荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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レバノン杉騒動

ウルク国からの出発 その4

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 勇男いさおはビーが置かれた状況をおもんばかり、ビーが再びウルク国に迎え入れられるなら、それが一番だと考えていた。
 ビーが伝説の王ビルガメスの血を継いでいることは、あくまで突破口であり、最も近道になる要素としか見なしていなかった。
 そうとしか見ていなかったために、勇男はビーがウルク国の王になることを望んでいるのかいなかまで、考えが及んでいなかった。
 ビーは見事に杉を持ち帰り、女神イナンナも約束通り、おげをさずけてビーが王位を継ぐことを認めてくれた。
 ただ、ビーが王様になりたくないのだとしたら、勇男はお節介どころか、とんでもなく余計なことをしてしまったことになる。
 即位式の準備ににぎわう街並みを見ながら、ビーが悩んでいるように思えたので、勇男は今さらになって心配になってしまった。
 ビーに望んでもいない役柄を押し付けてしまったのではないか、と。
 だが、それは杞憂きゆうだった。
 ビーは王様になることについて悩んでいたのではなく、王様になってウルク国のたみに何ができるかを悩んでいた。
 王位にくことなどとっくに受け入れ、すでにその先を考えていたのだ。
 容姿や言動が幼いように見えて、その実、器が平野よりも大きい。
(ビーはやっぱり……『王様』だったな)
 そう思えた時、自然と笑いが込み上げてきた。勇男じぶんの勝手な心配など、王様ビーには何ら問題にならないことだったんだ、と。
「む~、イサオ、もしかしてビーのことバカにしてる?」
「すまんすまん、そうじゃねぇんだ。だったらビー、それなら今のままでもいいんじゃないか?」
「? どゆこと?」
 勇男の『今のまま』という意味がわからず、ビーは首をかしげた。
「王様になったって、ビーはビーもままでいいってことだよ」
「ビーのまま?」
「考えてもみろよ。ウルク国は今まで王様がいなかったけど、それでも普通にやってこれたわけだろ? だったらビーが王様になったって、そこまで大きく変わったりはしない。悪い言い方をすれば、王様がいてもいなくってもいいってことになるが、逆に言えば、ビーは今まで通りでいいってことだ」
「今まで通り……」
「そうだ。子どもたちと遊んだり、力仕事を手伝ったり、しょうグガルアンナは……まぁ、出なくなるだろうが」
「え? 小グガルアンナ出なくなるの? 何で?」
「あ、それは、その……ま、まぁ、これまでと同じでいいってことでいいじゃないか」
「……そっか」
 勇男の話に納得した―――かどうかは勇男には少々わからなかったが―――のか、ビーは再び街並みに目を落とした。
「ビーはビーのままでいいんだ」
 ビーは勇男が言ったことを自分でも口にした。
 勇男にはビーが見たことのない表情をしているように見えたが、少なくとも悩んでいるようではなく、穏やかな雰囲気に思えた。
「ありがと、イサオ」
「へ? ああ、なぁに気にすんな。あんまり深く考えすぎんなよ。なんなら王様になった時にやりたいことでも考えて、もう寝ろよ。じゃっ」
 ちょっと偉そうなことを言い過ぎたように感じ、気恥ずかしくなった勇男はそそくさとその場を後にした。
 勇男が去ってからも、ビーはしばらくそこに留まり、膝の上に置いた王冠と外套マントを見つめていた。
「やりたいこと、かぁ……」
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