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竜の恩讐編
鬼と姫と女神と・・・ その11
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「……」
舞い上がった土砂や土埃が落ち着いてきた頃、アテナはクレーターの中心で身体を起こした。
千春の刺突によって弾き飛ばされたが、間一髪で防御できたため、直接のダメージはなかった。
ただ、アテナは千春に対する認識を改めざるをえなくなった。
千春が持つ膂力、武技、機転、闘争心。それらはアテナがこれまで戦った相手の中で、千春が最も優れていると位置づけられた。
無論、それはアテナが全盛期から大幅に弱体化し、結城たちと行動をともにするようになってからという条件に基づいている。
だが、一対一で戦う相手としては、アテナはこれほどの難敵と邂逅したことはなかった。
もし、もっと違う状況で会えていたならば、アテナはもっと心躍る気分で戦いに臨めただろう。
それが今のアテナは、結城を守れなかった自責の念から、精神状態まで落ち込んでしまっている。
稀に見る絶不調の状態で、難敵である千春を果たして退けられるのか。
アテナはらしくなく一抹の不安を覚えていた。
「このくらいじゃ傷一つ付かないのか。戦いの女神サマって頑丈なのね」
その不安の主である千春が、アテナの落下地点まであっさりと追いついてきた。
「あなたの力量こそ感服します。まさかあのような技を使ってくるとは」
クレーターから立ち上がったアテナは、肩に付いた埃を払った。
「強い殺気を放つことで幻の剣を見せる。それを二本も。あの一瞬の攻防の中では、熟達者ほど惑わされることでしょう」
「へぇ~、『三段突き』を受けて立ってた相手も初めてだけど、一回見て仕組みが理解た相手も初めてだわ」
「最後の刺突が本命と判らなければ、私も危ういところでした」
「あたしが『完成形』が使えてたら、あなたをあそこで仕留められてたかもね。三段突きを教えてくれた天才剣士は、それぞれ別方向から来る刺突を見せることができたから。まぁ、それよりも―――」
「っ!」
千春が目を向けた方向に気付き、アテナは急な焦燥に駆られた。
「あたしが一番、獲物に近づけたみたいね」
闇が満ちる木々の先を見つめ、千春は歯を剥き出して微笑った。
天逐山の山頂へと続く道を、媛寿とリズベルは無言のまま歩いていく。
この頃には、リズベルは幾分冷静にもなっていた。
混乱しながら山を登っていたところを、偶然にも媛寿に会い、結城の元へ連れて行ってもらえるよう懇願した。
冷静な判断ができなくなっていたとはいえ、結城と関わりの深い媛寿に願い出て、それが受け入れられたのがあまりにも意外だった。
媛寿は少し驚いた表情はしたものの、すぐに『わかった』と言い、リズベルを山頂へと案内し始めた。
媛寿からすれば、リズベルは結城を死に追いやろうとする、憎き相手のはずだった。
その相手からの願いを拒むどころか、すんなりと承諾した理由が、リズベルには理解できなかった。
その疑問が、却ってリズベルを落ち着かせることとなった。
「……どうして……」
「ん?」
「どうして……私を案内する?」
「……」
「私は……小林結城を……」
途切れ途切れだが、リズベルは零れ落ちるように疑問を口にした。
それは媛寿から一切敵愾心のようなものが感じられず、それどころかリズベルの横に並び、迷わぬようにと手まで握っている。
おおよそ仇敵への接し方とはかけ離れていたからだ。
「……から」
「え?」
「約束、したから……」
ようやく聞こえたその言葉に、リズベルは媛寿の顔を見た。
年端も行かぬ少女の姿であるのは変わりないが、なぜか目だけは、悲しげでありながら優しく見守るような雰囲気を持っていた。
「約束?」
「お前、全部知ったの? ピオニーアのこと」
「……ピオニーアが……どうなったのかは……」
「……終わったら、全部話す」
媛寿は歩きながら、道の先にある大木の影を指差した。
「あそこ。あそこに結城がいる」
舞い上がった土砂や土埃が落ち着いてきた頃、アテナはクレーターの中心で身体を起こした。
千春の刺突によって弾き飛ばされたが、間一髪で防御できたため、直接のダメージはなかった。
ただ、アテナは千春に対する認識を改めざるをえなくなった。
千春が持つ膂力、武技、機転、闘争心。それらはアテナがこれまで戦った相手の中で、千春が最も優れていると位置づけられた。
無論、それはアテナが全盛期から大幅に弱体化し、結城たちと行動をともにするようになってからという条件に基づいている。
だが、一対一で戦う相手としては、アテナはこれほどの難敵と邂逅したことはなかった。
もし、もっと違う状況で会えていたならば、アテナはもっと心躍る気分で戦いに臨めただろう。
それが今のアテナは、結城を守れなかった自責の念から、精神状態まで落ち込んでしまっている。
稀に見る絶不調の状態で、難敵である千春を果たして退けられるのか。
アテナはらしくなく一抹の不安を覚えていた。
「このくらいじゃ傷一つ付かないのか。戦いの女神サマって頑丈なのね」
その不安の主である千春が、アテナの落下地点まであっさりと追いついてきた。
「あなたの力量こそ感服します。まさかあのような技を使ってくるとは」
クレーターから立ち上がったアテナは、肩に付いた埃を払った。
「強い殺気を放つことで幻の剣を見せる。それを二本も。あの一瞬の攻防の中では、熟達者ほど惑わされることでしょう」
「へぇ~、『三段突き』を受けて立ってた相手も初めてだけど、一回見て仕組みが理解た相手も初めてだわ」
「最後の刺突が本命と判らなければ、私も危ういところでした」
「あたしが『完成形』が使えてたら、あなたをあそこで仕留められてたかもね。三段突きを教えてくれた天才剣士は、それぞれ別方向から来る刺突を見せることができたから。まぁ、それよりも―――」
「っ!」
千春が目を向けた方向に気付き、アテナは急な焦燥に駆られた。
「あたしが一番、獲物に近づけたみたいね」
闇が満ちる木々の先を見つめ、千春は歯を剥き出して微笑った。
天逐山の山頂へと続く道を、媛寿とリズベルは無言のまま歩いていく。
この頃には、リズベルは幾分冷静にもなっていた。
混乱しながら山を登っていたところを、偶然にも媛寿に会い、結城の元へ連れて行ってもらえるよう懇願した。
冷静な判断ができなくなっていたとはいえ、結城と関わりの深い媛寿に願い出て、それが受け入れられたのがあまりにも意外だった。
媛寿は少し驚いた表情はしたものの、すぐに『わかった』と言い、リズベルを山頂へと案内し始めた。
媛寿からすれば、リズベルは結城を死に追いやろうとする、憎き相手のはずだった。
その相手からの願いを拒むどころか、すんなりと承諾した理由が、リズベルには理解できなかった。
その疑問が、却ってリズベルを落ち着かせることとなった。
「……どうして……」
「ん?」
「どうして……私を案内する?」
「……」
「私は……小林結城を……」
途切れ途切れだが、リズベルは零れ落ちるように疑問を口にした。
それは媛寿から一切敵愾心のようなものが感じられず、それどころかリズベルの横に並び、迷わぬようにと手まで握っている。
おおよそ仇敵への接し方とはかけ離れていたからだ。
「……から」
「え?」
「約束、したから……」
ようやく聞こえたその言葉に、リズベルは媛寿の顔を見た。
年端も行かぬ少女の姿であるのは変わりないが、なぜか目だけは、悲しげでありながら優しく見守るような雰囲気を持っていた。
「約束?」
「お前、全部知ったの? ピオニーアのこと」
「……ピオニーアが……どうなったのかは……」
「……終わったら、全部話す」
媛寿は歩きながら、道の先にある大木の影を指差した。
「あそこ。あそこに結城がいる」
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