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レバノン杉騒動
東への出陣 その2
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ウルク国の東門から守護神ズワワが守る山へは、それほど距離が離れているわけではない。
ただ、徒歩で数日間かかる距離でも、軍勢を率いて向かうとなれば、それなりに時間もかかってくる。
そしてその道中にも、守護神ズワワほどではないにしても危険はある。
平野を渡る者の肉を貪ろうとする、凶暴な人食い大獅子。
その食べ残しにあやかろうとする大ハゲタカの群れ。
東の山に辿り着く前に、これらの危難を払いのける必要があるからこその、ウルク国の精鋭部隊であった。
本来なら。
「よーし! 焼っけたー!」
ビーの一声を聞き、周りにいた兵士たちは色めきだった。
「おいしそうに焼けたよー! みんなー! 取りに来てー!」
焚き火の前にいたビーが号令を発すると、兵士たちもまた歓喜の号令を返す。
火を囲むように槍に刺されて炙られているのは、プテラノドンと見間違うほどの巨大なハゲタカだった。
「はい、どーぞ」
「ありがとう、ビー。こいつはスゲェや」
ビーが槍ごと焼きハゲタカを手渡し、兵士たちは数人がかりでそれを運んでいく。
「あっ、きみもコレ食べてね」
焼きハゲタカを配りながら、ビーはついでに焼いていたハゲタカの頭を皿に乗せて置いた。
「ガ、ガウ」
何か申し訳なさそうな顔をした大獅子が一頭、皿を差し出してきたビーにお辞儀をして礼を表した。
「……」
そんな光景を、勇男は少し離れたところから微妙な表情で見つめていた。
対ズワワ作戦部隊が出陣して一日目、想定とは全く別の意味での波乱がいくつも起きていた。
まず部隊が遭遇したのは、雄々しい鬣を蓄えた人食い大獅子だった。
知らずに縄張りに踏み込んだ旅人や、度胸試しで挑んだ命知らずが、何人も犠牲となったために、もはや人を一切恐れることなく襲いかかってくる、文字通りの肉食獣。
鎧兜で身を固めてもなお切り裂いてくる強力な牙と爪は、名うての兵士でも命と引き換えで傷を与えるのが精一杯という。
平野を行く軍勢はもちろん目立つため、人食い大獅子にとっては格好の獲物と映ったことだろう。
ここが第一の関門と、兵士たちは武器を構え、いま人食い大獅子との死闘が幕を開ける―――――――――――かと思われたが、まず狙いを定めたのがビーだったのが運の尽きだった。
ビーは常人であれば一撃で身を裂かれる爪撃をあっさりと受け止め、次いで『かっわい~!』と言って大獅子を思い切り抱きしめた。
加減はしていたらしいので、肋骨粉砕も内臓破裂もしなかったが、それでも大獅子にとっては巨人に胴体を掴まれたほどの衝撃だったので、途中から泡を吹いていた。
人食い大獅子との遭遇がよほど嬉しかったのか、その後ビーは何度も大獅子を宙に放り投げては受け止めを繰り返し(勇男の目算では地上5、60メートルの高さだった)、それが終わる頃には大獅子は完全に服従の姿勢を取っていた。
第二に仕掛けてきたのは、平野を歩くほとんどの生き物を餌とする大ハゲタカの群れだった。
人食い大獅子が食べ残した獲物の肉にありつくと思われがちだが、それはあくまでついでの取得方法であり、単独でも充分に獲物を仕留められる攻撃力を持っていた。
人間程度であれば、鋭い鉤爪で両肩を掴んで飛び去り、空中で群れの仲間とともに肉を千切り食うなど造作もない。
優れた飛行能力と高い知能による連携から、訓練された軍隊でも対処が難しいとされる。
空から移動する軍勢を見つけた大ハゲタカの群れは、すぐさま人間の掴み取りと言わんばかりに急降下してきた――――――――――のだが、それをいち早く察したのがビーだった。
『アレ、おいしいかも』とだけ言うと、ビーは背負っていた斧を手に持つと、急降下してきた大ハゲタカの一羽を叩きつぶしてみせた。
それを見た他の大ハゲタカたちは警戒して距離を取ったものの、ビーが兵士の一人から弓矢を借りると、離れた距離から正確に射抜いていった。
大ハゲタカの群れは混乱して散り散りに逃げようとするも、途中からエーラも加わった弓撃にバタバタと射倒され、ついには部隊全体の食糧を賄ってしまえる分だけ獲れてしまった。
そんなわけで、一日目の夜はビーによる大ハゲタカの串焼きが盛大に振舞われているわけだが、それを見ている勇男の感想は、
(ビーがこれまで生き延びてこれた理由が分かるな)
と、ビーのサバイバル能力に関して再認識したことだった。
「イサオ殿」
「うおっ!?」
急に後ろから声をかけられ、勇男は肩をビクリと震わせた。誰が声をかけたのか分かっているだけ余計に。
「ハ、ハトゥアさん……」
「少し話したいことがある。良いだろうか?」
ただ、徒歩で数日間かかる距離でも、軍勢を率いて向かうとなれば、それなりに時間もかかってくる。
そしてその道中にも、守護神ズワワほどではないにしても危険はある。
平野を渡る者の肉を貪ろうとする、凶暴な人食い大獅子。
その食べ残しにあやかろうとする大ハゲタカの群れ。
東の山に辿り着く前に、これらの危難を払いのける必要があるからこその、ウルク国の精鋭部隊であった。
本来なら。
「よーし! 焼っけたー!」
ビーの一声を聞き、周りにいた兵士たちは色めきだった。
「おいしそうに焼けたよー! みんなー! 取りに来てー!」
焚き火の前にいたビーが号令を発すると、兵士たちもまた歓喜の号令を返す。
火を囲むように槍に刺されて炙られているのは、プテラノドンと見間違うほどの巨大なハゲタカだった。
「はい、どーぞ」
「ありがとう、ビー。こいつはスゲェや」
ビーが槍ごと焼きハゲタカを手渡し、兵士たちは数人がかりでそれを運んでいく。
「あっ、きみもコレ食べてね」
焼きハゲタカを配りながら、ビーはついでに焼いていたハゲタカの頭を皿に乗せて置いた。
「ガ、ガウ」
何か申し訳なさそうな顔をした大獅子が一頭、皿を差し出してきたビーにお辞儀をして礼を表した。
「……」
そんな光景を、勇男は少し離れたところから微妙な表情で見つめていた。
対ズワワ作戦部隊が出陣して一日目、想定とは全く別の意味での波乱がいくつも起きていた。
まず部隊が遭遇したのは、雄々しい鬣を蓄えた人食い大獅子だった。
知らずに縄張りに踏み込んだ旅人や、度胸試しで挑んだ命知らずが、何人も犠牲となったために、もはや人を一切恐れることなく襲いかかってくる、文字通りの肉食獣。
鎧兜で身を固めてもなお切り裂いてくる強力な牙と爪は、名うての兵士でも命と引き換えで傷を与えるのが精一杯という。
平野を行く軍勢はもちろん目立つため、人食い大獅子にとっては格好の獲物と映ったことだろう。
ここが第一の関門と、兵士たちは武器を構え、いま人食い大獅子との死闘が幕を開ける―――――――――――かと思われたが、まず狙いを定めたのがビーだったのが運の尽きだった。
ビーは常人であれば一撃で身を裂かれる爪撃をあっさりと受け止め、次いで『かっわい~!』と言って大獅子を思い切り抱きしめた。
加減はしていたらしいので、肋骨粉砕も内臓破裂もしなかったが、それでも大獅子にとっては巨人に胴体を掴まれたほどの衝撃だったので、途中から泡を吹いていた。
人食い大獅子との遭遇がよほど嬉しかったのか、その後ビーは何度も大獅子を宙に放り投げては受け止めを繰り返し(勇男の目算では地上5、60メートルの高さだった)、それが終わる頃には大獅子は完全に服従の姿勢を取っていた。
第二に仕掛けてきたのは、平野を歩くほとんどの生き物を餌とする大ハゲタカの群れだった。
人食い大獅子が食べ残した獲物の肉にありつくと思われがちだが、それはあくまでついでの取得方法であり、単独でも充分に獲物を仕留められる攻撃力を持っていた。
人間程度であれば、鋭い鉤爪で両肩を掴んで飛び去り、空中で群れの仲間とともに肉を千切り食うなど造作もない。
優れた飛行能力と高い知能による連携から、訓練された軍隊でも対処が難しいとされる。
空から移動する軍勢を見つけた大ハゲタカの群れは、すぐさま人間の掴み取りと言わんばかりに急降下してきた――――――――――のだが、それをいち早く察したのがビーだった。
『アレ、おいしいかも』とだけ言うと、ビーは背負っていた斧を手に持つと、急降下してきた大ハゲタカの一羽を叩きつぶしてみせた。
それを見た他の大ハゲタカたちは警戒して距離を取ったものの、ビーが兵士の一人から弓矢を借りると、離れた距離から正確に射抜いていった。
大ハゲタカの群れは混乱して散り散りに逃げようとするも、途中からエーラも加わった弓撃にバタバタと射倒され、ついには部隊全体の食糧を賄ってしまえる分だけ獲れてしまった。
そんなわけで、一日目の夜はビーによる大ハゲタカの串焼きが盛大に振舞われているわけだが、それを見ている勇男の感想は、
(ビーがこれまで生き延びてこれた理由が分かるな)
と、ビーのサバイバル能力に関して再認識したことだった。
「イサオ殿」
「うおっ!?」
急に後ろから声をかけられ、勇男は肩をビクリと震わせた。誰が声をかけたのか分かっているだけ余計に。
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「少し話したいことがある。良いだろうか?」
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