荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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亡国の残光

ミトラの謝礼 その2

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「この石畳いしだたみ持ち上げればいいの?」
「そう。できる限りゆっくり持ち上げて、音を立てずに置いてほしい」
 ミトラにそう念押しされ、ビーは慎重に石畳を上に押し上げにかかった。
 今回、地下道にはビーとミトラだけでなく、エーラと見張り役の勇男いさおまでがそろっている。
 ミトラが『お礼』と称する追加ルートが目的地まで達したらしく、同房者どうぼうしゃ全員が招かれたということだ。
(『お礼』って何のことだ? そもそもここってどこなんだ?)
 勇男は暗くせまい地下道で右往左往するが、その位置がどこであるのかは、計画を立てたミトラしか知らない。
 お礼をしてもらうよりも、自分たちが牢屋ろうやにいない間、見廻みまわりに来られる方がよほど気がかりだった。
(脱獄がバレたらオレたち無実でも処されちゃうぜ)
 勇男が不安からもと来た牢屋の方を向いていると、
「あっ」
 ビーが驚いたように小さく声を上げた。
「ビー、静かに」
「ご、ごめんミトラ。でもお礼ってこういうことだったんだね」
 石畳をけたであろうビーは、その先の光景と、ミトラの思惑に感心しているようだった。
「ビーの次はわたしが、あとにエーラとイサオが続いて」
 ミトラの指示で順々に地下道を出て、最後に勇男が出る番になった。
「よっと―――おっ!」
 地下道から顔を出した勇男もまた、その先の光景に驚きの声を上げた。
 白亜の石畳と石柱、広々としたたたずまい、そして入れたての湯が放つ心地よい湯気。
 間違いなく風呂場そのものだった。
「風呂? え? これ一体どこにつながったんだ? ミトラ」
「ここは兵舎へいしゃの共用浴場。わたしたちがいた監獄は兵舎と隣接していて、何かあればすぐに兵士が牢屋に駆けつけられるようになってたの。だから兵舎には寝泊りするための寝室や食堂、浴場ももうけられていた」
「よく浴場ここまで地下道を繋げられたな」
収監しゅうかんされる時、建物の外観を記憶しておいたの。少し考えれば大体の間取りくらいは予想できるわ」
 それでも正確に浴場まで道を掘るには困難を極めるはずだが、ビーの力を借りたとはいえこれを成し遂げたミトラに、勇男は素直に尊敬の念をいだいた。
(脱獄ってトコはめられたモンじゃないけど、ミトラが世に出ていればきっとすごいことをいくつもやってのけてただろうな)
 勇男がそう思っていると、ミトラはおもむろに自身の髪をつかんで引き、
「!」
「!」
「!」
 伸び放題だった髪を床に落とし、勇男たちを仰天させた。
「これがわたしからあなたたちへのお礼。いま兵士たちの食事の時間が始まったところだから、少しくらいはのんびりかれるわ」
 ミトラは笑顔でそうげるが、当の勇男たちはあらわになったミトラの姿に、驚きのあまり固まってしまっていた。
 目の前に現れたのは、翠玉エメラルド色の瞳に端正な相貌そうぼう、少し赤みのある茶髪をショートにまとめた少女だったからだ。
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