荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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レバノン杉騒動

ウルク国の朝 その2

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「はあ! はあ! はあ!」
「どうしたんだよ、イサオ? そんな発情期のケンタウルスみたいになって」
「ちょっ! エーラ! い、今は何も話しかけないで、クれマせンか!?」
「ん? 何で急にかしこまってんだ?」
 首をかしげているエーラを背に、勇男いさおは何とか呼吸を整えようとする。
 昨夜に続き、今朝までエーラたちと混浴することになるとは思っていなかったので、精神的にまるで落ち着かない。二度に渡って全裸まっぱにされて風呂に放り込まれたので、逃げるひまさえなかったわけだが。
「おっ……はっは~ん」
 エーラに背を向けて体を丸めている勇男を見て、エーラは何かに気付いた様子でニヤニヤし始めた。また悪戯いたずらを思いついた子どもよろしく。
「まだ治まってないんだな? ソレ」
 勇男の後ろにすっと近寄ったエーラは、耳元に息を吹きかけるようにささやいた。
「うおっ!? エ、エーラ!?」
 いまの勇男ではちょっとしたことでも刺激が強すぎてしまう。実際、エーラの言う通り、朝の状態も相まって治まっていない勇男である。
「何だったら手伝って・・・・やろうか~?」
 勇男をからかうようにニヤつきながら、エーラは右手の指をゆっくり握ったり開いたりした。
「エ、エ~ラ~……」
 全部わかっててからかってくるエーラに、勇男はまた恥ずかしいやら腹立たしいやらといった気持ちになり、声が上ずっていた。
「二人とも、どしたの~?」
 風呂の縁からひょっこりと顔を出したビーが、勇男とエーラの様子を不思議そうに見ていた。
「おっ、ビー。風呂の始末終わったのか?」
「終わったー。よっと」
 人の頭ほどの木片を持ったビーが、風呂の中から二人の下へ跳んで着地した。
 ビーが作った風呂は排水用の穴も開いており、使う時はその木片で穴に栓をして水を貯める。
 入浴中は気付かなかった、というより気付く余裕すらなかった勇男だが、後から聞いて感心していた。
「あれ? イサオ、お腹痛いの?」
 体を丸めている勇男を見たビーは、木片を持ったまま小首を傾げた。
「いや、これは、その――――――」
「ビー、イサオはな」
「ちょっ! エーラ!?」
 勇男が説明に困っていると、エーラがさっとビーに寄って耳打ちした。小声で内容は聞こえないが、勇男には大体の想像がついていた。
「へ~、男の子ってそうなんだ」
「なっ? 面白いだろ?」
 予想通りの内容だったと察した勇男は、もう怒りよりも恥ずかしさの方が完全に勝っていた。
「次はイサオより早起きして見てみろよ、ビー」
「うん! ビー、早起きする!」
 二人が今度は何をしようとしているか予測できた勇男は、絶対に二人より早起きしようと、顔を赤くしながら誓うのだった。

「じゃ、ウルクに行って朝ごはんにしよ――――――あっ!」
 朝の身支度も整い、ウルク国で朝食を摂ろうということになり、いざ出発しようとしたところで、ビーは何かを思い出したように声を上げた。
「ちょっと待ってて!」
 ビーは二人に待っているよう告げると、泉をぐるりと回って走っていった。ちょうど泉を挟んでビーの家と対岸にある場所だった。
 途中、泉のほとりに生えていた花を一輪んだビーは、その場所に花を添えて何か祈っているようにしばらくじっとしていた。
 昨日は暗くて見えなかったが、今は明るいので、そこにあるものがちゃんと見えた。
 丁寧に製材された石碑らしきものが、祈っているビーの前にあった。
 少し時間をおくと、祈り終えたビーがまた泉を回って勇男たちの元へ戻ってきた。
「ごめーん。お待たせー」
「ビー、あれってもしかして、誰かの墓か?」
 勇男は戻ってきたビーに、石碑のことを訊いてみる。花を添えて神妙に祈っている様子から、墓ではないかと思ったからだ。
「うん。誰のかはビーも知らないけど、ビーがここに住むずっと前からあったんだ」
「へー、ずっと前からね」
 ビーが墓を振り返り、それにならって勇男も墓に視線を向ける。
(……ってことは二千年以上前の?)
 勇男が墓について考えようとした矢先、『ぐううう』っと猛獣のうなり声に似た音が聞こえてきた。
「あはは、お腹すいちゃった。早くウルクに行って朝ごはんにしよ」
 ちょっと照れくさそうに頭をかいたビーが、足早にウルク国の方へ歩き出した。
「そうだな。あたしもそろそろ腹減ってきたし」
 エーラも腕を伸ばしながら歩き出す。
「イサオー! 早く行こー!」
「置いてくぞー、イサオー」
「あっ、ちょっと待って! オレも腹減ってる!」
 ビーとエーラの声に急かされ、勇男も駆け足で後を追った。
 墓については気になることもあるが、それよりも勇男にとって重要なのは、女神イナンナと取り交わした約束の方だった。
(『近いうちに機会が来る』ってイナンナ様は言ってたな)
 昨夜の夢の中で話した内容を思い出しながら、勇男は二人とともにウルク国へ歩いていった。
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