荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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亡国の残光

脱獄の行方 その4

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「エーラは、その……ミトラのこと嫌い?」
 階下の牢屋ろうやへと降り、壁際に寄って息をひそめていた、勇男いさお、エーラ、ビーの三人。
 ミトラからの合図があるまでの間、ビーは横にいるエーラに小声でそうたずねた。
「そういうことじゃない。ただ……」
 ビーの質問に、エーラは言葉を慎重に選ぼうとした。
 エーラ自身、ミトラのことを嫌っているというわけではない。
 しかし、何も思うところがないわけではない。
 エーラの心に引っかかっているのは、
「……隠し事をしてほしくないっていうか、大事なことがあるなら話しておいてほしいだけだ」
「大事なこと?」
「仮にも仲間だっていうなら、あたしはそうしてほしいんだ。ビーだって、イサオが何か大事なことを隠してて、それを言ってもらえなかったら嫌な気分にならないか?」
 自分だったらという例え話を振られ、ビーは『う~ん』としばらく考え込んでいたが、やがて、
「うん、イヤかも」
 はっきりとそう答えた。
「だろ?」
「あっ、ねえねえイサオ」
「ん?」
 ビーは何かを思い至ったように顔を上げると、逆隣ぎゃくどなりの勇男のそでをクイクイと引っ張った。
「イサオはビーやエーラに何も隠してないよね?」
「へ!? な、何で!?」
「もしかしたらイサオも何かあるかな~って思って」
「そういえばイサオ、お前何日か前から妙におとなしいけど、何でだ?」
 ビーとエーラの指摘に、勇男は少々言葉に詰まって肩をねさせた。
「な、何もないぞ! そもそも同じ牢屋にいるんだから、何かあったら絶対にバレるだろ?」
 取りつくろうように言う勇男だが、その挙動はどこかおかしく、
「あやしいな~?」「あやしいぞ~?」
 二人の少女からは明らかに怪しまれていた。
「まさかお前、あたしたちが寝静まったところでミトラとヤッてたのか?」
「は!? いやいや、そんなわけないだろ!?」
「? イサオとミトラ、何かしたの?」
 エーラはビーの口を軽く手を当ててふさぎながら、勇男の顔前まで詰め寄った。
「本当か~? 別にヤるなとは言わないけど、黙ってヤられるのは腹が立つんだよな~」
「ほ、本当にそーゆーことはしてないって!」
「じゃあ何で焦ってるんだ?」
「そ、それは……」
 エーラの視線をけようと、勇男は天井の方に視線を泳がせていたが、
「もういいわ。早く上がって」
 天井の一部が開き、そこからミトラが顔をのぞかせると、髪の毛で編んだロープを垂らしてきた。
「ほ、ほら! ミトラの方は済んだみたいだ。早く上がろうぜ」
「あっ、おい、イサオ!」
 エーラが止める間もなく、勇男はロープを伝って上階へと戻っていった。
「~~~」
「エーラ、早く行かないと」
「……そうだな」
 エーラは釈然としないままだったが、ビーにうながされ、渋々と上の牢屋に戻ることにした。

「それで?」
 元の牢屋に戻ってきた勇男たちは、改めて車座くるまざに座り、エーラがまず話を切り出した。
「いったい誰がたずねてきて、何の話をしてたんだ?」
 エーラは正面に座っているミトラを、少し鋭い目で見据みすえた。
「……その前に」
 ミトラは落ち着いた動作で、かぶっていた偽装用のかつらを脱いで横に置いた。
わたしの出自について、話しておく必要がある」
「!?」
 意外な回答に、エーラは一瞬まゆねさせた。
わたしは―――」
 よどみのない口調で、ミトラは身の上を語りだした。

「……それ本当か? お前が?」
 驚嘆に目を見開いているエーラに、ミトラは静かにうなずいて肯定した。
 ビーもまた『ほへ~』と驚き、勇男はあまりの事実を聞いたためか、一言も発していない。
「話してくれたのはいいんだが、何でいま話したんだ? さっきの『客』と関係があるのか?」
 エーラに問われたミトラは、しばらく目を閉じた後、意を決して口を開いた。
「あなたたちにもう一つ、協力してほしいことがある。協力してくれるなら、今度こそ牢屋ここを出られる」
随分ずいぶんとハッキリ言い切ったけど、それって脱獄に手を貸したおとがめは絶対にないってことでいいの?」
「そう」
「そんなに都合のいいことが―――」
 エーラの言葉を止めたのは、再び階段を上がってくる何者かの足音だった。
「また誰か来たのか!?」
「か、隠れなきゃ隠れなきゃ!」
「いえ、今回は隠れなくても大丈夫」
 気配を察して動こうとしたエーラとビーを、ミトラは落ち着いて制止した。
「いま言った『協力してほしいこと』に関係のある御仁ごじんだから。そうでしょう?」
 牢屋の前で足を止めた人物に、ミトラはそう言いながら振り向いた。
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