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レバノン杉騒動
ウルク国への旅路 その1
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勇男とエーラがミケナイ国を発ってから数日後、二人は何もない平野を歩いていた。一路、ウルク国を目指して。
「うぅ……」
「どうしたんだよ、イサオ。そんな偶々飛んできた毒矢に当たったような顔して唸って」
「……その喩え、狙ってんのか天然なのか?」
「まだあたしにブッカケたこと気にしてんのか? そこまでウジウジしてると男が廃るぞ?」
「ちょっ! 思い出させんなよ! せっかくチョットだけ持ち直してきてたのに!」
「あっ、でもアレってむしろ男らしかったってことじゃないのか? けっこうな量が飛び出て――――――」
「そのことはもういいって! いや、そうじゃなくてだな……」
勇男がげんなりしていた理由は、風呂屋での『暴発』の件ではなく、ミケナイ国からここまでの旅路にあった。
偶然ウルク国の近くまで行くという商隊を見つけたので、運賃を払って便乗させてもらえることになったのはありがたかった。
問題だったのは商隊と別れてからで、ウルク国までは伝令用の早馬を全力疾走させても三日はかかるという距離で下りることになった。
商隊のルート上、そこが一番ウルク国に近いという場所だったので、仕方ないといえば仕方ないが、ただ平野を歩いていくだけではおさまらなかった。
行く道程で盗賊団に囲まれたり、巨大サソリに出くわしたりで、勇男は単純に踏破する距離以上に、体力と精神力を消耗させられている気がしていた。
ちなみに盗賊たちはエーラにボコボコにされて改心し――迷惑料として収奪品の半分をもらった――、巨大サソリはエーラが退治した後、焼きサソリにして食べた――意外と美味しかった――。
エーラとしては路銀兼遊興費も手に入り、道中の食費も浮いてホクホクだったが、勇男としては予想の斜め上の連続で、心臓に悪いことだらけだった。
(こ、この世界の旅をナメてた……めっちゃ過酷だった……)
ゼウス神からは『旅をすればいい』、『この世界を楽しめ』と言われたが、勇男は『今なら全能の神にもクレームの電話入れてもバチは当たらないのでは』、と本気で思い始めていた。
(何が楽しめだよ! むっちゃくちゃ危ねぇじゃんか、ゼウス様! いくら滅多なことでは死なない身体だからって! エーラがいなかったらどうなってたことか……)
勇男は横を歩くエーラをチラリと見て、その存在感が今になって頼もしく感じていた。
最初こそは一緒に旅をすると言われて驚いたが、もしエーラがいてくれなければ、勇男は今ごろ盗賊に身ぐるみ剥がされていたか、巨大サソリの昼ごはんになっていたかのどっちかだ。
エーラもちょっと、いや、なかなか無茶苦茶なところはあるが、英雄ヘラクレスの娘と旅するのは、これ以上ないくらいに心強かった。
「ん? 何だよ、イサオ。あたしの顔まじまじ見て。やっぱブッカケたこと思い出してるのか?」
「ち、違わい! そのことはもう箱にでも入れてどこかに捨ててくれ! 頼むから! そうじゃなくて、だな……」
一旦言葉を切って気を取り直した勇男は、
「その……エーラが来てくれて……やっぱり良かったって思ってただけだ……」
少し気恥ずかしかったが、エーラに素直な気持ちを告げた。
「……」
「ちょっ! 何か言えよ! オレだけ恥ずかしいじゃねぇか!」
「イサオ……」
「?」
エーラが立ち止まったので、勇男もつられて立ち止まってしまった。
が、それは勇男にとってかなり大きな誤りだった。
なぜかエーラは立ち止まった勇男の背中を、思いっきり平手で叩いてきたからだ。
「どぅおっっあああああ!」
エーラに全力で叩かれた勇男の体は、空中に放物線を描いて、砲弾のように平野に直撃した。
「そんなのよせよ~。照れるじゃんか~」
勇男の落下地点で砂煙の爆発が起こっているのをよそに、エーラは両の頬を押さえ、ニヤニヤと嬉しそうに身を捩っていた。
一方、平野に前面からめり込んだ勇男は、全身打撲なみのダメージは負ったが、何とか生きていた。
そして、『エーラを褒める時は充分に気をつけよう』と心に強く誓うのだった。
「ぐうぅ……ゼウス様がこの身体作ってくれてなかったら、こんなマンガみたいな感じで絶対済んでなかっ――――――お?」
めり込んでいた顔を起こした勇男だったが、平野の向こうから砂煙が直進してきていることに気付き目を丸くした。
「何だ?」
以前エーラが全速力で走ってきた際、同じような砂煙を立てていた。しかし、エーラはまだ勇男の後ろで身悶えしているので違う。
「ん~?」
目を細めてよく見ると、砂煙の先頭にモサモサした黒い毛玉のようなものが見えた。
だが近付くにつれ、それが癖の強い髪であることが判った。
走ってきているのは、貫頭衣に似た服を着た、年端も行かない少女だった。それも背中どころか踵にまで付きそうなほど髪を伸ばしている。
そんな幼い少女が、巨大な砂煙を巻き上げながら、勇男を目がけて一直線に走ってきていた。
「たーしーけーてー!」
少女は青い瞳から大粒の涙を零しながら、
「どわああああ――――――ぶぎゅむっ!」
見事に平野に転がっていた勇男を踏み潰していった。まるで巨人に踏んづけられたような衝撃で。
「うぅ……」
「どうしたんだよ、イサオ。そんな偶々飛んできた毒矢に当たったような顔して唸って」
「……その喩え、狙ってんのか天然なのか?」
「まだあたしにブッカケたこと気にしてんのか? そこまでウジウジしてると男が廃るぞ?」
「ちょっ! 思い出させんなよ! せっかくチョットだけ持ち直してきてたのに!」
「あっ、でもアレってむしろ男らしかったってことじゃないのか? けっこうな量が飛び出て――――――」
「そのことはもういいって! いや、そうじゃなくてだな……」
勇男がげんなりしていた理由は、風呂屋での『暴発』の件ではなく、ミケナイ国からここまでの旅路にあった。
偶然ウルク国の近くまで行くという商隊を見つけたので、運賃を払って便乗させてもらえることになったのはありがたかった。
問題だったのは商隊と別れてからで、ウルク国までは伝令用の早馬を全力疾走させても三日はかかるという距離で下りることになった。
商隊のルート上、そこが一番ウルク国に近いという場所だったので、仕方ないといえば仕方ないが、ただ平野を歩いていくだけではおさまらなかった。
行く道程で盗賊団に囲まれたり、巨大サソリに出くわしたりで、勇男は単純に踏破する距離以上に、体力と精神力を消耗させられている気がしていた。
ちなみに盗賊たちはエーラにボコボコにされて改心し――迷惑料として収奪品の半分をもらった――、巨大サソリはエーラが退治した後、焼きサソリにして食べた――意外と美味しかった――。
エーラとしては路銀兼遊興費も手に入り、道中の食費も浮いてホクホクだったが、勇男としては予想の斜め上の連続で、心臓に悪いことだらけだった。
(こ、この世界の旅をナメてた……めっちゃ過酷だった……)
ゼウス神からは『旅をすればいい』、『この世界を楽しめ』と言われたが、勇男は『今なら全能の神にもクレームの電話入れてもバチは当たらないのでは』、と本気で思い始めていた。
(何が楽しめだよ! むっちゃくちゃ危ねぇじゃんか、ゼウス様! いくら滅多なことでは死なない身体だからって! エーラがいなかったらどうなってたことか……)
勇男は横を歩くエーラをチラリと見て、その存在感が今になって頼もしく感じていた。
最初こそは一緒に旅をすると言われて驚いたが、もしエーラがいてくれなければ、勇男は今ごろ盗賊に身ぐるみ剥がされていたか、巨大サソリの昼ごはんになっていたかのどっちかだ。
エーラもちょっと、いや、なかなか無茶苦茶なところはあるが、英雄ヘラクレスの娘と旅するのは、これ以上ないくらいに心強かった。
「ん? 何だよ、イサオ。あたしの顔まじまじ見て。やっぱブッカケたこと思い出してるのか?」
「ち、違わい! そのことはもう箱にでも入れてどこかに捨ててくれ! 頼むから! そうじゃなくて、だな……」
一旦言葉を切って気を取り直した勇男は、
「その……エーラが来てくれて……やっぱり良かったって思ってただけだ……」
少し気恥ずかしかったが、エーラに素直な気持ちを告げた。
「……」
「ちょっ! 何か言えよ! オレだけ恥ずかしいじゃねぇか!」
「イサオ……」
「?」
エーラが立ち止まったので、勇男もつられて立ち止まってしまった。
が、それは勇男にとってかなり大きな誤りだった。
なぜかエーラは立ち止まった勇男の背中を、思いっきり平手で叩いてきたからだ。
「どぅおっっあああああ!」
エーラに全力で叩かれた勇男の体は、空中に放物線を描いて、砲弾のように平野に直撃した。
「そんなのよせよ~。照れるじゃんか~」
勇男の落下地点で砂煙の爆発が起こっているのをよそに、エーラは両の頬を押さえ、ニヤニヤと嬉しそうに身を捩っていた。
一方、平野に前面からめり込んだ勇男は、全身打撲なみのダメージは負ったが、何とか生きていた。
そして、『エーラを褒める時は充分に気をつけよう』と心に強く誓うのだった。
「ぐうぅ……ゼウス様がこの身体作ってくれてなかったら、こんなマンガみたいな感じで絶対済んでなかっ――――――お?」
めり込んでいた顔を起こした勇男だったが、平野の向こうから砂煙が直進してきていることに気付き目を丸くした。
「何だ?」
以前エーラが全速力で走ってきた際、同じような砂煙を立てていた。しかし、エーラはまだ勇男の後ろで身悶えしているので違う。
「ん~?」
目を細めてよく見ると、砂煙の先頭にモサモサした黒い毛玉のようなものが見えた。
だが近付くにつれ、それが癖の強い髪であることが判った。
走ってきているのは、貫頭衣に似た服を着た、年端も行かない少女だった。それも背中どころか踵にまで付きそうなほど髪を伸ばしている。
そんな幼い少女が、巨大な砂煙を巻き上げながら、勇男を目がけて一直線に走ってきていた。
「たーしーけーてー!」
少女は青い瞳から大粒の涙を零しながら、
「どわああああ――――――ぶぎゅむっ!」
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