荒雲勇男と英雄の娘たち

木林 裕四郎

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ヒュドラの首

ゼウス神からの啓示 その1

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 なぜ何もない空間で目覚め、そんなところでゼウス神に遭遇したのか分からないが、オリュンポスの最高神を前に、勇男いさおは緊張感をみなぎらせていた。
 ゼウス自らが『伝えることがある』と言って現れた以上、それは勇男に課せられた重い宿命についてか、あるいは世界の命運に関わる驚愕の真実を明かすためか。
 どんなに壮大な事実を伝えられたとしても、勇男は全てを受けきってやると覚悟してのぞんでいたわけだが、
「あ~、待った待った。そんなに身構えんでくれ。こっちがいろいろ言いにくくなる。このサイズじゃちと演出過多だったかの?」
 勇男があんまりにも決死の様相だったためか、なぜかゼウスの方が勇男をなだめようとしてきた。
「ちょっと待っといてくれ。サイズ調整するから」
 ゼウスはそう言って目を閉じ、少し念じると、山のような大きさだったゼウスの身体と玉座が急激に縮んでいった。さながらPCに映し出していた画像を縮小するように。
「あっ、しまった! 小さくなりすぎた」
 勇男がゼウスの縮小に見入っていると、いつの間にかゼウスと玉座は手のひらサイズのフィギュア程度まで小さくなってしまっていた。
「ちょっ、ちょい待ち! サイズ変更は普段はせんからなかなか難しい」
 ゼウスが再び目を閉じると、今度は少しずつ拡大するように大きくなっていった。
「ふむ、こんなものか」
 拡大が終わったゼウスは、ようやく人間サイズに落ち着いた。それでも身長2メートルを超しているので、勇男からしたら迫力はあるが。
「では荒雲勇男あらぐもいさおよ。改めておぬしに伝えておかねばならんことが……すまん、もう一回待ってくれんか」
 玉座から立ち上がったゼウスだったが、話をしようとしたところで、頂点で雷を発生させている王錫おうしゃくが気になったようだった。
「ヘファイストスに作ってもらったが、少々うるさいなコレは。話をする時には向かんな」
 誰に言うでもない文句を言いながら、ゼウスは玉座の裏に王錫を置いて戻ってきた。
「おっほん! さて変な手間はかかったが、これで本題に――――――って、おぬし、どうかしたか?」
「……いえ、別に何も……」
「ふ~む、まだ緊張が解けぬか? この衣装で話しづらいなら、サングラスにアロハシャツに亀の甲羅を背負った出で立ちに変えても良いが?」
「そういうことじゃ……てか何でそのネタ知ってんですか」
地球おぬしの世界の娯楽はこっちの神々にも人気があるからの。まっ、そこまでは冗談として、おぬしに伝えておかねばならんことがあるのは本当じゃ」
 急に神妙な顔になったゼウスに、勇男は今度こそ真面目な話が来ると思い、気を引き締めた。
「まず話を進めやすくするために、おぬしが疑問に思っておることに答えよう。何でも聞いて良いぞ」
「疑問に、思ってること?」
「そうじゃ。あっ、しかしおぬしの寿命とかモテ期とか、個人的な運命に関わる情報はNGじゃぞ? そこんとこは神の間でも制限厳しくなっとって――――――」
「べ、別にそこまで都合のいいこと聞きませんって! え~と、じゃあ……」
 なぜか緊張していたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた勇男は、頭を冷やしていくつか質問したいことをピックアップした。
「オレがエーラと出会った世界は、いわゆる異世界ってことでいいんですか?」
「左様。その認識で相違ない」
「その割には地球オレがいた世界に似すぎている気がするんですが。歴史っていうか、成り立ちっていうか……」
「異世界と言えば確かじゃが、より正確に言うならば平行世界パラレルワールドに近い位置にいる、というところじゃな。異世界と一口に言っても、おぬしたちの世界のように、人や科学技術が台頭した世界もあれば、神々や精霊が残り続けて繁栄した世界、あるいは神も生命も生まれることのなかった何もない世界もある。その中で、似たような神や人物が現れたり、似たような歴史を辿たどることもあり、また全く異なる進化が起こる場合もある、ということじゃ」
「じゃあオレが来たのは地球と似た世界、ってことですか?」
「いかにも。少し違った歴史は辿っておるがの」
「……」
 ゼウスに答えてもらったことで、勇男はいくらか疑問に思っていたことが解消できた。
 異世界であり、平行世界。それなら勇男が聞いていた歴史や伝承とは、違った出来事が起こっていたとしても納得がいく。
 ただ、それだけでは説明がつかないことも、まだいくつかあるが。
「歴史が違っているのはそうだとして、何だかまだチグハグしたことがあるような気がするんですか。何ていうか……歴史上で起こったことがごっちゃになってるような……」
「それにも理由があるのじゃが、もう少し後で説明するとしよう。他には?」
「ここが異世界……っていうなら、やっぱオレは異世界転生したってことになるんですか?」
「あ~、そこを聞いてくるか~」
 勇男からその質問を受けると、ゼウスは困ったように右を向いたり左を向いたりして、何と説明しようか模索しているようだった。
「もう少し後で、穏便に伝えたかったんじゃがの~」
「え、ちょっと。まさか地球でオレとんでもないことになっちゃたんですか? 寝てる間に隕石に直撃されたとか?」
「あ~、そういうわけではなくてな~」
「いや、ちゃんと説明してくださいよ! 恐いじゃないですか!」
「……落ち着いて聞いてくれるかの?」
「も、もちろん!」
「……怒ったりせんか?」
「もちろん……え? 怒る? 何で?」
「おぬしがどうなったかなんじゃがの……」
 やや答えづらそうにしながら、ゼウスは重く口を開いた。
「地球のおぬしは普通に朝起きて学校に行っとる」
「………………は?」
 ゼウスが言ったことを、勇男は何のことかまるで理解できず、思わず一言だけ漏らした。
「どういうことですか? オレが普通に学校に行ってるって。じゃあ異世界ここにいるオレは何なんですか?」
地球むこうにいるおぬしも本物じゃし、異世界こっちにいるおぬしも本物で間違いない」
「ますます意味わかんないですよ。オレが二人いるってことですか!?」
「厳密に言うと二人いるようにした、というのが正しいかの」
「二人いるように? って、何ですかそれ」
「つまりじゃ。元のおぬしの魂から一欠片ひとかけらを失敬してじゃな。それを培養するようなことして魂を一人分まで再生させた後、異世界こっちに用意した肉体に入れた、と。要は魂の複製体クローン的なことをやったわけでな……」
「魂を?」
「そうそう。じゃが複製体クローンとは言っても、単純なコピーみたいなものではなくてじゃな、おぬしは間違いなく一人の人間、荒雲勇男であると保障する。魂的にはどこか違いや差があるわけではなく、記憶も完全に同じじゃからの」
「……ちょっと待ってくださいよ……」
「ん?」
「ってことは地球のオレはあの夜の翌日も、特に変わることなく、何も気付くことなく、普通に生活してるってことですか?」
「そ、そういうことになるのぉ」
「……一言いいですか?」
「う、うむ……この際どんな悪口でも文句でも言って大丈夫じゃぞ?」
「ではお言葉に甘えて――――――――――――ふっっざけるなあああああ!」
「ごわあああ!?」
 持てる肺活量を全て使った怒号を響かせ、勇男はゼウスの胸倉を掴み上げた。
「ぐわあああ! 悪かった悪かった! けど仕方なかったんじゃああ! おぬしを直接連れてこようと思ったら、向こうで死人になるか行方不明者になるかのどっちかになってしまうんじゃあああ! それはちょっと神でも倫理的にまずかったんじゃあああ!」
「そっちじゃなああああい!」
「は?」
「向こうのオレはこっちでオレがどんなに大変な目に遭ったか知らずに、何にも変わりなく普通に学校行ったり、ネットサーフィンしたり、ラノベ読んだり、次の週のアニメの内容気にしたりしてるわけでしょうがああああ! ドちくしょおおおお!」
「……」
 怒っているのは確かだが、勇男の怒る方向性が思っていたのと違っていたので、ゼウスもちょっと反応に困る微妙な顔になっていた。
「ゼウス様! ちょっと向こうにいるオレに呪いかけることできますか? 毎週アニメの予約録画が失敗するようになるとか!」
「あ、いや、さすがに神でも勝手にそういうことしちゃうのは……」
「じゃあせめてこっちから不幸の手紙とか出せませんか! 気合100%でモノホンの呪いがかかりそうなの書くんで!」
「そ、そういうのもちょっとな~」
「くっそおおおお! これじゃ腹の虫が治まらねええええ!」
「ま、まずは落ち着くんじゃ、荒雲勇男。ちゃんとおぬしにも特典が付くように取り計らっておるから」
「……ホントですか?」
「あ、ああ。神として嘘は言わん。本来なら神は人の運命にそこまで干渉せん。ほんの数人や数十人だった時代ならまだしも、人口が増えてからはなかなか一人一人は見ておれんからな。たまたま見つけたから手を貸したり、あまりにも目に余るから罰を与えるというのがせいぜいじゃ。が、おぬしは違う。こっちの神々であるわしらが、こっちの都合で呼び寄せたからの。その分は便宜も図るし、特典や報奨もできる限り用意しよう」
「……」
「それで納得してくれんかのぉ。わしらもおぬしを巻き込んでしまったのは悪いと思っとるし、役を全うしてくれるなら、こっちの世界での幸福は充分に保証する。なっ?」
 正直に言えば、勇男はもうそれほど怒っていなかった。
 異世界に来たこと自体は驚きはしたし、数々のとんでもない目には遭ったが、そう悪くないと思っている。
 魂をクローンしたというのは勇男の理解の範疇を超えているので、どう反応していいものやら。別に荒雲勇男としての自覚や自我に影響や変化があるわけでもない。
 強いて言うならば、向こうでの娯楽を向こうの自分だけが享受して、自分はそれができないのがまだ気に入らないというところだ。
 しかし、ゼウス神にここまで言わせてしまうのも気が引けるし、これ以上ゴネたところでどうしようもない。
 すでに異世界に来てしまっているし、こちらでの諸々を神様が保証してくれるというなら、それはそれで地球で過ごす以上に何かを手に入れられるかもしれない。
 それもいいかもな、と勇男は気持ちを切り替えた。
「ふぅ……分かりましたよ。ゼウス様にそこまで言われちゃあね」
「おお! では納得してくれるかの」
「その代わりとびっきりの特典とご褒美をお願いしますよ」
「もちろんじゃ! わしだけではない。他の土地の神々も、おぬしの行く道に手を差し伸べてくれることじゃろう。わしが太鼓判を押すぞ」
「じゃあ最後の質問なんですが、いいですか?」
 叫んだり考えをまとめたりで、一通り落ち着いた勇男は、肝心の質問をぶつけることにした。
「何でオレは異世界に来ることになったんですか? そして何をすればいいんですか?」
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