荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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レバノン杉騒動

東の山 その3

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「これがいい」
 ビーとハトゥアを先頭に山に分け入ってからしばらくして、ビーは唐突に一本の木を指し示した。
 ビーが選んだ杉は、山内さんないに乱立する巨木の中では比較的、あくまで比較的に細い幹だった。それでも並みの丸太の十倍二十倍の太さはあったが。
 しかし、山に入った始発点からはそこまで距離はなく、切った後に運び出しやすいという部分においては、大きさも位置取りも充分だった。
 ハトゥアもそのことを理解していたのか、
「伝令」
 小声でそばに控えていた伝令兵を呼び、ここからの段取りについて部隊全体に伝えさせた。
(あとは切る時間と運び出す時間との勝負か)
 段取りは決まっても、やはり木を切り倒して運び出すまでの時間は如何いかんともしがたい。
 比較的に切りやすいといっても、選んだ杉もまた巨木といっていい部類の大きさであり、普通ののこぎりで容易に切れるものではない。そもそも鋸の刃が通るのかも分からない。
 そうしている間にも、守護神ズワワが来襲してしまえば部隊は壊滅。と、勇男いさおが考えていると、
「ハトゥア、みんなにちょっと下がってもらってて」
 ビーがハトゥアにそう言い、ハトゥアは兵士たちに合図を送って戦列を下げさせた。
(? ビー?)
 みなを下がらせたビーは、体に巻いていた鎖をそっと外し、背負っていた黄金の巨大斧を手に取った。
 そして杉との距離を見計らい、足で地面をしっかりとらえ、斧を右脇に構えると、
(まさか!?)
「しゅっ!」
 巨大斧を右から左へぐように振り、巨木の幹を一撃で破断せしめた。
「やっぱそうするよな。時間もないし」
 横でエーラがさも当然のようにそう言っていたが、勇男はそれよりもあらゆる意味で度肝を抜かれ、心臓が一瞬止まった気さえした。
 一撃で伐採ばっさいできたはいいが、切断した際の破壊音はすさまじく、50メートルを超える高さの木が倒れれば、その音もまた凄まじい。
 確実に山全体に響いたはずだった。が、
「木は倒れた! 即座に枝を払い、山から運び出すのだ!」
 ハトゥアが間髪いれずに号令を飛ばし、それにこたえた製材班たちが、手斧や鋸を片手に余分な枝を落としにかかる。
「運搬の兵以外は防備を固めよ! ズワワはすぐに来るぞ!」
 運び出しの人員を除く全ての兵たちが、倒れた杉を囲うように防御陣形を取った。エーラも借りていた予備の槍と小盾を構え、勇男も切れ味はないが壊れない、ゼウス神謹製きんせいの剣を鞘から抜いた。
 枝を落とす作業が行われている音を背に、勇男、エーラ、ビー、ハトゥア、そして兵士たちは緊張して山内を見回した。
(どこだ!? どこから来るんだ!?)
 あれだけの轟音を響かせたなら、当然ズワワは聞きつけてくるはずだった。
 勇男もまた『ズワワは山の端から獣のひづめの音を聞いてくると思え』というハトゥアの言葉をよく憶えていた。
 ビーのおかげで木は一瞬で切り倒せたが、まだ枝を落とし、ふもとまで運び出すまでの時間をかせがねばならない。
 そのための戦闘はけられない。
(一体どこから――――――っ!)
「!」
「っ!」
「!」
 勇男はどういうわけか、地球に巨大隕石が飛来すると知らされた時のような、とてつもない災難が降りかかってくる予感をおぼえた。
 それはエーラ、ビー、ハトゥアも同じだったようで、一瞬だけ表情と体を硬直させた後、
「逃げろっ!」
「みんな逃げてっ!」
「総員! 持ち場を離れよ!」
 伝えられる限りの言葉だけを張り上げ、とにかくその場から駆け出した。
 一部のかんの鋭い兵たちは、その指示をみ取って走り出したが、大半の兵士たちは状況が飲み込めず、行動が遅れてしまった。
(間に合わない!?)
 周りの時間がゆっくりと流れていくような光景を目にしながら、勇男は上空を見上げた。
 そこにはすでに、黒い巨体の影が迫り来ていて、まるで爆発寸前の爆弾を見てしまった気になった。
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