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斬撃・凶運・雷槍
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先行したはマスクマンとシロガネだった。マスクマンは右手をブーメランから石製の手斧に持ち替え、左手の盾で攻撃を防ぎつつ突進する。精霊によって造られた盾は、木製であっても強い対霊防御を獲得していた。ただの霊体の触手程度なら、難なく弾くことができた。
シロガネは暗幕に包んでいた日本刀とツヴァイハンダーを解き放った。どちらも古屋敷の物置で埃を被っていた代物だが、シロガネが磨きなおしたので、まるで新品のような輝きを持つ。彼女は両方の剣の鍔元にキスをした。これはシロガネが道具の力を最大限に引き出す際の儀式。これにより二本の長剣は物理的にも霊的にも、規格外の実力を発揮する。
「G£(訳:土砕き!)」
接近したマスクマンの手斧の一撃が、肉塊の正面に振り下ろされた。小さな石の斧でも、彼の一振りは硬い岩盤さえ大きく抉る威力を持つ。とうに現世から精霊世界に還ったとあっては引退同然なので、本来の地割れを起こすレベルには至らないが、それでも悪霊相手には絶大な効果を及ぼした。
肉塊が奇声を上げて大きくうねった。
「TΔ99→。O$1↓(訳:これで十数人分か。全体の1割もない)」
クリーンヒットを決めたマスクマンだが、雀の涙ほどの手応えに歯噛みする。相当数の不浄霊によって構成された肉塊は、精霊の一撃でさえ物ともしない。
無数の触手が放射状に伸び、その全てが攻撃直後のマスクマンに殺到する。
それを迎え撃つのは、右手に日本刀、左手にツヴァイハンダーを握ったシロガネだった。舞うように空中へ跳躍したシロガネは、自らの体を軸に回転する。広げられた腕の先に持つ双剣は遠心力を絡めて、降り注いだ触手の群れを切り刻んだ。本来の剣術の型をまるで無視した使い方だが、道具として生まれ、刃物を統べる彼女なら、どう扱っても最高の威力を生んだ。
「W●(訳:風薙ぎ!)
シロガネが攻撃を防いでいる間に、マスクマンも斧を構え直し、横一閃の一撃を見舞う。しかし、それでも巨大な集合霊を消し去るには至らない。
マスクマンとシロガネが足止めをしている間に、媛寿は雑木林の中で一番高い樹に登頂していた。
いつの間にか、辺りは暗く沈み、満月の光だけが柔らかく落ちていた。山の静かな夜風に吹かれつつ、彼女は両手で持った鞠を額より高い位置に掲げる。そっと目を閉じ、集中力を高めやすい言葉を呟き始めた。
「世界中の不幸を分けてくれ~、世界中の不幸を分けてくれ~」
特にその言葉に意味はなく、集中できるなら何も言う必要はない。だが、媛寿は以前に結城と一緒に視聴した某有名漫画のアニメ作品で出た必殺技が、自分の最凶の技に似ていたことに感激したのか、この言葉を集中の鍵にしていた。
媛寿の持つ鞠は、徐々に鈍い輝きを纏いつつあった。それは輝きであるはずなのに、なぜか暗闇のように黒い。
コンクリートの建物の陰には、結城、アテナ、九木、染井未咲の四人が残っていた。マスクマンとシロガネが応戦して時間を稼いでいるうちに、要である結城とアテナが邪魔の入らないところで締めの準備をする。
いま、二人は正面から相対していた。ただ、結城だけは少し微妙な顔をしている。
「あれってこんな時でも言わなきゃいけないんでしょうか?」
「もちろんです。そうでなければ私の気も乗らず、半端な力しか発揮できません。あの悪霊を滅するには最高の状態で臨まなければ。戦いの女神が見込んだ戦士ならば、そこは弁えて然るべきですよ」
アテナは理路整然と講釈するが、結城はますます微妙な顔になった。時々この女神は変な拘りを見せることがある。それもどんな状況であっても妥協せず。
こういう時でもやるかなぁ、と少し呆れ気味になりつつも、今は荒れ狂う集合霊の方が先決と改め、結城は顔を引き締めた。
結城とアテナは、お互いの右手をかざし、掌を合わせた。
「ラスティ・フューッッッジョン!!!」
二人は同時に約束の言葉を叫ぶ。それはアテナが贔屓にしている『勇者ドロイドシリーズ』の最高傑作、『超勇神ダオダイバー』が最後の合体を敢行する時の決め台詞だ。
叫んですぐに、アテナの体が黄金の光を放出した。光の塊となった彼女は粒子のように細かく散り、結城の右手に吸い込まれていった。
右手を通って彼の全身が黄金のオーラに包まれた。閉じられた結城の目がもう一度開くと、その瞳は彼のものではなく、アテナと同じ色になっていた。
神降ろしと呼ばれる高位のシャーマンのみが執り行える、神を己の肉体に降ろし、その力あるいは啓示を得る高等巫術。結城には霊能力の才覚はなく、もちろん巫力も持っていない。本来、彼に神降ろしは不可能ではあるが、戦いの女神と奇妙な縁を結び、互いに強い信頼関係を持つならとアテナに試されたところ、強引に神降ろしが成立した。
以来、アテナが切り札を使う際は、この擬似神降ろしにより、二人は融合状態になっていた。そして融合のイグニッション・キーとして、彼女は『ダオダイバー』の決め台詞を設定していた。なお、龍の玉を探す某有名漫画に出てくる融合のポーズも候補に挙がっていたが、そちらにならなかったことを結城は心底安堵していた。
(ではユウキ、集中してください)
神降ろしによって融合した状態では、アテナの声が直接心に聞こえる。
「分かりました。では、行きます!」
右手を軽くかざし、結城は目を閉じた。イメージするのは雷。天を裂く雷光。空気を震わす雷鳴。一撃で大木を両断する破壊力。目蓋の裏にそれらを強く思い描き、右手に力が集まるように意識する。
結城の指先から、ちりちりと電気のようなものが発生しつつあった。空気が弾けるような音を伴い、瞬く光が次第に大きくなっていく。右手を中心に辺り全体が白色光に包まれた。
もう少しで呼ぶことができる。神代の魔物でさえ焼滅させられる、女神アテナが持つ最強の矛が。
だが、それはおぞましい叫声によって中断させられた。肉塊の集合霊が、耳を劈くような甲高い悲鳴を上げたのだ。
その直後、
「Y£4↓(訳:結城、避けろ!)」
マスクマンの焦りを含んだ声が聞こえ、結城に融合したアテナはすかさずアイギスを構えた。壁の後ろの状況は見えないが、マスクマンの声にアテナの直感は最大限の危険信号を感じた。
その直感を的中し、背後に九木と染井未咲を匿ったアイギスは、投石器による攻撃を受けたような強い衝撃に晒された。同時に周囲の建物が砕け散り、雑木林では幾本もの樹木がなぎ倒された。
衝撃が収まった頃合いで盾の縁から正面を見ると、肉塊はあらゆる角度、あらゆる方向へ、無数の触手を伸ばしていた。マスクマンとシロガネの攻撃に対抗せんと、全方位への無差別攻撃を放ったのだ。
マスクマンは盾で防ぐことはできたが、押し切られて背中から木に激突していた。
シロガネは直撃を受けてしまったのか、木造の建物の瓦礫に埋まり、足だけが見えている。
肉塊は伸ばしていた触手を引き戻し、またも背筋が凍るような悲鳴を上げた。
「また来る!」
怨嗟に似た雄叫びを轟かせる肉塊が、またも全方位攻撃を仕掛けようとしていることに、結城の直感も反応した。
アイギスを以ってすれば、九木と染井未咲は守れる。しかし、マスクマンとシロガネ、隠し玉の準備を進める媛寿までは守りきれない。膠着に追い込まれ、結城の心に焦りが湧く。そうしている間にも、肉塊は次を放たんがため、身を震わせた。
(ユウキ、切り札の前に裏技を使います! 前へ!)
「えっ、でも・・・」
(今はあれを止める方が先です。エンジュが間に合うことを信じましょう!)
アテナの言葉に、結城は覚悟を決めた。このままでは仲間を失うことにもなりかねない。ならば、ここは前へ出るべきだと。
震える肉塊に向かって結城は駆け出した。裏技の効果範囲は広い。なので可能な限り集合霊に絞って発動する。
距離を詰め、絶好の間合いに入ったところで、結城はアイギスを肉塊に向けた。最強の盾に隠された、禁断の力を解放するため、その技の名称を高らかに叫ぶ。
「アイギス・オブ・アーテナー・・・・・・ストーン・コールド!!!」
アイギスの表面に彫りこまれた、鋭い両眼の形をしたレリーフが覚醒した。その昔、英雄ペルセウスによって退治され、その後アテナに献上された伝説の魔物の首級。それは彼女の盾アイギスに装着され、幾度となく危機を救ってきた。恐ろしい形相で一度眼にすれば血も凍り、石の彫像へと成り果てるメデューサの魔力。その力が現代に再現された。
(くっ、やはり霊体は石化できない。ですが、動きを止めるだけなら!)
アイギスから放たれる、見る者全てを石に変える超常の魔力。だが、それは肉体を持つ者に限られる。相手が既に肉体を失った霊魂であっては、石化はかなわない。それでも、難敵の動きを封じることには成功した。肉塊は触手を放とうとした一瞬を縫いとめられてしまった。
(ストーン・コールドを発動させている間は切り札が使えません。エンジュ、早く、早く!)
開かれた眼のレリーフが少しずつ閉じられていく。弱まっていく魔力に比例して、肉塊は不気味に身じろぎし始めていた。ストーン・コールドは一度発動させてしまえば、しばらくは使えない。それは集合霊の全方位攻撃を止める手立てがなくなることを意味した。
「とおぅっ!」
メデューサの眼がまさに閉じられようとした時、場に似合わぬ可愛らしい掛け声で闇夜に躍り出る影があった。紅い振袖を月光になびかせる小さな人影。幸運も不運も司る座敷童子、媛寿だった。
「くーらーえー!」
媛寿は空中で鞠を大きく掲げた。彼女の持っていた鞠は、先ほどまでと違い、黒い霧のようなオーラが立ち上る。再び活動を開始しようとする肉塊に向け、媛寿は鞠を放り投げた。
「不幸玉!」
媛寿の手から離れた鞠は、彼女の腕の力と重力加速度のみで、肉塊に目がけて落下していった。媛寿の肉体的な力はそれほど強くないので、鞠はキャッチボールで投げられた球の如く、非常に緩いスピードで対象へ向かう。
アテナ、マスクマン、シロガネの猛攻と比べれば、明らかに威力がないと思えてしまうが、それは間違いだった。媛寿の力を知る者は、それが彼女の最凶最悪の技であることを知っている。
自由落下に等しい落ち方をした鞠は、肉塊の上部にコツンと当たった。瞬間、鞠は真っ黒に染まりきり、数倍の大きさの球体に膨れ上がった。それは黒く巨大な鉄球のように、凶悪な重量で肉塊を押しつぶそうと重圧をかける。それだけに留まらず、球体が触れている部分から、肉塊は少しずつだが削られている。集合霊を構成する不浄霊たちが、一体また一体と散っていく様は、あらゆる物体を強大な重力ですり潰すブラックホールを髣髴させる。
座敷童子である媛寿が、周囲一帯に遍く不運をかき集め、鞠に凝縮して放つ。その名も『不幸玉』。もともと名前など付いていなかった技だが、某有名漫画のアニメに触発された彼女が、自らの最凶技の名前として取って付けていた。人間相手に使おうものなら、たとえ数百年続く名家であろうと、土地一帯を牛耳る大地主の家だろうと、一晩のうちに滅亡せしめる威力を持つ。まさに不幸を呼ぶ荒技だ。
霊体相手では本来の不幸を付与する効果はないが、凶運が一点に凝縮された鞠は、不浄霊の集合体であろうとも大打撃を与える威力を誇っていた。事実、肉塊は『不幸玉』の力に押され、身動きが取れなくなっていた。
「媛寿、ありがとう!」
軌道修正は成った。ここが正念場だ。
結城はもう一度、目を瞑り右手をかざす。雷の力のイメージを高め、右手の先に集中させる。指先から激しいスパークを繰り返す雷のエネルギー。それを一つの形になるようにイメージを固める。
そう、一本の槍として。
単眼の巨人キュクロープス。またの名を鍛冶の巨神サイクロプスが、その技術で造り上げ、全能の神ゼウスに捧げた雷槍。それはゼウスのみならず、他の神も使うことを許されていた。戦いの女神アテナもその一柱。
信仰の形が変わってしまった現代において、オリュンポスの神々でさえ全盛期の10分の1ほどしか力を発揮できなくなってしまった。昔は島をまるごと一つ投げ飛ばしたアテナも、今となっては雷槍を呼ぶのも難しくなっている。だが、アテナと強い縁を結んだ結城と、その結城を戦士と見込んで鍛えるアテナ。二人が擬似神降ろしによって融合状態となれば、全盛期とまでは行かなくとも、その力の一部を取り戻すことは可能だった。アテナの存在を認識し、アテナを強く信頼する結城の心が、彼女に戦女神たる力を呼び戻させる。
そして再現される、彼女が持つもう一つの必殺の超兵器。
細長い棒状になった雷のエネルギーを、結城はしかと握り締め、未だ蠢く肉塊に向けて大きく構えた。
(狙うは不浄の魂のみ。死者の亡き骸を傷つけること能わず)
心に響くアテナの言葉に、結城は無言で、しかし力強く頷いた。
肉塊の中心。そこに雷槍の放つ光と同じ色の点が見えた。
ここだ。
一足の助走をつけ、結城とアテナは狙う一点に最強の武器を投げ放つ。
「サンダースピア―――ケラウノス!!!」
まさに閃光。雷で造られた一本の槍は、瞬きよりも速く肉塊に突き刺さった。途端に内包されていたエネルギーが解放され、不浄の魂全体へと行き渡る。肉塊そのものが眩い光に覆われると、光は轟音を伴って空に駆け巡った。それはさながら、大地から発せられた雷光だった。
シロガネは暗幕に包んでいた日本刀とツヴァイハンダーを解き放った。どちらも古屋敷の物置で埃を被っていた代物だが、シロガネが磨きなおしたので、まるで新品のような輝きを持つ。彼女は両方の剣の鍔元にキスをした。これはシロガネが道具の力を最大限に引き出す際の儀式。これにより二本の長剣は物理的にも霊的にも、規格外の実力を発揮する。
「G£(訳:土砕き!)」
接近したマスクマンの手斧の一撃が、肉塊の正面に振り下ろされた。小さな石の斧でも、彼の一振りは硬い岩盤さえ大きく抉る威力を持つ。とうに現世から精霊世界に還ったとあっては引退同然なので、本来の地割れを起こすレベルには至らないが、それでも悪霊相手には絶大な効果を及ぼした。
肉塊が奇声を上げて大きくうねった。
「TΔ99→。O$1↓(訳:これで十数人分か。全体の1割もない)」
クリーンヒットを決めたマスクマンだが、雀の涙ほどの手応えに歯噛みする。相当数の不浄霊によって構成された肉塊は、精霊の一撃でさえ物ともしない。
無数の触手が放射状に伸び、その全てが攻撃直後のマスクマンに殺到する。
それを迎え撃つのは、右手に日本刀、左手にツヴァイハンダーを握ったシロガネだった。舞うように空中へ跳躍したシロガネは、自らの体を軸に回転する。広げられた腕の先に持つ双剣は遠心力を絡めて、降り注いだ触手の群れを切り刻んだ。本来の剣術の型をまるで無視した使い方だが、道具として生まれ、刃物を統べる彼女なら、どう扱っても最高の威力を生んだ。
「W●(訳:風薙ぎ!)
シロガネが攻撃を防いでいる間に、マスクマンも斧を構え直し、横一閃の一撃を見舞う。しかし、それでも巨大な集合霊を消し去るには至らない。
マスクマンとシロガネが足止めをしている間に、媛寿は雑木林の中で一番高い樹に登頂していた。
いつの間にか、辺りは暗く沈み、満月の光だけが柔らかく落ちていた。山の静かな夜風に吹かれつつ、彼女は両手で持った鞠を額より高い位置に掲げる。そっと目を閉じ、集中力を高めやすい言葉を呟き始めた。
「世界中の不幸を分けてくれ~、世界中の不幸を分けてくれ~」
特にその言葉に意味はなく、集中できるなら何も言う必要はない。だが、媛寿は以前に結城と一緒に視聴した某有名漫画のアニメ作品で出た必殺技が、自分の最凶の技に似ていたことに感激したのか、この言葉を集中の鍵にしていた。
媛寿の持つ鞠は、徐々に鈍い輝きを纏いつつあった。それは輝きであるはずなのに、なぜか暗闇のように黒い。
コンクリートの建物の陰には、結城、アテナ、九木、染井未咲の四人が残っていた。マスクマンとシロガネが応戦して時間を稼いでいるうちに、要である結城とアテナが邪魔の入らないところで締めの準備をする。
いま、二人は正面から相対していた。ただ、結城だけは少し微妙な顔をしている。
「あれってこんな時でも言わなきゃいけないんでしょうか?」
「もちろんです。そうでなければ私の気も乗らず、半端な力しか発揮できません。あの悪霊を滅するには最高の状態で臨まなければ。戦いの女神が見込んだ戦士ならば、そこは弁えて然るべきですよ」
アテナは理路整然と講釈するが、結城はますます微妙な顔になった。時々この女神は変な拘りを見せることがある。それもどんな状況であっても妥協せず。
こういう時でもやるかなぁ、と少し呆れ気味になりつつも、今は荒れ狂う集合霊の方が先決と改め、結城は顔を引き締めた。
結城とアテナは、お互いの右手をかざし、掌を合わせた。
「ラスティ・フューッッッジョン!!!」
二人は同時に約束の言葉を叫ぶ。それはアテナが贔屓にしている『勇者ドロイドシリーズ』の最高傑作、『超勇神ダオダイバー』が最後の合体を敢行する時の決め台詞だ。
叫んですぐに、アテナの体が黄金の光を放出した。光の塊となった彼女は粒子のように細かく散り、結城の右手に吸い込まれていった。
右手を通って彼の全身が黄金のオーラに包まれた。閉じられた結城の目がもう一度開くと、その瞳は彼のものではなく、アテナと同じ色になっていた。
神降ろしと呼ばれる高位のシャーマンのみが執り行える、神を己の肉体に降ろし、その力あるいは啓示を得る高等巫術。結城には霊能力の才覚はなく、もちろん巫力も持っていない。本来、彼に神降ろしは不可能ではあるが、戦いの女神と奇妙な縁を結び、互いに強い信頼関係を持つならとアテナに試されたところ、強引に神降ろしが成立した。
以来、アテナが切り札を使う際は、この擬似神降ろしにより、二人は融合状態になっていた。そして融合のイグニッション・キーとして、彼女は『ダオダイバー』の決め台詞を設定していた。なお、龍の玉を探す某有名漫画に出てくる融合のポーズも候補に挙がっていたが、そちらにならなかったことを結城は心底安堵していた。
(ではユウキ、集中してください)
神降ろしによって融合した状態では、アテナの声が直接心に聞こえる。
「分かりました。では、行きます!」
右手を軽くかざし、結城は目を閉じた。イメージするのは雷。天を裂く雷光。空気を震わす雷鳴。一撃で大木を両断する破壊力。目蓋の裏にそれらを強く思い描き、右手に力が集まるように意識する。
結城の指先から、ちりちりと電気のようなものが発生しつつあった。空気が弾けるような音を伴い、瞬く光が次第に大きくなっていく。右手を中心に辺り全体が白色光に包まれた。
もう少しで呼ぶことができる。神代の魔物でさえ焼滅させられる、女神アテナが持つ最強の矛が。
だが、それはおぞましい叫声によって中断させられた。肉塊の集合霊が、耳を劈くような甲高い悲鳴を上げたのだ。
その直後、
「Y£4↓(訳:結城、避けろ!)」
マスクマンの焦りを含んだ声が聞こえ、結城に融合したアテナはすかさずアイギスを構えた。壁の後ろの状況は見えないが、マスクマンの声にアテナの直感は最大限の危険信号を感じた。
その直感を的中し、背後に九木と染井未咲を匿ったアイギスは、投石器による攻撃を受けたような強い衝撃に晒された。同時に周囲の建物が砕け散り、雑木林では幾本もの樹木がなぎ倒された。
衝撃が収まった頃合いで盾の縁から正面を見ると、肉塊はあらゆる角度、あらゆる方向へ、無数の触手を伸ばしていた。マスクマンとシロガネの攻撃に対抗せんと、全方位への無差別攻撃を放ったのだ。
マスクマンは盾で防ぐことはできたが、押し切られて背中から木に激突していた。
シロガネは直撃を受けてしまったのか、木造の建物の瓦礫に埋まり、足だけが見えている。
肉塊は伸ばしていた触手を引き戻し、またも背筋が凍るような悲鳴を上げた。
「また来る!」
怨嗟に似た雄叫びを轟かせる肉塊が、またも全方位攻撃を仕掛けようとしていることに、結城の直感も反応した。
アイギスを以ってすれば、九木と染井未咲は守れる。しかし、マスクマンとシロガネ、隠し玉の準備を進める媛寿までは守りきれない。膠着に追い込まれ、結城の心に焦りが湧く。そうしている間にも、肉塊は次を放たんがため、身を震わせた。
(ユウキ、切り札の前に裏技を使います! 前へ!)
「えっ、でも・・・」
(今はあれを止める方が先です。エンジュが間に合うことを信じましょう!)
アテナの言葉に、結城は覚悟を決めた。このままでは仲間を失うことにもなりかねない。ならば、ここは前へ出るべきだと。
震える肉塊に向かって結城は駆け出した。裏技の効果範囲は広い。なので可能な限り集合霊に絞って発動する。
距離を詰め、絶好の間合いに入ったところで、結城はアイギスを肉塊に向けた。最強の盾に隠された、禁断の力を解放するため、その技の名称を高らかに叫ぶ。
「アイギス・オブ・アーテナー・・・・・・ストーン・コールド!!!」
アイギスの表面に彫りこまれた、鋭い両眼の形をしたレリーフが覚醒した。その昔、英雄ペルセウスによって退治され、その後アテナに献上された伝説の魔物の首級。それは彼女の盾アイギスに装着され、幾度となく危機を救ってきた。恐ろしい形相で一度眼にすれば血も凍り、石の彫像へと成り果てるメデューサの魔力。その力が現代に再現された。
(くっ、やはり霊体は石化できない。ですが、動きを止めるだけなら!)
アイギスから放たれる、見る者全てを石に変える超常の魔力。だが、それは肉体を持つ者に限られる。相手が既に肉体を失った霊魂であっては、石化はかなわない。それでも、難敵の動きを封じることには成功した。肉塊は触手を放とうとした一瞬を縫いとめられてしまった。
(ストーン・コールドを発動させている間は切り札が使えません。エンジュ、早く、早く!)
開かれた眼のレリーフが少しずつ閉じられていく。弱まっていく魔力に比例して、肉塊は不気味に身じろぎし始めていた。ストーン・コールドは一度発動させてしまえば、しばらくは使えない。それは集合霊の全方位攻撃を止める手立てがなくなることを意味した。
「とおぅっ!」
メデューサの眼がまさに閉じられようとした時、場に似合わぬ可愛らしい掛け声で闇夜に躍り出る影があった。紅い振袖を月光になびかせる小さな人影。幸運も不運も司る座敷童子、媛寿だった。
「くーらーえー!」
媛寿は空中で鞠を大きく掲げた。彼女の持っていた鞠は、先ほどまでと違い、黒い霧のようなオーラが立ち上る。再び活動を開始しようとする肉塊に向け、媛寿は鞠を放り投げた。
「不幸玉!」
媛寿の手から離れた鞠は、彼女の腕の力と重力加速度のみで、肉塊に目がけて落下していった。媛寿の肉体的な力はそれほど強くないので、鞠はキャッチボールで投げられた球の如く、非常に緩いスピードで対象へ向かう。
アテナ、マスクマン、シロガネの猛攻と比べれば、明らかに威力がないと思えてしまうが、それは間違いだった。媛寿の力を知る者は、それが彼女の最凶最悪の技であることを知っている。
自由落下に等しい落ち方をした鞠は、肉塊の上部にコツンと当たった。瞬間、鞠は真っ黒に染まりきり、数倍の大きさの球体に膨れ上がった。それは黒く巨大な鉄球のように、凶悪な重量で肉塊を押しつぶそうと重圧をかける。それだけに留まらず、球体が触れている部分から、肉塊は少しずつだが削られている。集合霊を構成する不浄霊たちが、一体また一体と散っていく様は、あらゆる物体を強大な重力ですり潰すブラックホールを髣髴させる。
座敷童子である媛寿が、周囲一帯に遍く不運をかき集め、鞠に凝縮して放つ。その名も『不幸玉』。もともと名前など付いていなかった技だが、某有名漫画のアニメに触発された彼女が、自らの最凶技の名前として取って付けていた。人間相手に使おうものなら、たとえ数百年続く名家であろうと、土地一帯を牛耳る大地主の家だろうと、一晩のうちに滅亡せしめる威力を持つ。まさに不幸を呼ぶ荒技だ。
霊体相手では本来の不幸を付与する効果はないが、凶運が一点に凝縮された鞠は、不浄霊の集合体であろうとも大打撃を与える威力を誇っていた。事実、肉塊は『不幸玉』の力に押され、身動きが取れなくなっていた。
「媛寿、ありがとう!」
軌道修正は成った。ここが正念場だ。
結城はもう一度、目を瞑り右手をかざす。雷の力のイメージを高め、右手の先に集中させる。指先から激しいスパークを繰り返す雷のエネルギー。それを一つの形になるようにイメージを固める。
そう、一本の槍として。
単眼の巨人キュクロープス。またの名を鍛冶の巨神サイクロプスが、その技術で造り上げ、全能の神ゼウスに捧げた雷槍。それはゼウスのみならず、他の神も使うことを許されていた。戦いの女神アテナもその一柱。
信仰の形が変わってしまった現代において、オリュンポスの神々でさえ全盛期の10分の1ほどしか力を発揮できなくなってしまった。昔は島をまるごと一つ投げ飛ばしたアテナも、今となっては雷槍を呼ぶのも難しくなっている。だが、アテナと強い縁を結んだ結城と、その結城を戦士と見込んで鍛えるアテナ。二人が擬似神降ろしによって融合状態となれば、全盛期とまでは行かなくとも、その力の一部を取り戻すことは可能だった。アテナの存在を認識し、アテナを強く信頼する結城の心が、彼女に戦女神たる力を呼び戻させる。
そして再現される、彼女が持つもう一つの必殺の超兵器。
細長い棒状になった雷のエネルギーを、結城はしかと握り締め、未だ蠢く肉塊に向けて大きく構えた。
(狙うは不浄の魂のみ。死者の亡き骸を傷つけること能わず)
心に響くアテナの言葉に、結城は無言で、しかし力強く頷いた。
肉塊の中心。そこに雷槍の放つ光と同じ色の点が見えた。
ここだ。
一足の助走をつけ、結城とアテナは狙う一点に最強の武器を投げ放つ。
「サンダースピア―――ケラウノス!!!」
まさに閃光。雷で造られた一本の槍は、瞬きよりも速く肉塊に突き刺さった。途端に内包されていたエネルギーが解放され、不浄の魂全体へと行き渡る。肉塊そのものが眩い光に覆われると、光は轟音を伴って空に駆け巡った。それはさながら、大地から発せられた雷光だった。
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