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レバノン杉騒動

東の山 その1

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 巨大な杉が立ち並び、わずかに肌寒いもやが漂う山の中。
 勇男いさおは痛む体に鞭打むちうって起き上がろうとした。
 その先に見えるのは、負傷しひざをつくハトゥアと、その目前へとせまる、身のたけ5メートルはあろうかという巨人。
 助けに向かいたいが、勇男も手酷てひど怪我けがを負っているので動けない。
 一緒に来た兵士たちもことごとぎ倒され、エーラですら地に転がされてしまっている。
 そして何より、勇男が衝撃を受けたのは、大木に叩きつけられ、はりつけのようになったビーだった。

「この先はさらなる隠密おんみつ行動となる。みな、武器と鎧がぶつかる音にも気を配るように伝えよ」
「はっ」
 ハトゥアの指示を受け、伝令の兵士が部隊全体へと情報を伝えに行く。その際も、可能な限り音を出さない、慎重な足の運びだった。
 勇男は目の前にある山を見上げた。
 『山』とはいっても、実際のところ東の山は標高は全く高くないらしい。むしろ丘より少し高い程度なのだという。
 しかし、勇男が見ているのは、まさに大山たいざんと表現できるほどの威容を構えていた。
 それは樹齢が数百年どころか千年を超える大木が密集し、あたかも天を突く山のような形になってしまっているからだった。
(ここから即行で杉をって、即行で帰る、のか……)
 東の山まで辿たどり着くには約三日を用いた。
 三日目となると守護神ズワワに感知されるおそれがあるので、隠密行動を厳となすよう命令が下った。
 ハトゥアが言うには、『ズワワは山の端から獣のひづめの音を聞いてくると思え』とのことだったが、勇男もそれがたとえ大げさだとしても、油断ならないと思えた。
 雄大な山であると同時に、ところどころにもやがかかり、中の様子がうかがい知れない異様さも放っている。
 木を切っている最中に、一体どこからズワワの襲撃があるかと考えると、勇男も背筋が緊張してならなかった。
 それはエーラもわかっているようで、横目で見てみれば、すでに戦いの顔つきになっている。
 そちらは不自然ではないのだが、勇男が不可思議に感じたのは、ビーの方だった。
 あれほど明るく騒いでいたビーが、三日目にしてなぜか勇男も見たことがない真剣みを放っている。
 いまもハトゥアや、兵士たちや、エーラに負けず劣らずの引き締まった表情で、そびえ立つ山を見つめていた。
 それがどんな心から来ているのか、勇男にはまるで見当がつかなかったが、勇男もまた口元を引き締めて山を見据えた。
 山に分け入ってからが、今回の本番であるからこそ。
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