小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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古屋敷に住まうのは……

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 谷崎町の外れにある山奥の古屋敷には、不思議な噂が囁かれている。
 曰く、奇妙なことが起こった時、その屋敷の住人に相談すれば必ず解決してくれる、と。
 その報酬は魂の一部であるとか、寿命の半分であるとか、あるいは何億円ともなる現金だとかハッキリしないが、とにかく変なことがあれば相談に行けというのが一種の都市伝説として定着していた。
 今日も今日とて、好奇心旺盛な子ども達や噂好きの奥様方が口にする古屋敷の話題を聞きながら、小林結城は『スーパー豊臣』のビニール袋を両手に持って帰路に着いていた。
 JL谷崎駅に面した小さな商店街を抜けてしまえば、あとは木々が鬱そうと茂る山道に入る。慣れない人間には急な坂道も、結城にとっては既に歩きなれた庭のようなものだ。
 半ば獣道に近い山の中をくぐり抜けた先に、木造の屋敷が一軒、緑に隠れるようにそびえていた。
 イマドキの防犯意識からすれば考えられないほどの古びた鍵を使い、屋敷の主である小林結城は玄関ドアを開けた。
 と同時に、スーパーの袋から品物が一個、素早く取られてしまった。
「やったー! TEPPOゲットー!」
 袋の中から火縄銃型のビスケットにチョコがたっぷり詰まった人気チョコレート菓子『TEPPO』をすり取ったのは、身長が1mにも満たない小さな少女だった。薄桃色の振袖姿でピョンピョンと跳び回り、その度にややボリュームのあるボブカットも揺れている。
 それだけなら普通の子どもなのだが、不思議なことにうるさいほどに跳び回っているのに、全く足音がしないのだった。
「媛寿、お菓子食べるのは夕ご飯の後にしなよ」
「わ、わかってるよ~。でも一本だけ!一本だけ!」
 媛寿と呼ばれた少女は、TEPPOの箱を結城の目の前にぐいと掲げてせがんで来る。
 いたいけな目で見つめてくるその様子に、一本くらいならと許可しようとした結城だったが、
「なりませんよ、エンジュ」
 急に響いてきた清涼な声に見事に遮られた。
「甘いデザートは食事の後に取っておくのが最良です。今が惜しいと思うからこそ、後の楽しみに繋がるのですよ」
 清涼な声の主は、いつの間にやら結城の横に立っていた。
 整った目鼻立ちに、長くたなびく金髪を持つ美女。モデルも顔負けという抜群のスタイルは、白のブラウスと紺のジーンズという簡素なコーディネートでさえ、見事な着こなしを見せている。
「う~、分かった、あてな様」
「よろしい、聞き分けの良い子は好きですよ」
 しぶしぶ了承した媛寿の頭を、金髪の美女アテナは優しく撫でさすった。
「ところでユウキ。私も例のものをいただきたいのですが?」
 媛寿を諭し終えたアテナは結城に向き直り、艶かしい仕草で自身の頬を撫でた。
 その意味するところは、
「あ~、はいはい。コレですね」
 ビニール袋から取り出されたプラスチックのカップに入った『モッツァレラたっぷり濃厚チーズケーキ』である。
「コレですコレです! 私のチーズケーキ!」
 結城の手から1個198円(税込み)のカップケーキを受け取ると、アテナはそれまでの凛とした雰囲気から一転、媛寿に負けず劣らずな喜びようを見せた。
「う~ん、私のチーズケーキ。愛してますよ~」
「ていうかアテナ様。好みのチーズケーキ見つける度に僕の頭にあの兜を乗っけるの、いいかげんやめてもらえませんか? 人から見たら何もないところでスッ転んでけっこう恥ずかしい思いしてるんですけど」
「ウッ。そ、それはユウキが私への供物を1個98円(税込み)のチーズケーキもどきの菓子パンで済ませようとするからです。何も有名店の高級チーズケーキをホールでとは言いません。しかし、これでも私は由緒正しい神なのです。それを100円以下の模造品で済ませてほしくないと言いますか・・・」
(ときどきこのお方が超有名な神様なのか疑いたくなるよ)
 慌てて講釈を述べ始めたアテナに、結城は少し呆れ気味な視線を向けていた。
 「わ、私のことばかりではなく、エンジュにも指摘が必要ではありませんか、ユウキ?」
「ん? 何のことですか?」
「スーパーでのお買い物中にあった停電のことです」
(あれ? そういえば)
 先ほどの買い物中、スーパーのお菓子売り場の前を通り過ぎようとした時、急に起こった落雷で店内が一瞬停電したことを思い出した。
(よく考えたらTEPPOなんて買ってないぞ!)
「ちょっと媛寿!」
 媛寿に問いただそうと振り返った時には、既に廊下の奥の扉へ彼女は消えていた。
「媛寿どこ行った!?」
「●○#*☆(訳:おかえりユウキ)」
「おかえりなさい、結城」
 逃亡した媛寿を追いかけて奥の扉をやや荒々しく開けた結城を出迎えたのは、またも奇妙な二人だった。
 まず聞きなれない言語を話したのは、木彫りの巨大な仮面を付けた大男だ。細長い楕円形に真一文字の穴で表現された目と、大きく開いた口には乱杭歯のような独特の意匠が彫刻されている。ところどころに赤や緑のペイントが施されたデザインは明らかに南方の民族の特徴が散見される。ただ、この男の身体は闇のように黒く塗りつぶされていながら、なぜか影のように薄ぼんやりと存在感がなかった。
 もう一人は真っ白なエプロンドレスを着た少女だった。見た目は十代半ばほどだが、驚くほどに色白の肌を持ち、髪は白銀の雪景色を思わせるような銀髪を肩までなびかせていた。さらには表情がほとんど動いていないことも、彼女の現実離れした印象をより強めていた。
「あっ、ただいま。マスクマン、シロガネ・・・じゃなくて! 媛寿がここに来なかった?」
「◎R+£G(訳:エンジュなら入って来てすぐ消えた)」
「妖力で隠れた」
 マスクマンと呼ばれた仮面の大男も、シロガネと呼ばれたエプロンドレスの少女も、いずれも明後日の方向を向いた。彼らにも媛寿がどこにいるかは見えはしない。
「ってことは夕ご飯までは絶対に出てこないな。ハァ~、やれやれ」
 結城は大きく溜め息を吐いて肩を落とした。媛寿は決して悪い存在ではないが、時折奔放過ぎるところに困らされることがある。それも一番付き合いが長いだけあって、遠慮がまるでないのだから尚更である。
「まぁ、仕方ないか。ところでマスクマン、そのお肉は今日の戦利品?」
 結城たちが集まっているのは屋敷の応接間に当たる部屋だったが、真ん中に置かれたテーブルには一抱えもある赤身の肉がどっかりと置かれていた。
「U、#B☆V(訳:今日、でかい猪獲った)」
「それを私が捌いて川で洗った」
 結城からの質問にマスクマンが答え、それに続いてシロガネが頷いた。
 ちなみに小林結城の名義で猟友会に登録済みである。
 「じゃあ明日は猪肉でお鍋でもやるかな。それまでは冷凍庫にしまっといて・・・」
「ユウキ、ちょっと」
 それまで後ろにいたアテナに呼ばれ、結城は彼女の方へ振り返った。
「夕食の前にどうやらお客様がいらっしゃったようですよ」
 そう促されて見ると、玄関扉の前に人影がポツリと立っていた。
「依頼のようですね」

 応接室の猪肉を冷蔵庫に片付け、ある程度の居住いを正してから、結城は来客を部屋に通した。あまり高いものではないが、革張りのソファがテーブルを隔てて二つ配置され、調度はそれなりに整っている。
 片方のソファに座った客人は、屋敷の住人たちほどではないが、それなりの異彩を放っていた。跳ね一つない長い黒髪を流し、育ちの良さを感じさせる物腰の女性。しかし、そういった印象とは対照的に、服装は病院などで見られる入院着だった。その上から寒さ除けのカーディガンを羽織り、足元に至っては素足にゴムのサンダルといった有様だった。
 なぜ、そんな格好でこんなところまで来たのか。
 結城はそう問いただすこともなく、まして彼女の様子に何も驚くような素振りは見せなかった。
 なぜなら、ここを訪ねてくるのは誰しも訳ありだったからだ。
「とりあえずお茶をどうぞ」
 テーブルにはシロガネが用意してくれた紅茶が置かれていた。ひとまず結城は相手にそれを勧める。
 促されたからかは分からないが、入院着の客人はティーカップをゆっくりと取り、中身をわずかに啜った。
「改めまして、小林結城と申します。ここへ来たのは、何かお困りのことがおありですか?」
「・・・探して欲しいんです」
 消え入りそうな声ではあったが、結城の言葉に少し遅れて、客人はようやく口を開いた。
「探し物・・・ですか」
「探して欲しいんです・・・姉の遺体を・・・」
 客人が続けた言葉に、結城は一瞬眉を上げた。何かと奇妙な依頼が舞い込むことはあるが、これは相当珍しいパターンだ。
「お姉さんの遺体ですか。盗まれたとか?」
「二日前に狭丘市で染井未幸という私の姉が亡くなりました。病院の霊安室に遺体を安置していたのですが、次の日にお清めをするために業者の方にお引渡し使用としたら
・・・」
「遺体が消えていた、と」
 客人は小さく頷き、カーディガンの内側から一枚の書類を取り出した。細すぎる指で差し出されたそれを結城は受け取り、紙面の内容を検める。
 入院保険に関する書類だった。どうやら依頼料ということらしい。
「なるべく早く・・・見つけて下さい」
 最初から消え入りそうな声で話していたが、今度は輪をかけて搾り出すような感じだった。前髪に隠れていても、その表情にかなりの切実さが浮かんでいることは、結城にも見て取れた。
「分かりました。ご依頼をお受けします」
 了承の言葉に安心したのか、客人は少し微笑んだような気がした。
 次の瞬間には、片側のソファには誰の姿も残っていなかった。あとには紅茶が入ったティーカップと、受け取った書類だけがある。
「遺体を見つける、ですか。また変な依頼ですね」
 それまで姿を消していたアテナがソファの背もたれに肘を乗せ、澄まし顔で呟いた。
「今回は媛寿にがんばってもらうってことになりますかね」
「死んだひと、見つけるの?」
 難しい顔をしている結城の膝の上に、いつの間にか座っていた媛寿が不思議そうに彼を見上げた。さらにいつの間にか紅茶まで啜っている。
「死んだ人の体を、ね。あとそれ僕の紅茶」
「D;BΩCξZX(訳:死者の肉体を盗むとは。無礼な奴もいたものだ)」
「そいつ、切り刻む」
 来客中は姿を消していたマスクマンもシロガネも、結城の座るソファの後ろに現れた。依頼の内容について、気性なのか妙に意気込んでいる。
「なるべく早く、か。確かに時間が経つと遺体の状態はひどくなるし、そんなのを依頼者に引き渡すのも気が引けるなぁ」
 結城は改めて依頼料として譲渡された保険書類に目を落とす。
 あの依頼者が急いでいるのは、遺体の状態だけではないことを彼は気付いていた。こんなものを代金として持ってきたといことは、依頼者自身の時間も残されていないということだ。ならば、可能な限り早く依頼を完遂してやりたい。そういう切実な事情で来る依頼者を何人も見てきた結城もまた、ここからの行動指針をしっかりと定めていた。
「今日はもう暗くなってきているから、明日は朝一番から狭丘市に行って探索かな。じゃあシロガネ、そろそろ夕ご飯に・・・」
「あっ!」
 それまでソファにもたれかかっていたアテナが、急に何かを思い出したように声を上げた。
「チーズケーキに気を取られて忘れていました。結城、まだ日課が済んでいませんよ」
「へ?」
「28、29、30」
「では休憩10秒。残りは3セットです」
 日はすっかり傾いて夕焼けが差し、山奥に至っては既に暗がりに近くなっている様相だったが、古屋敷の庭先では結城がアテナの指導の下、木刀による素振りを行っていた。それも丸太から削りだしたかのような特大の木刀で。
「ア、アテナ様。なんだか最近は月単位で木刀が巨大化していってるんですけど・・・」
「当然です。慣れてきたならより負荷を上げて臨むのが鍛錬の基本です。それにこの程度、古代ギリシャの戦士たちに比べたらまだまだですよ」
「そ、そんなウルトラスーパーマンみたいな方々と一緒にされても・・・」
「10秒経ちました。ではまた30本です!」
「オオオオォ!」
 右手に『近代スポーツ科学の全て・筋トレ編』、左手にストップウォッチ、そしてなぜか伊達メガネを装備したアテナには、一切の妥協も容赦もなかった。
 もはや悲壮感さえ漂ってきそうな光景を見ながら、媛寿、マスクマン、シロガネは、皆一様にこう思っていた。
 結城っていつも大変だなぁ。
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