401 / 415
竜の恩讐編
祢々切丸 その1
しおりを挟む
「ぐ……ぶ……まさか……こんな技が……あったなんて……」
さらに吐血した千春は、ついに脱力して膝をついた。
(『裏当て』? 拳法の内部破壊? 内臓を数箇所やられた。ただの打撃だと高を括ったのがマズかった)
千春自身、適当な刀で斬りつけられる程度なら、肉体そのもので止められる頑強さを誇っていた。
両腿に傷を負ったアテナが、ただの拳打を繰り出しただけなら、それは恐るるに足りないものだった。
しかし、アテナは二つの拳をほぼ同時に打ち込み、その衝撃が千春の体内で交差することで、内部に劇的な破壊反応を起こさせた。
外側からの攻撃に対してアテナと同等の頑強さを持っていた千春でも、内側に直接ダメージを受けては、さすがに無事ではいられなかった。
最強の鬼の血を最も色濃く受け継ぐ末裔は、いま、最強の戦女神の秘奥の前に沈もうとしていた。
「あなたを止めて結城を守るには、成功率が低くともこの技を使う他なかった。アマサカチハル、あなたはそれほどに強かった」
そう言うとアテナは、千春に当てていた両拳をゆっくり引いた。
「ご……あ……」
完全に支えを失った千春は、膝立ちの状態から前のめりに地面に伏した。
千春が倒れ、アテナが立っている。
アテナが勝利した証だった。
「あっ、そうだ! ラナンさん!」
アテナの勝利を見届けた結城は、倒れているリズベルの方へ向かった。
リズベルは千春に刺された傷が痛むのか、蹲った姿勢のまま顔を伏せていた。
「ラナン、さん?」
ただ結城には、リズベルがそれ以上に何か傷付いている気がしたため、近付いたものの、どう触れていいのか分からなかった。
「……」
結城の声に反応したのか、リズベルは結城に目を向けた。
「お前は本当に……私のことが憎くないのか?」
顔を上げたリズベルは、震える小声で結城に聞いた。
「私のせいで……お前はもうすぐ死んでしまうのに……お前は私のことを憎まないのか……恨まないのか……」
「……」
「憎いなら私を殺していい……恨んでいるならどこまでも苦しめていい……私は……」
「……」
「ピオニーアのしたことを全部……台なしにした……」
「僕は憎んでもいないし、恨んでもいないよ」
「っ!?」
あっさりとそう言ってのけた結城を、リズベルは信じられないものを見るような目で見た。
「それより脚の傷を手当しないと。あまり血は出てないようだけど―――」
「どうして……」
「え?」
「どうしてそんな風に……私のことを許せる?」
リズベルを微塵も恨んでいないという結城に、先程と同じ疑問をぶつけるリズベル。
それに対し、結城はもう一度、誠意をもって答えた。
「君がピオニーアさんにとって一番大事な人だし、君にとってピオニーアさんが一番大事な人だから」
「……」
「そしてピオニーアさんが僕のせいで亡くなったなら、君が僕に復讐しようとするのは当然だから」
「ち、違う! それは――――――それは……」
必死に何かを言おうとしたリズベルだったが、途中で言葉を継げず俯いてしまった。
「リズベル……」
リズベルが何を言おうとしたのか不思議に思っている結城と、何かを言えずに葛藤するリズベル。
そんな二人の様子を、ようやく動けるようになった媛寿が、悲しげな表情で見守っていた。
「ぐっは!」
「戦闘不能になる程度に、臓腑を傷める威力に抑えました。麓に降りて医師に掛かれば、命を失うことはありません」
「ふ……ふふ……ここまでの殺し合いを演じておきながら……随分と甘い女神サマだこと……」
「言ったはずです。私は殺しを好まないと」
「ふふ……いいよ……この勝負は……あなたの勝ち……でも」
千春は倒れたまま右手を動かすと、アテナに落とされた祢々切丸の柄に触れた。
「依頼は……果たさせてもらうから……」
「!?」
「殺れ、祢々切丸」
千春がそう命じると、一瞬地面が弾けた。
いや、実際には半分地面に埋まっていた祢々切丸が、凄まじい勢いで飛び出したのだ。
それも千春の手によるものではなく、ひとりでに。
「なっ!?」
アテナも、いや、その場にいた誰もが、何が起こったのか把握できなかった。
ただ、鋭く空を切る音を発しながら何かが飛来し、次の瞬間には結城の姿が消えた。
消えたと思えるぐらいの速さで移動した。
そして木に刃物が刺さる音が聞こえた時、飛来したのが祢々切丸だとようやく判明した。
その長大な刀身は、結城の左胸を正確に射抜いていた。
さらに吐血した千春は、ついに脱力して膝をついた。
(『裏当て』? 拳法の内部破壊? 内臓を数箇所やられた。ただの打撃だと高を括ったのがマズかった)
千春自身、適当な刀で斬りつけられる程度なら、肉体そのもので止められる頑強さを誇っていた。
両腿に傷を負ったアテナが、ただの拳打を繰り出しただけなら、それは恐るるに足りないものだった。
しかし、アテナは二つの拳をほぼ同時に打ち込み、その衝撃が千春の体内で交差することで、内部に劇的な破壊反応を起こさせた。
外側からの攻撃に対してアテナと同等の頑強さを持っていた千春でも、内側に直接ダメージを受けては、さすがに無事ではいられなかった。
最強の鬼の血を最も色濃く受け継ぐ末裔は、いま、最強の戦女神の秘奥の前に沈もうとしていた。
「あなたを止めて結城を守るには、成功率が低くともこの技を使う他なかった。アマサカチハル、あなたはそれほどに強かった」
そう言うとアテナは、千春に当てていた両拳をゆっくり引いた。
「ご……あ……」
完全に支えを失った千春は、膝立ちの状態から前のめりに地面に伏した。
千春が倒れ、アテナが立っている。
アテナが勝利した証だった。
「あっ、そうだ! ラナンさん!」
アテナの勝利を見届けた結城は、倒れているリズベルの方へ向かった。
リズベルは千春に刺された傷が痛むのか、蹲った姿勢のまま顔を伏せていた。
「ラナン、さん?」
ただ結城には、リズベルがそれ以上に何か傷付いている気がしたため、近付いたものの、どう触れていいのか分からなかった。
「……」
結城の声に反応したのか、リズベルは結城に目を向けた。
「お前は本当に……私のことが憎くないのか?」
顔を上げたリズベルは、震える小声で結城に聞いた。
「私のせいで……お前はもうすぐ死んでしまうのに……お前は私のことを憎まないのか……恨まないのか……」
「……」
「憎いなら私を殺していい……恨んでいるならどこまでも苦しめていい……私は……」
「……」
「ピオニーアのしたことを全部……台なしにした……」
「僕は憎んでもいないし、恨んでもいないよ」
「っ!?」
あっさりとそう言ってのけた結城を、リズベルは信じられないものを見るような目で見た。
「それより脚の傷を手当しないと。あまり血は出てないようだけど―――」
「どうして……」
「え?」
「どうしてそんな風に……私のことを許せる?」
リズベルを微塵も恨んでいないという結城に、先程と同じ疑問をぶつけるリズベル。
それに対し、結城はもう一度、誠意をもって答えた。
「君がピオニーアさんにとって一番大事な人だし、君にとってピオニーアさんが一番大事な人だから」
「……」
「そしてピオニーアさんが僕のせいで亡くなったなら、君が僕に復讐しようとするのは当然だから」
「ち、違う! それは――――――それは……」
必死に何かを言おうとしたリズベルだったが、途中で言葉を継げず俯いてしまった。
「リズベル……」
リズベルが何を言おうとしたのか不思議に思っている結城と、何かを言えずに葛藤するリズベル。
そんな二人の様子を、ようやく動けるようになった媛寿が、悲しげな表情で見守っていた。
「ぐっは!」
「戦闘不能になる程度に、臓腑を傷める威力に抑えました。麓に降りて医師に掛かれば、命を失うことはありません」
「ふ……ふふ……ここまでの殺し合いを演じておきながら……随分と甘い女神サマだこと……」
「言ったはずです。私は殺しを好まないと」
「ふふ……いいよ……この勝負は……あなたの勝ち……でも」
千春は倒れたまま右手を動かすと、アテナに落とされた祢々切丸の柄に触れた。
「依頼は……果たさせてもらうから……」
「!?」
「殺れ、祢々切丸」
千春がそう命じると、一瞬地面が弾けた。
いや、実際には半分地面に埋まっていた祢々切丸が、凄まじい勢いで飛び出したのだ。
それも千春の手によるものではなく、ひとりでに。
「なっ!?」
アテナも、いや、その場にいた誰もが、何が起こったのか把握できなかった。
ただ、鋭く空を切る音を発しながら何かが飛来し、次の瞬間には結城の姿が消えた。
消えたと思えるぐらいの速さで移動した。
そして木に刃物が刺さる音が聞こえた時、飛来したのが祢々切丸だとようやく判明した。
その長大な刀身は、結城の左胸を正確に射抜いていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
荒雲勇男と英雄の娘たち
木林 裕四郎
ファンタジー
荒雲勇男は一日の終わりに眠りにつくと、なぜか見たこともない荒野のど真ん中。そこで大蛇の首と戦う少女エーラと出逢ったことをきっかけに、勇男による英雄たちの後始末紀行が幕を開けるのだった。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
寝て起きたら世界がおかしくなっていた
兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる