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竜の恩讐編
鬼と姫と女神と・・・ その2
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天逐山の山道で対面を果たしたアテナと千春。
二人は互いに一足で得物が届く間合いまで歩み寄ると、示し合わせたかのようにそこでぴたりと止まった。
「武具の封を解きなさい。それまでは待ちます」
千春の得物がまだ布に包まれていることを見て取ったアテナは、それを解くよう促した。
「ふふ、思った通り正々堂々としたタイプ」
アテナの性質を見抜いていた千春は、相手からの厚意を受けて、得物の封を解き始めた。
「ところで、戦う前に聞いておきたいんだけど」
「……何を伺いたいと?」
「正直な話、あの結城はどうやったって助からない。あたしたちが勝とうが、あなたたちが勝とうが、ね」
「……」
「なのにこんな戦いを仕掛けたのは、一体どんな理由があったっていうの? わざわざ場所まで指定して。あの結城、こんな真似する偏屈には見えなかったけど?」
あえてゆっくりと布を取りながら、千春はアテナからの回答に耳を傾ける。
アテナは少し悲しげな目で沈黙していたが、やがて溜め息を吐くように口を開いた。
「この場を用意したのはユウキの意向ですが、戦っているのは私たちの意思です」
「その理由は? ここで守ったって、どの道お陀仏なのに」
「……強いて言えば、矜持のため」
「矜持?」
「神として、守るべき者を守れなかった。その失態、己への敗北に報いるため」
「へぇ~、あんな凡庸そうな人間に、神サマがそこまでする価値があるって言うんだ?」
「無論です」
アテナの迷いのない回答に、千春は思わず手を止めた。驚いたといってもいい。
「あなたたちがユウキの命を狙うというなら、あなたたちの依頼主がユウキに復讐を敢行するなら、存分に攻め入ってくるがいい。だが―――」
アテナは右手に持っていた槍を、千春に真っ直ぐ向けて言った。
「―――容易く取ることができるほど、ユウキの命、軽いと思うな!」
そう言い放つアテナに、千春は『なるほど』と笑みを浮かべた。
(納得した。神サマっていうのも案外可愛らしい理由で動くのね。このまま取られるのが悔しいんだ。何で小林結城がわざわざこんな場所を用意したのかは解んないけど)
「OK! そこまで言うなら、こっちも全力で取りに行かないとね!」
千春はついに得物を包んでいた布を解き放った。
「!?」
その長さから、アテナは槍か薙刀だと予想していたが、違っていた。
千春が携えていたのは、3メートルを優に超える長大な日本刀だった。
千春たちが天逐山に入り、三十分を過ぎようとしていた。
麓に残ったのは、リズベル、キュウ、千夏の三人のみ。
まだ小雨が降る中、キュウと千夏はどこからか出した番傘を差し、リズベルは雨に打たれながら山頂を睨み続けている。
キュウが『お使いになりますか?』と傘を差し出しても、それを聞き入れることはなかった。
ピオニーアを殺した男が、死に至る傷を負わされながら、あつかましくも命を取れるものなら取りに来いと挑発まで仕掛けてきた。
リズベルの怨嗟と憎悪は、もはや感情という域ではなく、全てを擲ってでも果たす使命へと昇華していた。
だからこそ、聞き逃さず待っている。小林結城の断末魔が、山頂から届く時を。
だからこそ、確かめるべく待っている。小林結城の首級から、死に際の苦悶の表情を見る時を。
(千春、早く! 早く持って来て! ピオニーアの命を奪った、その男の命を!」
爪が掌に食い込むほどの力で、リズベルは拳を握り締める。
(地獄へ堕ちる前に、ピオニーアの前で血の涙を流して平伏するがいい! この世に残った肉体は、一切の痕跡を残さず焼き尽くして―――)
心の内で怨嗟の声を呟くリズベルの後方で、不意にドイツ製の高級車が停止した。
「リズベル!」
慌てた様子でドアを開けて出てきたのは、播海家の現当主、繋鴎だった。
二人は互いに一足で得物が届く間合いまで歩み寄ると、示し合わせたかのようにそこでぴたりと止まった。
「武具の封を解きなさい。それまでは待ちます」
千春の得物がまだ布に包まれていることを見て取ったアテナは、それを解くよう促した。
「ふふ、思った通り正々堂々としたタイプ」
アテナの性質を見抜いていた千春は、相手からの厚意を受けて、得物の封を解き始めた。
「ところで、戦う前に聞いておきたいんだけど」
「……何を伺いたいと?」
「正直な話、あの結城はどうやったって助からない。あたしたちが勝とうが、あなたたちが勝とうが、ね」
「……」
「なのにこんな戦いを仕掛けたのは、一体どんな理由があったっていうの? わざわざ場所まで指定して。あの結城、こんな真似する偏屈には見えなかったけど?」
あえてゆっくりと布を取りながら、千春はアテナからの回答に耳を傾ける。
アテナは少し悲しげな目で沈黙していたが、やがて溜め息を吐くように口を開いた。
「この場を用意したのはユウキの意向ですが、戦っているのは私たちの意思です」
「その理由は? ここで守ったって、どの道お陀仏なのに」
「……強いて言えば、矜持のため」
「矜持?」
「神として、守るべき者を守れなかった。その失態、己への敗北に報いるため」
「へぇ~、あんな凡庸そうな人間に、神サマがそこまでする価値があるって言うんだ?」
「無論です」
アテナの迷いのない回答に、千春は思わず手を止めた。驚いたといってもいい。
「あなたたちがユウキの命を狙うというなら、あなたたちの依頼主がユウキに復讐を敢行するなら、存分に攻め入ってくるがいい。だが―――」
アテナは右手に持っていた槍を、千春に真っ直ぐ向けて言った。
「―――容易く取ることができるほど、ユウキの命、軽いと思うな!」
そう言い放つアテナに、千春は『なるほど』と笑みを浮かべた。
(納得した。神サマっていうのも案外可愛らしい理由で動くのね。このまま取られるのが悔しいんだ。何で小林結城がわざわざこんな場所を用意したのかは解んないけど)
「OK! そこまで言うなら、こっちも全力で取りに行かないとね!」
千春はついに得物を包んでいた布を解き放った。
「!?」
その長さから、アテナは槍か薙刀だと予想していたが、違っていた。
千春が携えていたのは、3メートルを優に超える長大な日本刀だった。
千春たちが天逐山に入り、三十分を過ぎようとしていた。
麓に残ったのは、リズベル、キュウ、千夏の三人のみ。
まだ小雨が降る中、キュウと千夏はどこからか出した番傘を差し、リズベルは雨に打たれながら山頂を睨み続けている。
キュウが『お使いになりますか?』と傘を差し出しても、それを聞き入れることはなかった。
ピオニーアを殺した男が、死に至る傷を負わされながら、あつかましくも命を取れるものなら取りに来いと挑発まで仕掛けてきた。
リズベルの怨嗟と憎悪は、もはや感情という域ではなく、全てを擲ってでも果たす使命へと昇華していた。
だからこそ、聞き逃さず待っている。小林結城の断末魔が、山頂から届く時を。
だからこそ、確かめるべく待っている。小林結城の首級から、死に際の苦悶の表情を見る時を。
(千春、早く! 早く持って来て! ピオニーアの命を奪った、その男の命を!」
爪が掌に食い込むほどの力で、リズベルは拳を握り締める。
(地獄へ堕ちる前に、ピオニーアの前で血の涙を流して平伏するがいい! この世に残った肉体は、一切の痕跡を残さず焼き尽くして―――)
心の内で怨嗟の声を呟くリズベルの後方で、不意にドイツ製の高級車が停止した。
「リズベル!」
慌てた様子でドアを開けて出てきたのは、播海家の現当主、繋鴎だった。
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