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竜の恩讐編
怪人物の闖入
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「……どうやら決着がついたようですね」
天逐山の麓から気配を探っていたキュウは、一つの気配が完全に絶たれたことを知って呟いた。
「……」
繋鴎の腕を絞め上げていた千夏も、その言葉を聞いてわずかに顔を伏せた。
「あ~、その~、こんな時に申し訳ないんだけどさ、繋鴎さんをそろそろ放してあげてくんないかな? 骨折してるんなら簡単にでも処置しとかないとマズいし」
繋鴎の顔色を案じた稔丸が、遠慮気味にキュウと千夏に申し出た。
事実、右手首の骨を折られた繋鴎は青ざめ、いよいよ冷や汗まで流していた。
「千夏さん、返してあげてください。もうその方はどうでもいいので」
繋鴎や稔丸に振り返ることなく、キュウは千夏にそう命じた。
千夏としてはもう片方の手首も折ってやりたいところだったが、
「ふん」
それは結城が好まないかもしれないと思い、やや乱暴に繋鴎を投げ渡した。
「うおっ!? とっとっと!」
稔丸は何とか繋鴎を受け止めて座らせると、運転手に常備してある救急セットを持ってこさせようとした。
だが、声をかけようとした時に、稔丸は道の彼方に明かりが見えたので動きを止めた。
天逐山まで来る際、近くに街灯の類は一つもなかったはずだった。
そしてその明かりは、徐々に大きくなっている。
よって自動車のヘッドライトだと判断できたが、このタイミングで誰が来たのかまでは判らなかった。
(ボクや繋鴎さんが応援で呼んだわけじゃない。こんなとこにいったい誰が――――――って、おいおいおい!)
考えを巡らせているうちに、自動車は一切速度を落とすことなく、稔丸たちの元に直進してくる。
「避けろー!」
繋鴎を担いで退きながら、稔丸は多珂倉家の運転手に危険を知らせる。
運転手は急いでエンジンを点けると、迫ってくる自動車に接触しないように道を空けた。
間一髪、稔丸の高級車は何を逃れたが、闖入してきた自動車はなおも速度を緩めることはない。
目の前を通り過ぎたのがワゴン車だと判明した頃には、それはキュウを轢き殺す勢いで天逐山の入り口に向かっていた。
「ちょっ! 危ないぞ!」
ワゴン車の進行方向から全く動こうとしないキュウに、稔丸は声を張り上げるが、
「んっ」
キュウが前に突き出した扇を軽く上に振ると、ワゴン車は見えない何かに押し上げられたかのように宙に舞った。
ワゴン車は空中で何回転もした後、天逐山の入り口の横へ盛大に落ちて潰れた。
「こんな時に何ですか? つまらない輩であるなら五体を引き裂きますよ?」
完全破壊されたワゴン車に、キュウは細めた目で冷たい視線を送る。
やがてドアが外れた運転席から、誰かの腕が伸びてきた。
血と膿が染みた包帯を巻かれた腕が、ようやく取っ掛かりを掴むと、車内からその主が這い出てきた。
腕だけでなく、顔をはじめ見える部分はほとんど包帯に巻かれた身体に、粗末な入院着のみという、非常に不気味な容姿の人物。
正体不明の怪人物は地面に落ちると、掠れた呼吸と震える手足で何とか立ち上がった。
その場にいた誰もが、怪人物の目的も正体も解らず、何かのアクションを起こすのを待っている。
「こ……この上……か……」
怪人物は小刻みに痙攣しながら山頂を見ると、入院着の懐から何かを取り出した。
手のひらに収まる円筒状の瓶のような物に、『Andvari-β』というラベルが貼られている。
「!」
その瓶に不穏なものを感じ取ったキュウは、扇を振るおうとしたが、
「ぐぬっ!」
怪人物は一手速く、瓶の片側に付いた針を自身の腕に打ち込んだ。
「ぐあ……が……あが……」
怪人物は膝をつくと、また別の痙攣と呻き声を発した。
「ぐぼあぁっ!」
耳障りな音で黒い血を吐き、さらに節々からも血が噴出し始める。
「がああぁ! ぐあああ!」
肉が弾け、骨が砕ける音を身体中で鳴らしながら、怪人物の容貌は膨れ上がっていく。
ついには人型から離れ、尾を持つ四速歩行の形態にまで変わってしまった。
「はあぁ……はあぁ……」
変化が終わった怪人物は、当初の姿以上に異形な存在となっていた。
二回り以上も巨大化した四速歩行の身体は、爬虫類らしき鱗に覆われた四肢を有している。
だが、頭部から背骨に沿うように生えた体毛は爬虫類の特徴とは反し、歪な棘が突き立つ尾へと続いている。
首は蛇のように細長く伸びているが、その頭部は人間のままであり、動物的な印象とは離れ殊更不気味さを際立たせている。
「!? お、お前は!?」
露になった怪人物の顔を見た繋鴎は驚くが、
「ぐがあああ!」
四速歩行の醜い獣と化した怪人物は、苦しげに咆えると山中に飛び込んでいった。
「待ちなさい――――――!?」
怪人物を追おうとしたキュウだったが、何かを感じ取り動きを止めた。
そんなキュウの横に、同じく怪人物を追って駆け出そうとした千夏が並ぶ。
「キュウ様!?」
「何です!? この気配……」
天逐山の麓から気配を探っていたキュウは、一つの気配が完全に絶たれたことを知って呟いた。
「……」
繋鴎の腕を絞め上げていた千夏も、その言葉を聞いてわずかに顔を伏せた。
「あ~、その~、こんな時に申し訳ないんだけどさ、繋鴎さんをそろそろ放してあげてくんないかな? 骨折してるんなら簡単にでも処置しとかないとマズいし」
繋鴎の顔色を案じた稔丸が、遠慮気味にキュウと千夏に申し出た。
事実、右手首の骨を折られた繋鴎は青ざめ、いよいよ冷や汗まで流していた。
「千夏さん、返してあげてください。もうその方はどうでもいいので」
繋鴎や稔丸に振り返ることなく、キュウは千夏にそう命じた。
千夏としてはもう片方の手首も折ってやりたいところだったが、
「ふん」
それは結城が好まないかもしれないと思い、やや乱暴に繋鴎を投げ渡した。
「うおっ!? とっとっと!」
稔丸は何とか繋鴎を受け止めて座らせると、運転手に常備してある救急セットを持ってこさせようとした。
だが、声をかけようとした時に、稔丸は道の彼方に明かりが見えたので動きを止めた。
天逐山まで来る際、近くに街灯の類は一つもなかったはずだった。
そしてその明かりは、徐々に大きくなっている。
よって自動車のヘッドライトだと判断できたが、このタイミングで誰が来たのかまでは判らなかった。
(ボクや繋鴎さんが応援で呼んだわけじゃない。こんなとこにいったい誰が――――――って、おいおいおい!)
考えを巡らせているうちに、自動車は一切速度を落とすことなく、稔丸たちの元に直進してくる。
「避けろー!」
繋鴎を担いで退きながら、稔丸は多珂倉家の運転手に危険を知らせる。
運転手は急いでエンジンを点けると、迫ってくる自動車に接触しないように道を空けた。
間一髪、稔丸の高級車は何を逃れたが、闖入してきた自動車はなおも速度を緩めることはない。
目の前を通り過ぎたのがワゴン車だと判明した頃には、それはキュウを轢き殺す勢いで天逐山の入り口に向かっていた。
「ちょっ! 危ないぞ!」
ワゴン車の進行方向から全く動こうとしないキュウに、稔丸は声を張り上げるが、
「んっ」
キュウが前に突き出した扇を軽く上に振ると、ワゴン車は見えない何かに押し上げられたかのように宙に舞った。
ワゴン車は空中で何回転もした後、天逐山の入り口の横へ盛大に落ちて潰れた。
「こんな時に何ですか? つまらない輩であるなら五体を引き裂きますよ?」
完全破壊されたワゴン車に、キュウは細めた目で冷たい視線を送る。
やがてドアが外れた運転席から、誰かの腕が伸びてきた。
血と膿が染みた包帯を巻かれた腕が、ようやく取っ掛かりを掴むと、車内からその主が這い出てきた。
腕だけでなく、顔をはじめ見える部分はほとんど包帯に巻かれた身体に、粗末な入院着のみという、非常に不気味な容姿の人物。
正体不明の怪人物は地面に落ちると、掠れた呼吸と震える手足で何とか立ち上がった。
その場にいた誰もが、怪人物の目的も正体も解らず、何かのアクションを起こすのを待っている。
「こ……この上……か……」
怪人物は小刻みに痙攣しながら山頂を見ると、入院着の懐から何かを取り出した。
手のひらに収まる円筒状の瓶のような物に、『Andvari-β』というラベルが貼られている。
「!」
その瓶に不穏なものを感じ取ったキュウは、扇を振るおうとしたが、
「ぐぬっ!」
怪人物は一手速く、瓶の片側に付いた針を自身の腕に打ち込んだ。
「ぐあ……が……あが……」
怪人物は膝をつくと、また別の痙攣と呻き声を発した。
「ぐぼあぁっ!」
耳障りな音で黒い血を吐き、さらに節々からも血が噴出し始める。
「がああぁ! ぐあああ!」
肉が弾け、骨が砕ける音を身体中で鳴らしながら、怪人物の容貌は膨れ上がっていく。
ついには人型から離れ、尾を持つ四速歩行の形態にまで変わってしまった。
「はあぁ……はあぁ……」
変化が終わった怪人物は、当初の姿以上に異形な存在となっていた。
二回り以上も巨大化した四速歩行の身体は、爬虫類らしき鱗に覆われた四肢を有している。
だが、頭部から背骨に沿うように生えた体毛は爬虫類の特徴とは反し、歪な棘が突き立つ尾へと続いている。
首は蛇のように細長く伸びているが、その頭部は人間のままであり、動物的な印象とは離れ殊更不気味さを際立たせている。
「!? お、お前は!?」
露になった怪人物の顔を見た繋鴎は驚くが、
「ぐがあああ!」
四速歩行の醜い獣と化した怪人物は、苦しげに咆えると山中に飛び込んでいった。
「待ちなさい――――――!?」
怪人物を追おうとしたキュウだったが、何かを感じ取り動きを止めた。
そんなキュウの横に、同じく怪人物を追って駆け出そうとした千夏が並ぶ。
「キュウ様!?」
「何です!? この気配……」
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