404 / 417
竜の恩讐編
コチニールの襲撃 その1
しおりを挟む
『貴様の血に呪術師が特殊な処置を施した物だ。それなりに効果はあったが、使用者の致死率は100%。どの個体も一時間以上の生存は見込めなかったがな。原料である貴様なら、まだ耐え切れる代物かもしれん。最後の支援だ。コレを使っても入手できなければ、もはや貴様に用はない』
「おおおぉ!」
天逐山の木々を薙ぎ倒して現れたのは、四速歩行する異形の巨獣だった。
爬虫類の特徴が色濃く出ているそれは、頭部だけは人間と判る造形をした、非常に醜悪な外観を持っていた。
アテナ、千春、リズベル、その場にいた誰もが、乱入してきた巨獣に心当たりがなかった。
だが、媛寿だけは違っていた。
大木に磔になった結城の亡骸を前に、大粒の涙を静かに流していた媛寿は、巨獣に振り返った途端に目を見開いた。
「っ!? お、お前は!」
「ぬっ!? あの時の小妖怪!」
巨獣も長く伸びた首を傾け、残っている左目で媛寿を認めた。
次に結城の亡骸に目を移すと、
「くくく、そうか。あの凡俗は死んだか。我輩の崇高なる使命を妨げた報い、これで思い知ったであろう。その屑のような命でも、我輩の溜飲を下げるくらいは役に立ったわ」
掠れた声で満足げに嘲笑ていた。
その言葉に反応したのは、他ならぬ媛寿だった。
「お前、いったい何した……何したんだ!」
巨獣は媛寿の問いに答えることなく、脚の怪我で蹲っているリズベルに近寄った。
「リズベル様、コチニールにございます。お迎えに上がりました」
リズベルの元まで来た巨獣は、わずかに姿勢を下げ、恭しく頭を垂れた。
「憶えておいでではないでしょうが、あなた様とは赤子の頃に一度お会いしております。我輩も赤の一族に名を連ねる者。我らの威光を取り戻すべく、あなた様のお力が是非とも必要なのです。どうかこちらに」
しかし、リズベルの泣き腫らした顔は、巨獣と化したコチニールを一切見ていなかった。
光を失った虚ろな瞳は、未だに結城の亡骸にしか向けられていない。
「―――ピオニーア様の仇は討てたのです! あなたも満足したでしょう! もはや赤の一族にもどこにも! あなたの帰る場所はないのです! ならば我輩の元に―――」
「ちぇえぇすとおぉ!」
コチニールの言葉を遮って、媛寿は掛け矢をコチニールの蛇頚に振り下ろした。
コチニールは意外な素早さを発揮して回避する。
「小妖怪! 貴様の出る幕などないわ!」
「お前か! リズベルに! 結城がピオニーアの仇だって吹き込んだのは!」
リズベルを庇うように立った媛寿は、掛け矢を構えてコチニールを牽制した。
「ならどうだというのだ小妖怪! 貴様はあの凡俗の骸に縋りついて嘆いておればよいわ! 我輩の使命を妨げた報いは、あの凡俗の命で清算としてやる! ありがたく思ってこの場を去ね!」
コチニールの言い様に、媛寿はさらに怒りの感情を露にした。
「お前なんかに! リズベルは絶対に渡さない! 結城のためにも! ピオニーアのためにも!」
その媛寿に言葉に、リズベルはハッとして顔を向けた。
なぜかは分からないが、リズベルには媛寿の背中が、ピオニーアの背中と重なって見えた。
「まだ邪魔するか小妖怪! ならば貴様も後を追わせてやる! 三年前に味わった地獄の苦しみ! ここで貴様に返して―――ごはっ!」
口上を並べるコチニールの横腹に、強烈な衝撃がぶつかり、その巨体は数メートル押しやられた。
「何者かは存じませんが、少し慎みなさい。特に―――」
左の掌に右拳を打ち鳴らし、
「―――怒る女神の前では」
アテナはコチニールを睨んだ。
「こ、この! 貴様も我輩の邪魔をするか下女が!」
「……その姿はまさに心根を反映しているようですね。どこまでも醜い」
媛寿の隣に立ち、拳を構えるアテナ。媛寿もアテナも、目配せだけで何をすればいいかを了解した。
「我輩を愚弄するか! 邪魔立てする者は全員殺す! そしてリズベル様を我が手中に―――」
「その娘を奪ってくっていうなら―――」
大木に刺さった祢々切丸の柄を握り、
「あたしも黙ってるわけにはいかないかなぁ」
千春は刀身を引き抜いた。同時に、磔になっていた結城の亡骸は根元にゆっくりとずり落ちた。
「その娘は依頼者でもあり、『報酬』でもあるんだから」
吐血を手の甲で拭いながら、千春は祢々切丸を肩担ぎに構えた。
「痴れ者どもがぁ! 全員血祭りに上げてくれるわぁ!」
片目を失った顔を怒りに歪め、コチニールは棘の突き立つ尾を地面に打ちつけた。
暗闇にわずかに霧がかかったような空間を、結城は当て所なく歩き続けていた。
その向かう先に、何かが幽かに浮かび上がる。
結城が目を凝らすと、それは徐々に形を持ち、やがて見覚えのある背中になった。
その人物はゆっくりと振り返り、目が合った結城は思わず声を上げた。
「ピオニーアさん!」
「おおおぉ!」
天逐山の木々を薙ぎ倒して現れたのは、四速歩行する異形の巨獣だった。
爬虫類の特徴が色濃く出ているそれは、頭部だけは人間と判る造形をした、非常に醜悪な外観を持っていた。
アテナ、千春、リズベル、その場にいた誰もが、乱入してきた巨獣に心当たりがなかった。
だが、媛寿だけは違っていた。
大木に磔になった結城の亡骸を前に、大粒の涙を静かに流していた媛寿は、巨獣に振り返った途端に目を見開いた。
「っ!? お、お前は!」
「ぬっ!? あの時の小妖怪!」
巨獣も長く伸びた首を傾け、残っている左目で媛寿を認めた。
次に結城の亡骸に目を移すと、
「くくく、そうか。あの凡俗は死んだか。我輩の崇高なる使命を妨げた報い、これで思い知ったであろう。その屑のような命でも、我輩の溜飲を下げるくらいは役に立ったわ」
掠れた声で満足げに嘲笑ていた。
その言葉に反応したのは、他ならぬ媛寿だった。
「お前、いったい何した……何したんだ!」
巨獣は媛寿の問いに答えることなく、脚の怪我で蹲っているリズベルに近寄った。
「リズベル様、コチニールにございます。お迎えに上がりました」
リズベルの元まで来た巨獣は、わずかに姿勢を下げ、恭しく頭を垂れた。
「憶えておいでではないでしょうが、あなた様とは赤子の頃に一度お会いしております。我輩も赤の一族に名を連ねる者。我らの威光を取り戻すべく、あなた様のお力が是非とも必要なのです。どうかこちらに」
しかし、リズベルの泣き腫らした顔は、巨獣と化したコチニールを一切見ていなかった。
光を失った虚ろな瞳は、未だに結城の亡骸にしか向けられていない。
「―――ピオニーア様の仇は討てたのです! あなたも満足したでしょう! もはや赤の一族にもどこにも! あなたの帰る場所はないのです! ならば我輩の元に―――」
「ちぇえぇすとおぉ!」
コチニールの言葉を遮って、媛寿は掛け矢をコチニールの蛇頚に振り下ろした。
コチニールは意外な素早さを発揮して回避する。
「小妖怪! 貴様の出る幕などないわ!」
「お前か! リズベルに! 結城がピオニーアの仇だって吹き込んだのは!」
リズベルを庇うように立った媛寿は、掛け矢を構えてコチニールを牽制した。
「ならどうだというのだ小妖怪! 貴様はあの凡俗の骸に縋りついて嘆いておればよいわ! 我輩の使命を妨げた報いは、あの凡俗の命で清算としてやる! ありがたく思ってこの場を去ね!」
コチニールの言い様に、媛寿はさらに怒りの感情を露にした。
「お前なんかに! リズベルは絶対に渡さない! 結城のためにも! ピオニーアのためにも!」
その媛寿に言葉に、リズベルはハッとして顔を向けた。
なぜかは分からないが、リズベルには媛寿の背中が、ピオニーアの背中と重なって見えた。
「まだ邪魔するか小妖怪! ならば貴様も後を追わせてやる! 三年前に味わった地獄の苦しみ! ここで貴様に返して―――ごはっ!」
口上を並べるコチニールの横腹に、強烈な衝撃がぶつかり、その巨体は数メートル押しやられた。
「何者かは存じませんが、少し慎みなさい。特に―――」
左の掌に右拳を打ち鳴らし、
「―――怒る女神の前では」
アテナはコチニールを睨んだ。
「こ、この! 貴様も我輩の邪魔をするか下女が!」
「……その姿はまさに心根を反映しているようですね。どこまでも醜い」
媛寿の隣に立ち、拳を構えるアテナ。媛寿もアテナも、目配せだけで何をすればいいかを了解した。
「我輩を愚弄するか! 邪魔立てする者は全員殺す! そしてリズベル様を我が手中に―――」
「その娘を奪ってくっていうなら―――」
大木に刺さった祢々切丸の柄を握り、
「あたしも黙ってるわけにはいかないかなぁ」
千春は刀身を引き抜いた。同時に、磔になっていた結城の亡骸は根元にゆっくりとずり落ちた。
「その娘は依頼者でもあり、『報酬』でもあるんだから」
吐血を手の甲で拭いながら、千春は祢々切丸を肩担ぎに構えた。
「痴れ者どもがぁ! 全員血祭りに上げてくれるわぁ!」
片目を失った顔を怒りに歪め、コチニールは棘の突き立つ尾を地面に打ちつけた。
暗闇にわずかに霧がかかったような空間を、結城は当て所なく歩き続けていた。
その向かう先に、何かが幽かに浮かび上がる。
結城が目を凝らすと、それは徐々に形を持ち、やがて見覚えのある背中になった。
その人物はゆっくりと振り返り、目が合った結城は思わず声を上げた。
「ピオニーアさん!」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる