小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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戦闘準備―マスクマンとシロガネ―

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 意外なことかもしれないが、マスクマンはその武骨な容貌とはうってかわり、芸術を愛する文化的な一面を持っていた。基本的に山で狩猟を行ったり、シロガネの山菜採りに同行して木の実や山の果実を採集している彼だが、その傍らで広いジャンルの芸術に触れ、また自身で創作もしていた。
 色とりどりの点描画や抽象的な動物画、極彩色に塗られたポール、ジャズのCDなどが、彼の部屋には多数置かれていた。そして部屋の一角には、彼が戦闘に赴く際の礼装が厳かに飾られている。
 赤や橙の明るい色で構成された腰布を纏い、壷に収められた白の絵の具で戦士のペイントを施していく。細いロープをつないだ石製の手斧を腰にくくりつけ、手には樫材で作った大振りのブーメランと楕円形の盾を持つ。戦いの正装は整った。
 マスクマンがいつから現世を見てきたのかは、彼自身も憶えていない。精霊世界にいた彼はある時、自分を象って作られた仮面に憑依することができるようになった。
 人間世界の創世記に精霊たちが現世を練り歩き、世界の地盤を固めるそれぞれの役割を終えた後は、ほとんどが精霊世界に還って行った。中には現世に留まる者もいたが、マスクマンは帰還組だった。還ったはいいが別段やることもなく退屈していたところに、現世と精霊世界を行き来する手段を得た。マスクマンは人々の生活を見守り続けた。時に悲しい出来事もあれば、時に胸躍るような出来事もあり、人間の世界は波乱に富んでいて面白かった。中でも文化芸術を気に入ったマスクマンは、時に擬似的な肉体を形成し、現世に降り立っては芸術を堪能した。
 時代が移り、マスクマンの仮面は古美術商を通じて売りに出された。時間が経てば人の価値観も変わるものと知っていたマスクマンは、売りに出されたことは特に気にしなかった。様々な人間の手を渡り、各地を転々としたが、どの持ち主も仮面を薄暗い部屋に飾りもせず置いておくだけで、マスクマンは大いにつまらなかった。文句があるとすれば、むしろそっちの方だった。
 最終的に日本に渡った仮面は、適当な骨董品とともに店先に並んでいた。
 次に面白いことがなければ精霊世界に還ろうかと考えていたところ、マスクマンの仮面を手に取ったのは異様な青年だった。正確には青年自身が異様ではなく、彼がこの世ならざる存在を二人も連れていたからだ。一人はおそらく同類と思しき少女。もう一人はどこかの女神だ。二人ともかなり強い力を持っているようだった。
 青年も彼女らを認識し、普通に会話しているので、自宅に持ち帰られた際には正体を明かした。少々驚かれたが、一緒に住んでもいいと言われたので、その厚意に甘えることにした。意思疎通はできたが、本名を名乗っても誰も発音ができなかったので、『マスクマン』という名前で呼ばれることになった。
 青年は不思議なほどに懐が深かった。少女と女神はなかなかにアグレッシブでエキセントリックな気質があり、彼はいつも二人に振り回されている。なのに彼女らを邪険にすることなく、ともに騒ぎ、ともに笑い合っている。
 この世ならざる者たちと普通に付き合えるこの人間は、案外面白いのかもしれない。
 青年はいつの間にかこの世ならざる者が関わる案件の解決に乗り出すようになり、マスクマンもそれに加わることを面白いと感じるようになった。
 小林結城に関わっていると面白いことは尽きない。マスクマンは今、久々に現世を楽しんでいた。
 ただ、媛寿とアテナ、そしてシロガネの巻き起こすドタバタのとばっちりを受けた際は、危うく仮面を破壊されるところだったので、それ以来ドタバタが起こりそうになるとマスクマンの直感は考えるよりも速く退避行動を取らせるようになってしまったのだが。

 五人の中で一番物騒な部屋と言われれば、それはシロガネの部屋だった。壁という壁に刃物が飾られ、さながら拷問部屋のような迫力を放っている。唯一本棚が設置されているのが生活感を醸しているが、収められているのが全てピンクな内容の小説では、ある意味、別の近寄り難さを放っていた。
 シロガネは持っていく武器を選出し、机の上に規則正しく並べた。ワイヤー付きのスローイングナイフ五本、サバイバルナイフ一本、山刀一本、日本刀一本、ツヴァイハンダー一本である。
 エプロンドレスのスカートをたくし上げ、大腿にホルスターを巻き、右脚にスローイングナイフを、左脚にサバイバルナイフを差し、ガーターベルトで固定する。次にタクティカルベルトを腰に装着し、背中側に山刀をセットした。最後に日本刀とツヴァイハンダーを暗幕のような黒い布で覆い、ロープで縛って持ち運びやすくする。
 物々しいほどに攻撃的な装備を用意した彼女は、純粋な攻撃力という点では、戦女神アテナに匹敵した。シロガネは自身より下位の道具、特に刃物を自在に操り、その性能を強化する力を持っていた。
 長い年月を経て魂を宿した銀色の短剣の化身。それがシロガネの正体だった。
 何人もの人間に使われ、何年もの時間を旅した一本の短剣は、いつしか魂と自我を獲得していた。彼女は人間たちに重宝された。魂を持ってからは、切れ味も強度も格段に上がり、使用者を大いに喜ばせ、宝剣だの魔除けの短剣だのと持てはやされた。
 ある資産家の豪邸に家宝として飾られるようになったが、それは彼女には退屈な日々だった。大事にケースに仕舞われているのはいいが、どうせなら切ることがしたい。退屈がピークに達した時、シロガネは自らの化身となる肉体を作ることができた。
 夜な夜な台所に出向いては献立表を読み、次の日に使われる食材を的確に切って置いておいた。最初こそただ不思議がられるだけだったが、家人の誰かが噂したのか、夜になると銀の短剣が獲物を求めて彷徨っていると言われ始めた。冗談半分の噂は疑心暗鬼を呼び、ついにシロガネは手放されることになった。ネットオークションで1円で出品され、今までとは比べるべくもない粗雑な包装で送り出された。
 あまりの窮屈さに耐え切れなくなった彼女は、思わず現身し、自分を押さえつけていた箱を破ってしまった。箱から出て最初に見たのは、呆気にとられる青年、妖怪の少女、ギリシャの女神、どこかの精霊の四人だった。
 どうやら自分を買ったのは人間の青年のようだったので、化身した姿を見られたなら隠す必要もないと考え、彼を主人として仕えることにした。銀色の短剣だから、シロガネという名前も与えられた。
 料理用として使われた経験もあり、資産家の豪邸でメイドたちの仕事をよく見ていたので、シロガネの家事能力は秀逸だった。青年からもよく褒められたが、なぜ自分を平気で受け入れるのか、シロガネは不思議でならなかった。普通なら気味悪がられて当然なのに。
 転機となったのは一緒に買い物に出た時だった。デパートのテナントの一つに書店があったので興味深そうにしていると、青年から『好きなの一冊買っていいよ』と言われた。本屋に入るのは初めてだったシロガネが夢中で本を物色していると、メイドの格好をしたキャラクターが表紙を飾る文庫本を手に取った。『デキるメイドの心得とは』というタイトルだったので、メイドの指南書の類と思って購入してもらった。青年はかなり面食らっていたが。
 衝撃的だった。人間についてもメイドについても知っているはずだったのに、こんなこともあるのだと新しい世界を開かれた。興奮して一晩で一冊を読破してしまった。
 メイドとしてまだまだ未完成と思い知らされる一方で、人間から何かをプレゼントされたのは初めてだと気付いた。
 これはもしや忠義を尽くすに値する主に巡り合えた天の采配かと思えた。ならば文字通り全身全霊を以って、どこまでも小林結城に尽くすと、シロガネは決意した。ヨーロッパ書院ガールズ文庫を愛読の参考書としながら。
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