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第1章:難攻不落と転入生

第2話:引きこもりな社長令嬢

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 亮司とかいう男子から告白されて私は校門で待っててくれている送迎車の元へ向かう。

 ほんの100メートルの移動なのにまたラブレターを渡されたわ。
 クラスの女子がこういう事されたら泣いて喜ぶんでしょうけど、私には全く理解できない。

 「お帰りなさいませ、エマお嬢様」

 片手を胸に当てて頭を下げる運転手さん。
 黒の執事服を着て、白髪で優しそうな顔をしている岡本さんはいつも私を迎えに来てくれる。

 高校にいる男子も岡本さんみたいに落ち着いてたらまだ希望はあるかもしれないのに。

 「いつもありがとうございます」

 私はお嬢様らしく上品に挨拶する。
 だけど岡本さんはそんな私を見て少しだけ笑いながら後部座席のドアを開けてくれた。

 「では出発します。本日もお疲れのようで。お嬢様として振る舞うのは少々疲れるでしょう?」

 そう。岡本さんは私が素を出して話せる数少ないうちの1人。
 60歳過ぎでお爺ちゃんみたいな存在。
 幼稚園の時から送迎してくれているから、下手したら忙しいパパよりも私のことを知っているかもしれない。

 「そうなのよ~。今日は告白3件にラブレター2通だったわ。本当に男子たちは諦めが悪いのよね」

 この車でこぼす愚痴がたまらなく好きだ。この世で自室の次に好きな場所と言っても過言ではない。

 「エマお嬢様はお美しいですからね。高校生の男の子ともなれば黙ってはいられないでしょうよ」

 岡本さんはバックミラー越しに私を見る。
 さらりと私を褒めるところがさすがジェントルマンって感じよね。
 
 「でも私の休み時間が削られていくの。しかもクラスの女子たちまで群がってくるのよ?」

 「エマ様は人気者でいらっしゃる。そんなお嬢様を送迎できて私は幸せ者でございますよ」

 なんて紳士なんだ。岡本さんがあと40年若ければ好きになっているかもしれない。
 そう思えるほど信頼を置ける人だ。

 「そろそろ着きます。身だしなみは大丈夫ですか?」

 「ええ。今日もありがとね、岡本さん」

 私は家に入る前に容姿を整えなければいけない。ママが口うるさいからだ。
 今年に入ってからは化粧をしろとか勉強をしろ、とか更に口数が増えている。
 だから自分の部屋以外ではいつも学校みたいなお嬢様モード。
 ああ、車から出たくない。

 「到着致しました。それではまた明日の朝に送らせていただきます」

 カチャッという音と共に車の扉が開く。
 ああ、さようなら岡本さん。悲しいよ。
 でも、ここからはもうお嬢様モード。気を引き締めねば。

 「どうもありがとうございました。またよろしくお願い致します」

 私は軽く頭を下げて車と言う名の楽園を後にする。
 向かう先は近所でも有名な大豪邸の無駄に豪華な扉。私の自宅の玄関である。
 
 そして玄関の先で待っていたのはメイドさんたち……じゃなくてママだった。

◇◇◇

 ママは日本で育ったロシア人。若かった頃は私にそっくりだったらしいけど、本当かどうかは知らない。今でも近所では有名な金髪の美人妻、だけどその本性はかなりの教育ママ。私にお母様と呼ばせていて、お嬢様らしい振る舞いを義務付けてくる犯人。しかも私が中堅高校に入ったことが恥ずかしいらしい。なんだか悲しいよぉ。

 「今日英語の先生から聞いたわよ。あんた小テストで30点とったんですって?昨日の夜部屋に籠って勉強してたんじゃないの?」

 私よりも先にテストの結果を知っているママ。いつも通りだ。

 「その……お腹が痛くてテスト中にトイレに行っていました」

 我ながらなかなか苦しい言い訳だ。
 それに自分の母親に敬語を使うのは正直嫌だ。だがしょうがない。

 「そんな言い訳が通用するとでも思ってるの?もういいわ。あなたのパソコンを捨てます!」

 「そ、それだけはやめてください、お母様!」

 パソコンは私の命だ。宝物がいっぱい詰まっている。

 「じゃああなたに家庭教師をつけます。文句はないわね?」

 「は、はい……」

 私は完敗した。大切なパソコンを人質にとられては為す術もない。

 「でも、週に一度くらいでお願いしま……」

 「毎日に決まってるでしょ。明日から来てもらうから、予習しときなさい」

 そう言って何処かへ行ってしまった。
 あーあ。私の自由時間が更に削られていく。

◇◇◇

 玄関から見て右側の通路、その奥のあたりに私の部屋がある。
 トイレとシャワーが付いているからご飯の時以外は基本的に部屋から出ない。
 出るとママに遭遇してしまうからね。

 そんな私の引きこもりライフを支えてくれているのがこの輝かしいパソコンちゃん。
 中学生の時にパパが勉強用にくれたものだ。だけど勉強をする気なんて一切ない。
 勉強用、というユーザー名で作ったアカウントに隠しファイルを作ってある。
 それこそが私の宝箱。

 今日も帰ってきて早々そのファイルを開ける。
 保存してあるのはまだ見ていないアニメたち。
 漫画やラノベももちろん入っている。そして極め付けがBL。
 ママが見たら失神してしまうだろうなぁ……

 そんな背徳感がアニメ鑑賞をより楽しくさせる。でも趣味を共有できる友人が欲しいとはずっと思っている。と言うより普通の友達がいない。だからアニメとかに夢中になってるのかもしれないけど、それはそれだ。まぁ、今夜は最後の自由を楽しもう。

◇◇◇

 英語の家庭教師が始まってから初めての日曜日、私は近所の本屋に来ていた。
 引きこもりの私でも外に出ることはある。
 今日は電子書籍化されてないお気に入りの漫画の新刊が発売される日。
 少年漫画らしいが私は気にしない。でも一応サングラスと帽子を着けている。
 学校の連中にあったりしたら私のお嬢様像が崩れてしまうからね。

 私は別に構わないんだけどママが怒りそうだ。
 そうなったらより一層厳しくなって本屋にも来れなくなってしまう。
 今日は英語の参考書を買うって言ってきた。
 買った漫画は車で読んで、その後に運転手の岡本さんが隠しといてくれるから安心だ。

 そして私は漫画を手に取った。大人気少年漫画『ドラブロ』。
 楽しみで高鳴る胸。急ぎ足でレジに向かう。
 だがレジを目の前にして突如私の腹部に衝撃が走った。

 「痛って、あ、あの……ごめんなさい……」

 衝撃で私のサングラスが下に落ちてしまった。
 そして下に目線を向けると涙目でこっちを見ている5歳くらいの少年がいた。

 「大丈夫?怪我はなかった?」
 
 私のお嬢様モードはオートマらしい。こんな生意気そうな子供にも発動している。

 「う、うん。ごめんなさい」

 私は少年と目を合わせるために屈む。そして優しく頭を撫でてやった。

 「私は大丈夫よ。それよりもお店で走っちゃだめだよ?」

 なんと言う神対応。さすがは将来の名女優といったところね。

 「う、うん。……あ、兄ちゃん!」
 
 兄ちゃんだと?弟のしつけくらいしときなさいよ。こっちは早く漫画を読まなくちゃならないんだから。あ、英語の参考書を買っていかないと。

 「おー、小次郎、どした?」

 間の抜けた声がこちらに向かってくる。
 どした?じゃないわよ。イライラするわね。

 「に、兄ちゃん。俺この綺麗なお姉ちゃんにぶつかっちゃったんだよ。それで謝ってた!」

 なんで誇らしげに報告してるのよ。普通は怒られるーとかで何も言わないでしょうに。私だったら今でも何も言わないわ。

 「そうか、謝れて偉かったな」

 そこかよ。保護者として私に謝る場面じゃないわけ?

 「お、外人か?マイブラザーがソーリーね」

 やって来た兄はそう言った。何それ。流石に無礼すぎないかしら?
 こう言う男の顔は一生忘れないわ。ボサボサな茶髪で身長は180センチくらいね。
 パパに言って潰してもらおうかしら?でもそんなこと頼めないけど……

 「日本人ですよ。ただハーフですけどね。弟さん、怪我がなくてよかったです!」

 こんな男にもお嬢様を演じなきゃいけない私は可哀想だと思う。
 早く岡本さんに愚痴りたい気分ね。

 そして男は私じゃなくて私の手元に視線を移す。

 「お、それドラブロじゃない?俺も好きなんだよね」

 ドラブロ……はっ。
 私の漫画。見られた。でもサングラス……って落としたんだった!しかも割れてるし。同じ学校じゃないわよね?でも一応もう帰ろう。

 「お、面白いですよね。わ、私今急いでるので、それじゃあ」

 急ぎ足で会計を済ませて車に直行した。
 にしてもやばい。見られた。同じ高校じゃないことを祈る……
 そして英語の参考書を買い忘れた私は帰ってからママに1時間怒られました。

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