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レバノン杉騒動
ウルク国の慙愧 その1
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ウルク国の南門から平野に出た勇男たちは、一路、ビーの家に向かって歩いていた。
勇男が眠っているビーを背負い、エーラがビーの斧と短剣を背負う分担となっている。
「エーラ、斧重くないか?」
「使うことができないだけで、持って歩くくらいには大丈夫さ」
「そっか。けど疲れたら途中で休憩しよう」
すっかり陽が落ち、月と星の明かりだけとなった平野を歩きながら、勇男はハトゥアとの会話を思い出していた。
「ビーに関わってほしくないって……むしろそんな強いヤツがいるならビーに来てもらった方がいいんじゃ……」
「……」
「ハトゥアさん?」
勇男の言葉に、ハトゥアはなかなか答えられずにいた。
これまでで一番深刻な表情から、それほど言いづらいことであるらしいが、ハトゥアはようやく意を決して口を開いた。
「このことは何人にも口外しないでおいてほしい。ウルク国のためにも、何よりもビーのためにも、知られてはならないことなのだ」
深々と頭を下げるハトゥアに少し驚いた勇男とエーラだったが、
「わ、分かった」
「あたしも秘密を言いふらす趣味ないし」
その切実さに圧されて承諾することにした。
「感謝する。イサオ殿、エーラ殿」
二人の返事を聞いたハトゥアは頭を上げ、小さく息を整えてから話し始めた。
「ビーはビルガメス王の娘なのだ」
「ん!?」
ハトゥアの告白にエーラは眉根を寄せた。
「いや待て。ビルガメス王って二千年以上前に死んでるだろ。何でその娘が現代いるんだよ」
エーラがぶつけてきた疑問に、ハトゥアは『確かにそうだ』と頷いてみせた。
「にわかに信じ難いことではあるだろう。だが、ウルク国の者は皆知っているのだ。ビーが正真正銘、ビルガメス王の直接の娘であることを」
まだ勇男の膝で気持ち良さそうに眠るビーを、ハトゥアは少し悲しそうな目で見つめてから、事の次第を語っていった。
「ビルガメス王とエンキドゥが倒した神牛グガルアンナの亡骸―――正確には女神イナンナの顔に当たった脚の一本から生まれた小グガルアンナは、ビルガメス王への怨みから、彼の王を襲う習性を持っていた。王が存命中は王自身が倒したり、軍を指揮してウルク国を守っていたのだが、崩御されてからは対象が変わってしまった」
ハトゥアは一瞬ビーに目を向けようとしたが、今度は見ることはせずに目を伏せた。
「ビルガメス王の血を最も濃く受け継いでいたビーが、小グガルアンナの標的となった。当然、幼子であるビーは戦う術など知らず、民を率いることも適わなかった。そして、ウルク国の民にとって、ビーが新たな王として成長するまで待てないほど、小グガルアンナは大きな脅威だった。だから……」
目蓋を固く閉じたハトゥアは、石のように重くなった口を精一杯に開き、続きを話した。
「当時のウルク国の民は、ビーをウルク国から追放した」
ハトゥアは完全に顔を伏せてしまい、勇男たちの目を見ることができなくなっていた。それだけ語った内容は、ウルク国にとって最大の恥であることを感じさせた。
「民草が王族を追放したってのか?」
「誠に言い訳のしようもない。そのとおりだ」
エーラが確かめるために聞いたことに、ハトゥアも誤魔化すことなくそう答えた。
「実質、小グガルアンナが標的としたのはビーだけだった。ビルガメス王の血を引く者は他にもいたが、小グガルアンナの目には止まらなかったらしい。つまりはビー一人を犠牲にすれば、ウルク国への脅威は消えるに等しかった。もちろんそれは、民にとっても苦渋の決断だった。ビルガメス王の遺児、次代の王になりえる存在を、城壁の外へ追いやらねばならなかったのは……」
閉ざしていた目を開いたハトゥアは、どこか遠くを見ているようで、そして悲しそうでもあった。
「城壁の外に追いやられたビーは、一晩中、大声で泣いて過ごしたらしい。その泣き声は城壁の端から端まで伝わるほど響いていたそうだ。ただ、夜が明けると同時に声は止み、ビー自身も忽然と姿を消していた。それから数年、確かにウルク国は小グガルアンナの襲撃を受けなくなった、のだが……」
そこに来てハトゥアは、また表情を苦々しくさせた。
「事態が一変したのはそれからだった」
勇男が眠っているビーを背負い、エーラがビーの斧と短剣を背負う分担となっている。
「エーラ、斧重くないか?」
「使うことができないだけで、持って歩くくらいには大丈夫さ」
「そっか。けど疲れたら途中で休憩しよう」
すっかり陽が落ち、月と星の明かりだけとなった平野を歩きながら、勇男はハトゥアとの会話を思い出していた。
「ビーに関わってほしくないって……むしろそんな強いヤツがいるならビーに来てもらった方がいいんじゃ……」
「……」
「ハトゥアさん?」
勇男の言葉に、ハトゥアはなかなか答えられずにいた。
これまでで一番深刻な表情から、それほど言いづらいことであるらしいが、ハトゥアはようやく意を決して口を開いた。
「このことは何人にも口外しないでおいてほしい。ウルク国のためにも、何よりもビーのためにも、知られてはならないことなのだ」
深々と頭を下げるハトゥアに少し驚いた勇男とエーラだったが、
「わ、分かった」
「あたしも秘密を言いふらす趣味ないし」
その切実さに圧されて承諾することにした。
「感謝する。イサオ殿、エーラ殿」
二人の返事を聞いたハトゥアは頭を上げ、小さく息を整えてから話し始めた。
「ビーはビルガメス王の娘なのだ」
「ん!?」
ハトゥアの告白にエーラは眉根を寄せた。
「いや待て。ビルガメス王って二千年以上前に死んでるだろ。何でその娘が現代いるんだよ」
エーラがぶつけてきた疑問に、ハトゥアは『確かにそうだ』と頷いてみせた。
「にわかに信じ難いことではあるだろう。だが、ウルク国の者は皆知っているのだ。ビーが正真正銘、ビルガメス王の直接の娘であることを」
まだ勇男の膝で気持ち良さそうに眠るビーを、ハトゥアは少し悲しそうな目で見つめてから、事の次第を語っていった。
「ビルガメス王とエンキドゥが倒した神牛グガルアンナの亡骸―――正確には女神イナンナの顔に当たった脚の一本から生まれた小グガルアンナは、ビルガメス王への怨みから、彼の王を襲う習性を持っていた。王が存命中は王自身が倒したり、軍を指揮してウルク国を守っていたのだが、崩御されてからは対象が変わってしまった」
ハトゥアは一瞬ビーに目を向けようとしたが、今度は見ることはせずに目を伏せた。
「ビルガメス王の血を最も濃く受け継いでいたビーが、小グガルアンナの標的となった。当然、幼子であるビーは戦う術など知らず、民を率いることも適わなかった。そして、ウルク国の民にとって、ビーが新たな王として成長するまで待てないほど、小グガルアンナは大きな脅威だった。だから……」
目蓋を固く閉じたハトゥアは、石のように重くなった口を精一杯に開き、続きを話した。
「当時のウルク国の民は、ビーをウルク国から追放した」
ハトゥアは完全に顔を伏せてしまい、勇男たちの目を見ることができなくなっていた。それだけ語った内容は、ウルク国にとって最大の恥であることを感じさせた。
「民草が王族を追放したってのか?」
「誠に言い訳のしようもない。そのとおりだ」
エーラが確かめるために聞いたことに、ハトゥアも誤魔化すことなくそう答えた。
「実質、小グガルアンナが標的としたのはビーだけだった。ビルガメス王の血を引く者は他にもいたが、小グガルアンナの目には止まらなかったらしい。つまりはビー一人を犠牲にすれば、ウルク国への脅威は消えるに等しかった。もちろんそれは、民にとっても苦渋の決断だった。ビルガメス王の遺児、次代の王になりえる存在を、城壁の外へ追いやらねばならなかったのは……」
閉ざしていた目を開いたハトゥアは、どこか遠くを見ているようで、そして悲しそうでもあった。
「城壁の外に追いやられたビーは、一晩中、大声で泣いて過ごしたらしい。その泣き声は城壁の端から端まで伝わるほど響いていたそうだ。ただ、夜が明けると同時に声は止み、ビー自身も忽然と姿を消していた。それから数年、確かにウルク国は小グガルアンナの襲撃を受けなくなった、のだが……」
そこに来てハトゥアは、また表情を苦々しくさせた。
「事態が一変したのはそれからだった」
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