小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

コチニールの襲撃 その1

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『貴様の血に呪術師ボコールが特殊な処置をほどこした物だ。それなりに効果はあったが、使用者の致死率は100%。どの個体も一時間以上の生存は見込めなかったがな。原料オリジナルである貴様なら、まだ耐え切れる代物しろものかもしれん。最後の支援だ。コレを使っても入手できなければ、もはや貴様に用はない』

「おおおぉ!」
 天逐山てんぢくざんの木々をぎ倒して現れたのは、四速歩行する異形の巨獣だった。
 爬虫類はちゅうるいの特徴が色濃く出ているそれは、頭部だけは人間とわかる造形をした、非常に醜悪な外観を持っていた。
 アテナ、千春ちはる、リズベル、その場にいた誰もが、乱入してきた巨獣に心当たりがなかった。
 だが、媛寿えんじゅだけは違っていた。
 大木にはりつけになった結城ゆうき亡骸なきがらを前に、大粒の涙を静かに流していた媛寿は、巨獣に振り返った途端に目を見開いた。
「っ!? お、お前は!」
「ぬっ!? あの時の小妖怪!」
 巨獣も長く伸びた首をかたむけ、残っている左目で媛寿を認めた。
 次に結城の亡骸に目を移すと、
「くくく、そうか。あの凡俗ぼんぞくは死んだか。我輩わがはいの崇高なる使命をさまたげた報い、これで思い知ったであろう。そのクズのような命でも、我輩の溜飲を下げるくらいは役に立ったわ」
 かすれた声で満足げに嘲笑わらっていた。
 その言葉に反応したのは、他ならぬ媛寿だった。
「お前、いったい何した……何したんだ!」
 巨獣は媛寿の問いに答えることなく、脚の怪我でうずくまっているリズベルに近寄った。
「リズベル様、コチニールにございます。お迎えに上がりました」
 リズベルの元まで来た巨獣は、わずかに姿勢を下げ、うやうやしくこうべを垂れた。
「憶えておいでではないでしょうが、あなた様とは赤子の頃に一度お会いしております。我輩も赤の一族ジェラグに名を連ねる者。我らの威光を取り戻すべく、あなた様のお力が是非とも必要なのです。どうかこちらに」
 しかし、リズベルの泣きらした顔は、巨獣と化したコチニールを一切見ていなかった。
 光を失ったうつろな瞳は、未だに結城の亡骸にしか向けられていない。
「―――ピオニーア様のかたきてたのです! あなたも満足したでしょう! もはや赤の一族ジェラグにもどこにも! あなたの帰る場所はないのです! ならば我輩の元に―――」
「ちぇえぇすとおぉ!」
 コチニールの言葉をさえぎって、媛寿は掛け矢ハンマーをコチニールの蛇頚だけいに振り下ろした。
 コチニールは意外な素早さを発揮して回避する。
「小妖怪! 貴様の出る幕などないわ!」
「お前か! リズベルに! 結城がピオニーアの仇だって吹き込んだのは!」
 リズベルをかばうように立った媛寿は、掛け矢ハンマーかまえてコチニールを牽制けんせいした。
「ならどうだというのだ小妖怪! 貴様はあの凡俗のむくろすがりついて嘆いておればよいわ! 我輩の使命を妨げた報いは、あの凡俗の命で清算としてやる! ありがたく思ってこの場をね!」
 コチニールの言い様に、媛寿はさらに怒りの感情をあらわにした。
「お前なんかに! リズベルは絶対に渡さない! 結城のためにも! ピオニーアのためにも!」
 その媛寿に言葉に、リズベルはハッとして顔を向けた。
 なぜかは分からないが、リズベルには媛寿の背中が、ピオニーアの背中と重なって見えた。
「まだ邪魔するか小妖怪! ならば貴様も後を追わせてやる! 三年前に味わった地獄の苦しみ! ここで貴様に返して―――ごはっ!」
 口上を並べるコチニールの横腹に、強烈な衝撃がぶつかり、その巨体は数メートル押しやられた。
「何者かは存じませんが、少しつつしみなさい。特に―――」
 左のてのひらに右拳を打ち鳴らし、
「―――いかる女神の前では」
 アテナはコチニールをにらんだ。
「こ、この! 貴様も我輩の邪魔をするか下女げじょが!」
「……その姿はまさに心根を反映しているようですね。どこまでも醜い」
 媛寿の隣に立ち、拳を構えるアテナ。媛寿もアテナふたりとも、目配せだけで何をすればいいかを了解した。
「我輩を愚弄するか! 邪魔立てする者は全員殺す! そしてリズベル様を我が手中に―――」
「そのってくっていうなら―――」
 大木に刺さった祢々切丸ねねきりまるつかを握り、
「あたしも黙ってるわけにはいかないかなぁ」
 千春は刀身を引き抜いた。同時に、磔になっていた結城の亡骸は根元にゆっくりとずり落ちた。
「その娘は依頼者でもあり、『報酬』でもあるんだから」
 吐血を手の甲でぬぐいながら、千春は祢々切丸を肩担かたかつぎに構えた。
れ者どもがぁ! 全員血祭りに上げてくれるわぁ!」
 片目を失った顔を怒りにゆがめ、コチニールはとげの突き立つ尾を地面に打ちつけた。

 暗闇にわずかに霧がかかったような空間を、結城は当てなく歩き続けていた。
 その向かう先に、何かがかすかに浮かび上がる。
 結城が目をらすと、それは徐々に形を持ち、やがて見覚みおぼえのある背中になった。
 その人物はゆっくりと振り返り、目が合った結城は思わず声を上げた。
「ピオニーアさん!」
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