荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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レバノン杉騒動

七日目

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「とおぉっりゃああぁ!」
 土埃つちぼこりを後に引いて助走をつけ、平野を思い切りジャンプしたビーは、
「てぇいっやああぁ!」
 構えていた斧を大回転させ、
「ちぇいっ!」
 空中にいたしょうグガルアンナの首を見事にねた。
 小グガルアンナは首と体が分かれて落下していき、ビーは回転を緩めながら放物線を描いて地面に向かっていく。
 ビーが体操選手ばりの着地を披露すると同時に、後方で落下した小グガルアンナの首が爆発音と爆炎を巻き上げた。
 それを見ていた勇男いさおは、『戦隊モノの登場シーンみたいだ』と心の中で呟いていた。
 ビーと出会って一週間、また小グガルアンナが出る頃だというので、勇男とエーラも一緒に討伐に参加していた。
 と言っても、『道具』がある場合のビーは負けたことがないらしいので、二人の役割は倒した小グガルアンナを運ぶ程度のものだったが。
「イサオー! エーラー!」
 左手で首のなくなった小グガルアンナを引きずり、右手に持った斧を高らかに振りながら、ビーは二人の元に走ってきた。
「スゴいな、ビー。あっという間に三頭も仕留めたな」
「えっへへ~。小グガルアンナるなら、ビーがウルク国で一番だもんね~」
 エーラにめられたのが嬉しかったのか、ビーは自慢げに胸を張った。
 実際にビーが三頭の小グガルアンナを狩るのにかかった時間は短かった(勇男の感覚では十分じゅっぷんも経っていない)。
 その腕前は二千年以上も続けてきたキャリアによるものとも思えるが、勇男としてはそれ以上に、ビーが持っている『道具』の方が気になっていた。
 ビーが『道具』と言っていたのは斧と短剣だったことが、ここ一週間で判明したのだが、『ただの斧と短剣』で済ますには、いささか以上に疑問の残る代物だった。
 斧は形だけ見れば手斧のたぐいではあるが、まず大きさが尋常ではない。誰がどういう風に使うために作ったか知らないが、ビーの体格の二回り以上は大きく、大人であっても比率がおかしいサイズだった。巨人の赤ちゃんが使うオモチャだと言われた方が納得できそうなものだ。おまけに黄金色こがねいろに輝いている。
 その大きさだけあって重さも半端ではなく、勇男は持ち上げることすらできず、エーラですら持つことはできても上手く扱えないと言わしめた。
 それをまるで発泡スチロールのような感覚で使いこなしているあたり、勇男は改めてビーの腕力に感心していた。半分あきれるような気持ちだったが。
 ちなみに短剣は少し大きめの両刃ダガータイプだったが、こっちは見た目だけが普通でバーベル並みに重かった。
 『持つだけで筋トレになってしまう』と勇男は評したものだが、こちらもビーにとっては何でもないらしく、先程は空中にいる標的に対してダーツよろしく投げつけていた。これも見事クリーンヒット。そしてこれも宝剣のように黄金色に輝いていた。
 ビーの話では、かつてウルク国を出る事になった際、せめてもの餞別せんべつとして当時の国民に持たされた物らしい。
 それを聞いた勇男は、『誰も扱えないから押し付けられたのでは?』とも思ったが、ビーはこれらを上手く使いこなしているので、どちらにしてもビーには合った道具だったようだ。
「あとは持って帰るだけ♪ イサオはあっち、エーラはあっち持ってって。ビーはあれ持って帰る」
 体に巻いた鎖に斧と短剣を挟み込んだビーは、一番遠くにある小グガルアンナのところに走っていった。どう見ても超重量の斧と短剣を担いで出せるスピードではない。
 そんなビーの背中を見ながら、勇男はビーと初めて会った時のことを思い出していた。
 ビーは『道具』を忘れたから小グガルアンナに追いかけられていたと言っていたが、
(アレをうっかり忘れたっての?)
 勇男としては巨大な斧や超重量の短剣よりも、それを『うっかり』忘れたビーの方に驚いていた。

「ぶわっは! ぐえっは!」
 ようやくウルク国の城壁前に辿り着いた時には、勇男は完全にバテて膝をついていた。
「イサオ、大丈夫?」
「だからあたしやビーが持つって言っただろ?」
「い、いや……オレだけ手ぶらって……わけには……ごほっ!」
 今回仕留めた三頭の小グガルアンナを、勇男たちは一人一頭ずつ持ち帰るということに決めていた。
 が、ビーやエーラは生まれたての仔牛を持つ程度でも、勇男にとっては特大のサンドバッグを担いで移動するのと同じだった。
 小グガルアンナは成牛ほど大きくはないが、それでも仔牛ほど小さくもない、中間くらいのサイズだった。
 それでも普通の牛と同じくかなりの重さがあり、常人程度の体力しかない勇男が平野から運んで持ってくるのは重労働だった。
 ビーとエーラからだいぶ距離は空いての移動だったが、男の子の矜持を貫き通した自分を褒めてやりたいと勇男は思った。
「よぉ、ビー。それとお二人さんも一緒かい」
 城壁の一般用出入り口の順番が回ってくると、門番のモルザバが勇男たちを見つけて声をかけてきた。
「モルザバのおじちゃん、こんにちはー!」
 ビーも元気よくモルザバに挨拶あいさつを返す。
 ここ一週間ほど、ビーと行動を共にしていたせいか、勇男とエーラはすっかりビーの連れだと認識されていた。
「おっ! 今日は三頭仕留めてきたのか。こりゃあ聖塔エ・ウ・ニルに持ってったら、イナンナ様もさぞお喜びになるだろうな」
(たぶん……いや、十中八九じゅっちゅうはっく喜ばないだろうな)
 女神イナンナが小グガルアンナを全く喜ばないことを、勇男は諸事情により知っている。
 だが褒められて嬉しそうに笑っているビーを前に、それを言うのは野暮だと思い、勇男は何も言わないことにした。
(イナンナ様にはちょ~っと気の毒だけどね)
 勇男は聖塔エ・ウ・ニルに行く前から、三頭分の小グガルアンナを持ってこられて唖然としているイナンナを想像して少し可笑おかしくなってしまった。
「んじゃ、ビーとお二人さん、許可証だしてくれ」
 モルザバにうながされ、三人は手のひらサイズの小さな粘土板を見せた。
「ほい、確認した。通っていいぜ」
 それぞれ差し出された粘土板を一瞬確認しただけで、モルザバは三人に通行を許可した。
 最初は勇男も驚いたが、ビーが言うには、ウルク国で作られる粘土板と、他国で作られる粘土板は明らかに違うらしく、ウルク国の人間なら一目で見分けられるという。
 だからこそウルク国の入国許可証は未だに粘土板であり、名前と簡単な情報が書かれているだけで信用度は充分なのだった。ちなみに壊れた場合は半分の欠片かけらからでも交換してもらえる行き届いたサービスである。
「じゃあねー!  モルザバのおじちゃーん!」
「ああ、またなー!」
 モルザバに手を振ったビーは、うきうきとスキップしながら聖塔に向かっていった。
「イサオ! エーラ! 早く小グガルアンナこれ届けてジュース飲も!」
「あっ! 待てよ、ビー!」
 巨大な斧と短剣と小グガルアンナを持っているとは思えない速さで走っていくビーを、これまた牛一頭を担いでいるとは思えない速さで追いかけていくエーラ。
「あっ! ちょっ! オレを置いてかないでくれ~」
 首なしの牛を担いでよろよろと街中を行く勇男だったが、そんな中でも街の人々の噂話うわさばなしは聞き逃していなかった。
「やっぱりあのこと本当らしいぞ」
「政務官たちどうすんだろうな」
 その話を聞き、勇男はいよいよ機会が迫ってきていると感じていた。
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