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レバノン杉騒動
ウルク国の慙愧 その2
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「ウルク国に小グガルアンナが現れなくなって数年後、突然ビーがウルク国を訪ねてきた。いや、帰ってきたと言うべきか」
「数年後? わざわざ数年空けて復讐にでも来たのか――――――って、ビーの性格でソレはないか」
「その通りだ、エーラ殿。当時の民も、ビーが自分を追放した復讐に来た、と思ったが、すぐに違うと解った。ビーが持ってきた物を見て、一目で」
「持ってきた? 何を?」
ハトゥアはまだ頂上の神殿に少し明かりが灯っている聖塔を指差した。
「イサオ殿もエーラ殿も、すでに存じているだろう。あそこに小グガルアンナを供えていることを。そうなったきっかけは、二千年前にビーがウルク国に戻ってきた際、小グガルアンナ十頭を持ってきたことから始まっている」
「小グガルアンナ供えるようになったのビーがきっかけだったのか。けど何でいきなりそんなモン持ってきたんだ?」
「私もビーに聞いたことがあった。理由は単に物々交換の品として持ってきたそうだ。城壁の外で生活し始めたはいいが、手に入る物に限界があったので交換してほしい、と。そうしてビーが小グガルアンナを獲り、それをウルク国が引き取っているうちに、いつしかその肉をイナンナ神への供物として捧げるようになった。このあたりは神殿に勤めているシャマーナから聞いた話だが」
「へ~。そんな理由がね~」
神殿で行われている儀式の由来に、エーラはジュースの入った瓶を傾けながら納得して聞いていた。
「ああ、いや、話が逸れてしまった。重要なのは小グガルアンナのことでも、それを捧げる儀式のことでもない。ビー自身のことなのだ」
「あっ! そうだ、それだよ! ビーがビルガメス王の娘だっていうなら、二千年経つ前にもう死んでるだろ。何で今いるんだよ」
エーラも元の話題を思い出し、ハトゥアに詰め寄るように前のめりになった。
「そうなった経緯に関しては、ビーに聞いても分からないと言われた。ただ、当時のウルクの民は、ビーが小グガルアンナを持ってきたこと以上に、ビーの容姿が追放した数年前から変わっていなかったことに驚いたのだ」
ハトゥアは勇男の膝で眠るビーを見た。まだ辛そうな目ではあるが、今度はしっかりと直視している。
「ビーの髪は長く伸び、衣服も相当に古ぼけていたが、容姿は全く変わっていなかった。そのおかげでウルクの民はビーだと一目で気付いたわけだが、それが如何ほど異様なことだったか計りしれん。その時から、ウルク国では噂が流れ始めた。ビーはかつてビルガメス王が成し得なかった不死の法を体得し、ウルク国へ帰ってきたのではないか、とな」
「……」
エーラはスヤスヤと眠っているビーをチラリと見た。無邪気な寝顔を浮かべているその少女について、俄には信じ難いことだが、全くの嘘ではないとも思えた。
実際にビーの力を目の当たりにしていれば、そのぐらいはやっていても不思議ではない、と。
(まっ、ヘラクレスの娘が言えた立場でもないか)
「それで? 不老不死を叶えた王様がご帰還でめでたしめでたし、ってことにはならなかったんだろ?」
「……誠に恥ずかしい話だ。小グガルアンナがビーを狙い続けている以上、ビーをウルク国に住まわせるわけにはいかなかった。むしろ城壁の外で小グガルアンナを狩らせ続けるため、かつてビルガメス王がお使いになっていた武器まで渡した。これでウルク国はグガルアンナの怨嗟から二千年以上守られ、繁栄を極めるに至った。しかし同時に二千年以上、ウルク国は慙愧の念を背負い続けることにもなってしまった」
ビーを見つめていたハトゥアは、目を閉じ、少しだけ顔を俯かせた。まるでビーに対して謝罪をするように。
「ウルク国を作り、守り、繁栄させたビルガメス王の正統な後継者。それを故国たるウルクより追放し、あまつさえ平穏を守らせ続けるための道具に仕立て上げた。このことをウルク国に住まう民は、大なり小なり心の隅で恥じ入っている。これがウルク国が外国に漏らせず、二千年を超えてなお抱えている秘事だ」
「数年後? わざわざ数年空けて復讐にでも来たのか――――――って、ビーの性格でソレはないか」
「その通りだ、エーラ殿。当時の民も、ビーが自分を追放した復讐に来た、と思ったが、すぐに違うと解った。ビーが持ってきた物を見て、一目で」
「持ってきた? 何を?」
ハトゥアはまだ頂上の神殿に少し明かりが灯っている聖塔を指差した。
「イサオ殿もエーラ殿も、すでに存じているだろう。あそこに小グガルアンナを供えていることを。そうなったきっかけは、二千年前にビーがウルク国に戻ってきた際、小グガルアンナ十頭を持ってきたことから始まっている」
「小グガルアンナ供えるようになったのビーがきっかけだったのか。けど何でいきなりそんなモン持ってきたんだ?」
「私もビーに聞いたことがあった。理由は単に物々交換の品として持ってきたそうだ。城壁の外で生活し始めたはいいが、手に入る物に限界があったので交換してほしい、と。そうしてビーが小グガルアンナを獲り、それをウルク国が引き取っているうちに、いつしかその肉をイナンナ神への供物として捧げるようになった。このあたりは神殿に勤めているシャマーナから聞いた話だが」
「へ~。そんな理由がね~」
神殿で行われている儀式の由来に、エーラはジュースの入った瓶を傾けながら納得して聞いていた。
「ああ、いや、話が逸れてしまった。重要なのは小グガルアンナのことでも、それを捧げる儀式のことでもない。ビー自身のことなのだ」
「あっ! そうだ、それだよ! ビーがビルガメス王の娘だっていうなら、二千年経つ前にもう死んでるだろ。何で今いるんだよ」
エーラも元の話題を思い出し、ハトゥアに詰め寄るように前のめりになった。
「そうなった経緯に関しては、ビーに聞いても分からないと言われた。ただ、当時のウルクの民は、ビーが小グガルアンナを持ってきたこと以上に、ビーの容姿が追放した数年前から変わっていなかったことに驚いたのだ」
ハトゥアは勇男の膝で眠るビーを見た。まだ辛そうな目ではあるが、今度はしっかりと直視している。
「ビーの髪は長く伸び、衣服も相当に古ぼけていたが、容姿は全く変わっていなかった。そのおかげでウルクの民はビーだと一目で気付いたわけだが、それが如何ほど異様なことだったか計りしれん。その時から、ウルク国では噂が流れ始めた。ビーはかつてビルガメス王が成し得なかった不死の法を体得し、ウルク国へ帰ってきたのではないか、とな」
「……」
エーラはスヤスヤと眠っているビーをチラリと見た。無邪気な寝顔を浮かべているその少女について、俄には信じ難いことだが、全くの嘘ではないとも思えた。
実際にビーの力を目の当たりにしていれば、そのぐらいはやっていても不思議ではない、と。
(まっ、ヘラクレスの娘が言えた立場でもないか)
「それで? 不老不死を叶えた王様がご帰還でめでたしめでたし、ってことにはならなかったんだろ?」
「……誠に恥ずかしい話だ。小グガルアンナがビーを狙い続けている以上、ビーをウルク国に住まわせるわけにはいかなかった。むしろ城壁の外で小グガルアンナを狩らせ続けるため、かつてビルガメス王がお使いになっていた武器まで渡した。これでウルク国はグガルアンナの怨嗟から二千年以上守られ、繁栄を極めるに至った。しかし同時に二千年以上、ウルク国は慙愧の念を背負い続けることにもなってしまった」
ビーを見つめていたハトゥアは、目を閉じ、少しだけ顔を俯かせた。まるでビーに対して謝罪をするように。
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