺は風呂上がりのピンク色でふわふわした服に着替えた芽衣の足元にしゃがんだ。そして下から芽衣を見上げてみる。

 「ど、どうだ?俺の邪眼は発動しているか?」

 「じゃ、邪眼?えーと、どうやったら分かるんですか?」

 芽衣は首にかけている大きな布切れを手に取り濡れた髪の毛を拭いている。なぜか漂ういい匂い。昔冒険者が持っていた白い花のような香りがするぞ……っていかん。また何か魔法を使われたらしい。気を引き締めねば。

 「こう、心臓が軽く握られるような感じだ。一種の呪いなんだろ?」

 「へ?」

 芽衣は俺が何をいっているのかさっぱりわかっていない様子だった。あくまでも邪眼の発動条件は秘匿しようとしているらしい。

 「分かった。俺はもう諦める。だがいつか邪眼の使い方を教えてくれよな?」

 「わ、私がですか!?んーと、できる限り頑張ります……」

 おお、これは意外な返答だ。俺は近いうちに邪眼をマスターできるみたいだぞ。邪眼があればあの憎きアーノルドも……ってあいつは魔王様にお任せしたんだった。

 「楽しみにしているぞ。それで寝床はどこにあるんだ?」

 「私の部屋ですよ。ほら、あそこにベッドがあります」

 芽衣は自室の方を指差した。どうやらあの高床式の何かがベッドという寝床らしい。だが2人分にしては少々小さいみたいだが?

 「じゃあ俺は外で寝る。あの寝床では2人は入りきらないだろう?」

 「そ、外でなんて。今お布団敷きますから待っててください」

 芽衣は慌てた様子で自室の壁から分厚い布を取り出した。あんなところに収納があるとは……人界、いや、この異世界はなかなか便利なものが多い。

 「俺も手伝おうか?」

 「いえ、それは明日の夜からでいいですよ。今日はよく見て覚えてくださいね」

 そういえば俺は今晩だけ泊まるつもりだったが……芽衣はそうは思ってないらしい。一応聞いてみるか。

 「俺は今晩だけここに寝泊まりするんじゃないのか?」

 すると芽衣は急に寂しそうな顔をした。

 「そ、そうなんですか?私はてっきり行く宛がないからうちで暮らすのかと思っていましたけど……」

 「そう出来るのなら有難いこと他ないが、それでは芽衣の迷惑ではないか?」

 「全然迷惑なんかじゃありません!寧ろ1人だと寂しいので……」

 また芽衣は寂しそうな表情を浮かべた。人間は1人で暮らすのがダメなのか?

 「人間は皆1人で暮らしているものなんじゃないのか?」

 「……そんなことはないですよ……みんな家族と、お父さんとお母さんとかと暮らしてるんです。私くらいの年齢で一人暮らしっていうのはやっぱり危ないし不安なんですよ……」

 俺は芽衣の目元に光る雫を見た。それがなんというのかは俺にはわからない。だが声のトーンからして悲哀に満ちた感情を表現するものなのだろう。なんと声を掛ければいいのか……こんな時、紳士のドラキュラ様ならどうする?

 「ごめんなさい。変な話しちゃって。私のことなんか興味ないですよね……」

 「そんなことはないぞ。俺はお前に興味しかない。お前のような邪眼使いは滅多にいないからな」

 フォローになったか?俺は気を遣うようなことは言ってやれないし、そのままを言ったんだが……

  芽衣は目元の雫を袖で拭った。

 「そう言ってもらえて嬉しいです。なんだか嫌なことを忘れられました。これも邪眼の性質ですかね?」

 芽衣は笑って言った。どうやら俺は芽衣の邪眼を進化させたようだ。これはいけない。教えてもらう前に呪い殺されるかもしれん。
 
 「だが邪眼の乱用はやめてくれ。俺の心臓が抉り取られる」

 「んふふ。ゴブリンさんはやっぱり面白い方ですね」

 そう言って両手を半分服の袖に隠しながら邪眼を発動する。今のは完全に悪意が込められていたぞ。俺は対策として目を閉じる。そしてそのまま芽衣が用意してくれた布団へと向かった。

 「だからやめろと言っただろ。俺はもう寝るぞ」

 俺は布団に潜り込んだ。なんだこの暖かい感じは。全身が安らぐようで、すぐにでも……ねられ……そ……う……。

 「おやすみなさい。ゴブリンさん。あなたは私の命の恩人です」

 芽衣はゴブリンの耳元で囁く。だが寝ている彼にはそんなことは聞こえていなかった。


 
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