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レバノン杉騒動
外交問題 その6
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「ズワワ……じゃあそいつがいるから杉が採れないってことなのか?」
「端的に言えばそうなのだが……」
ハトゥアは言いづらそうにしながら、また勇男の膝で眠るビーを見た。
「前の守護神より強いって言ってたよな? 前のヤツはどんなのだったんだ?」
エーラが食い気味に聞くと、ハトゥアは神妙な面持ちで目を閉じて語り出した。
「見上げるほどの巨大な体躯に、振り乱した長い髪と皺だらけの顔、そして獅子よりも強靭な牙と爪を持っていたという」
「単眼巨人よりも強そうだな。けどそれなら軍を率いていけばいいだけじゃないのか? ウルクの兵士たちだって強いだろ」
「それだけではないのだ、エーラ殿。フワワは只人の身では決して勝つことはできなかった。神光で身を守っていたからだ」
「神光?」
「神が与える見えない鎧のようなものだ。フワワはこれを七つも持っていた。鋼の武器も、大弓で射った矢も、これの前にしては一切通じなかった」
「そんなのよく倒せたな。ヒュドラの方がまだ倒しやすいぞ」
「ビルガメス王は神の血を引く半神。エンキドゥは神々の手によって作られた戦士。だからこそ神光に対抗できた。だが、二人の力を合わせてなお、フワワを倒すことはできなかった。太陽神ウトゥの助力もあって、ようやくフワワを討ち取ることができたのだ」
「で、いま東の山を守っているそのズワワっていうのは、それより強い、と?」
勇男の質問に、ハトゥアは唇を引き締めたが、やがて口元の力を緩めて静かに話を続けた。
「父であるフワワを討たれ、守護していた杉を全て奪われたズワワは、それ以降、杉の再建とともに己を鍛え続けたらしい。東の山の近くを通りかかった者が、度々激しい雄叫びを聞いている。おそらくズワワが鍛錬しているせいだろう。神光を持つ守護神が、二千年を超えて力を磨いてきたとなれば、果たしてどれほどの軍隊を差し向ければよいものか……」
ハトゥアは痛む頭を押さえるように額に右手を置いた。
武官としてハトゥアが悩んでいるのは、そういう部分にもあるのだと、勇男とエーラは察していた。
スパルターク国が求めている杉を採りにいこうとするならば、それはウルク国の軍にも多分な犠牲が出てしまうからだ。
かといってスパルターク国の要求を突っぱねることも、ウルク国にとっては手痛い選択になる可能性がある。
どちらにしても痛みを伴うことは避けられないのだ。
「ん? そのフワワが神光を持っていたっていうのは、例のエンリルっていう神が守護神としての役を与えたから、だよな?」
不意にエーラは何かに気付いたように、ハトゥアに確認を取った。
「あ、ああ。そうなるな」
「じゃあそのズワワっていうのも、エンリルに認められたから神光を持ってるのか?」
「いや、それについては分からない。エンリル神はここ二千年ほどは、人に対して何の神託もなく、干渉もない。先遣隊の報告では、ズワワの背後から矢を狙撃したにも関わらず、命中する前に矢が弾け砕かれた、と。だから我々はズワワもまた神光を持っている、と推察している」
「ふ~ん……」
ハトゥアの回答を聞いたエーラは、まだ納得し切れていないのか、適当に相槌を打った。
しばらく考え込むように虚空を見つめていたが、
「まっ、それなら大体の話は読めてきた。要はそのズワワが強いから、あたしたちに助っ人してほしいってトコだろ? ウルク国の料理は何でも美味いし、手を借せっていうなら喜んで借すさ。だろ? イサオ」
「ああ、もちろん。とにかく杉が採れればいいだけだし。そのズワワを何とかするなら、オレとエーラとビーの三人で――――――」
「いや、手を借りたいのはイサオ殿とエーラ殿のお二方だけだ」
ハトゥアの意外な言葉に、勇男とエーラは揃って目を瞬かせた。
「このような場で事の次第を話したのは他でもない。ビーにこの件には関わってほしくないからなのだ」
ハトゥアは謝罪するように頭を下げながらそう言うと、眠っているビーの顔に申し訳なさそうな目を向けた。
「端的に言えばそうなのだが……」
ハトゥアは言いづらそうにしながら、また勇男の膝で眠るビーを見た。
「前の守護神より強いって言ってたよな? 前のヤツはどんなのだったんだ?」
エーラが食い気味に聞くと、ハトゥアは神妙な面持ちで目を閉じて語り出した。
「見上げるほどの巨大な体躯に、振り乱した長い髪と皺だらけの顔、そして獅子よりも強靭な牙と爪を持っていたという」
「単眼巨人よりも強そうだな。けどそれなら軍を率いていけばいいだけじゃないのか? ウルクの兵士たちだって強いだろ」
「それだけではないのだ、エーラ殿。フワワは只人の身では決して勝つことはできなかった。神光で身を守っていたからだ」
「神光?」
「神が与える見えない鎧のようなものだ。フワワはこれを七つも持っていた。鋼の武器も、大弓で射った矢も、これの前にしては一切通じなかった」
「そんなのよく倒せたな。ヒュドラの方がまだ倒しやすいぞ」
「ビルガメス王は神の血を引く半神。エンキドゥは神々の手によって作られた戦士。だからこそ神光に対抗できた。だが、二人の力を合わせてなお、フワワを倒すことはできなかった。太陽神ウトゥの助力もあって、ようやくフワワを討ち取ることができたのだ」
「で、いま東の山を守っているそのズワワっていうのは、それより強い、と?」
勇男の質問に、ハトゥアは唇を引き締めたが、やがて口元の力を緩めて静かに話を続けた。
「父であるフワワを討たれ、守護していた杉を全て奪われたズワワは、それ以降、杉の再建とともに己を鍛え続けたらしい。東の山の近くを通りかかった者が、度々激しい雄叫びを聞いている。おそらくズワワが鍛錬しているせいだろう。神光を持つ守護神が、二千年を超えて力を磨いてきたとなれば、果たしてどれほどの軍隊を差し向ければよいものか……」
ハトゥアは痛む頭を押さえるように額に右手を置いた。
武官としてハトゥアが悩んでいるのは、そういう部分にもあるのだと、勇男とエーラは察していた。
スパルターク国が求めている杉を採りにいこうとするならば、それはウルク国の軍にも多分な犠牲が出てしまうからだ。
かといってスパルターク国の要求を突っぱねることも、ウルク国にとっては手痛い選択になる可能性がある。
どちらにしても痛みを伴うことは避けられないのだ。
「ん? そのフワワが神光を持っていたっていうのは、例のエンリルっていう神が守護神としての役を与えたから、だよな?」
不意にエーラは何かに気付いたように、ハトゥアに確認を取った。
「あ、ああ。そうなるな」
「じゃあそのズワワっていうのも、エンリルに認められたから神光を持ってるのか?」
「いや、それについては分からない。エンリル神はここ二千年ほどは、人に対して何の神託もなく、干渉もない。先遣隊の報告では、ズワワの背後から矢を狙撃したにも関わらず、命中する前に矢が弾け砕かれた、と。だから我々はズワワもまた神光を持っている、と推察している」
「ふ~ん……」
ハトゥアの回答を聞いたエーラは、まだ納得し切れていないのか、適当に相槌を打った。
しばらく考え込むように虚空を見つめていたが、
「まっ、それなら大体の話は読めてきた。要はそのズワワが強いから、あたしたちに助っ人してほしいってトコだろ? ウルク国の料理は何でも美味いし、手を借せっていうなら喜んで借すさ。だろ? イサオ」
「ああ、もちろん。とにかく杉が採れればいいだけだし。そのズワワを何とかするなら、オレとエーラとビーの三人で――――――」
「いや、手を借りたいのはイサオ殿とエーラ殿のお二方だけだ」
ハトゥアの意外な言葉に、勇男とエーラは揃って目を瞬かせた。
「このような場で事の次第を話したのは他でもない。ビーにこの件には関わってほしくないからなのだ」
ハトゥアは謝罪するように頭を下げながらそう言うと、眠っているビーの顔に申し訳なさそうな目を向けた。
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