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竜の恩讐編

祢々切丸 その1

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「ぐ……ぶ……まさか……こんな技が……あったなんて……」
 さらに吐血した千春ちはるは、ついに脱力してひざをついた。
(『裏当て』? 拳法の内部破壊? 内臓を数箇所やられた。ただの打撃だとたかくくったのがマズかった)
 千春自身、適当な刀で斬りつけられる程度なら、肉体そのもので止められる頑強がんきょうさを誇っていた。
 両腿りょうももに傷を負ったアテナが、ただの拳打を繰り出しただけなら、それは恐るるに足りないものだった。
 しかし、アテナは二つの拳をほぼ同時に打ち込み、その衝撃が千春の体内で交差することで、内部に劇的な破壊反応を起こさせた。
 外側からの攻撃に対してアテナと同等の頑強さを持っていた千春でも、内側に直接ダメージを受けては、さすがに無事ではいられなかった。
 最強の鬼の血を最も色濃く受け継ぐ末裔まつえいは、いま、最強の戦女神いくさめがみ秘奥ひおうの前に沈もうとしていた。
「あなたを止めて結城ゆうきを守るには、成功率が低くともこの技を使う他なかった。アマサカチハル、あなたはそれほどに強かった」
 そう言うとアテナは、千春に当てていた両拳をゆっくり引いた。
「ご……あ……」
 完全に支えを失った千春は、膝立ちの状態から前のめりに地面に伏した。
 千春が倒れ、アテナが立っている。
 アテナが勝利したあかしだった。
「あっ、そうだ! ラナンさん!」
 アテナの勝利を見届けた結城は、倒れているリズベルの方へ向かった。
 リズベルは千春に刺された傷が痛むのか、うずくまった姿勢のまま顔を伏せていた。
「ラナン、さん?」
 ただ結城には、リズベルがそれ以上に何か傷付いている気がしたため、近付いたものの、どう触れていいのか分からなかった。
「……」
 結城の声に反応したのか、リズベルは結城に目を向けた。
「お前は本当に……私のことが憎くないのか?」
 顔を上げたリズベルは、震える小声で結城に聞いた。
「私のせいで……お前はもうすぐ死んでしまうのに……お前は私のことを憎まないのか……うらまないのか……」
「……」
「憎いなら私を殺していい……恨んでいるならどこまでも苦しめていい……私は……」
「……」
「ピオニーアのしたことを全部……台なしにした……」
「僕は憎んでもいないし、恨んでもいないよ」
「っ!?」
 あっさりとそう言ってのけた結城を、リズベルは信じられないものを見るような目で見た。
「それより脚の傷を手当しないと。あまり血は出てないようだけど―――」
「どうして……」
「え?」
「どうしてそんな風に……私のことを許せる?」
 リズベルを微塵みじんも恨んでいないという結城に、先程と同じ疑問をぶつけるリズベル。
 それに対し、結城はもう一度、誠意をもって答えた。
「君がピオニーアさんにとって一番大事な人だし、君にとってピオニーアさんが一番大事な人だから」
「……」
「そしてピオニーアさんが僕のせいで亡くなったなら、君が僕に復讐しようとするのは当然だから」
「ち、違う! それは――――――それは……」
 必死に何かを言おうとしたリズベルだったが、途中で言葉をげずうつむいてしまった。
「リズベル……」
 リズベルが何を言おうとしたのか不思議に思っている結城と、何かを言えずに葛藤かっとうするリズベル。
 そんな二人の様子を、ようやく動けるようになった媛寿えんじゅが、悲しげな表情で見守っていた。

「ぐっは!」
「戦闘不能になる程度に、臓腑ぞうふいためる威力に抑えました。ふもとに降りて医師に掛かれば、命を失うことはありません」
「ふ……ふふ……ここまでの殺し合いを演じておきながら……随分と甘い女神サマだこと……」
「言ったはずです。私は殺しを好まないと」
「ふふ……いいよ……この勝負は……あなたの勝ち……でも」
 千春は倒れたまま右手を動かすと、アテナに落とされた祢々切丸ねねきりまるつかに触れた。
「依頼は……果たさせてもらうから……」
「!?」
れ、祢々切丸」
 千春がそう命じると、一瞬地面がはじけた。
 いや、実際には半分地面に埋まっていた祢々切丸が、すさまじい勢いで飛び出したのだ。
 それも千春の手によるものではなく、ひとりでに。
「なっ!?」
 アテナも、いや、その場にいた誰もが、何が起こったのか把握できなかった。
 ただ、鋭くくうを切る音を発しながら何かが飛来し、次の瞬間には結城の姿が消えた。
 消えたと思えるぐらいの速さで移動した。
 そして木に刃物が刺さる音が聞こえた時、飛来したのが祢々切丸だとようやく判明した。
 その長大な刀身は、結城の左胸を正確に射抜いていた。
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