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竜の恩讐編

小鬼の辿った道 その4

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 左袖ひだりそでから右手を振り抜きざまに、千秋ちあきに向けてアイテムを投げる媛寿えんじゅ
「!?」
 夜なので視界は悪かったが、そのカラフルな模様ですぐに何が投げ放たれたのか察知する千秋。
 媛寿よりも先に落下してきたのは、三つの水風船だった。
 収束しゅうそく手榴弾と比べれば、あまりにもお粗末な玩具おもちゃに、千秋は可笑おかしくて吹き出しそうになった。
小賢こざかしい!」
 千秋は自慢の大身槍クリングゾルを回転させ、穂先の刃で水風船を三つとも瞬時に破裂させる。
 が、それは悪手だった。
 水風船の中身が飛び散り、それをかぶった千秋は目を見開いた。
(と、灯油!?)
 はっとして上空を見上げると、媛寿はいつの間にかチャッカマンを取り出し、それを持った右手を伸ばしながら落下してきていた。
「っ!?」
 接触と同時に着火させる気だと読んだ千秋は、すぐにその場から距離を取った。
 媛寿はさらにバランスボールを取り出し、それを地面との間のクッションにすることで難なく着地した。
「このっ! めた真似まねを!」
 バランスボールの反動で地面を転がる媛寿を目がけて、千秋は槍をかまえて追いすがる。
 あと数歩で槍が届くという間合いで、媛寿は狙いすましていたように体勢を整えると、先程のチャッカマンと同時にもう一つ、別の道具を前に突き出した。
 虫除けスプレーの噴射口とチャッカマンの先端が、直列に重なって千秋に向けられていた。
「うわっ!」
 その意味を察した千秋は、咄嗟とっさに大身槍を手放して後ろに退しりぞいた。
 媛寿はスプレーとチャッカマンのスイッチを同時に押し、チャッカマンから出た火がスプレーの噴射の勢いと含有がんゆうされる可燃物によって、即席の火炎放射器と化した。
 炎は千秋が手放した大身槍に付着した灯油に触れ、槍全体を燃え上がらせた。
 もう一歩遅ければ、槍もろともに火がまとわりついていた事実に、千秋はおののくとともに怒りが込み上げてきた。
 伝説の鬼の末裔まつえいにして、姉妹の中で最も術に優れた自分に、こんな子どもだましの方法やりくちを用いるなど侮辱に等しい。
「よくも! この―――」
 千秋は腹立ちまぎれに怒声を放とうとしたが、それは一直線に飛んできたバランスボールを受けて止められてしまった。
「―――ばっふ!」
 バランスボールの衝突が大したダメージにならないとしても、鼻面はなづらに受けてはさすがに千秋もひるんだ。
「ど、どこまでも舐めた―――」
 バランスボールをかかえ、横に投げ飛ばそうとする千秋。
 それもまた悪手だった。
 バランスボールを持ったことで、一瞬千秋の視界はさえぎられた。
 千秋がボールを横に捨てた時には、すでに小槌こづちを振りかぶった媛寿が正面まで来ていた。
「ちぇすとー!」
「ごぴっ!」
 媛寿渾身こんしんの小槌は、見事千秋のひたいのど真ん中に命中した。
「は……はぴ……とぽ」
 頭部への一撃に脳を揺らされたのか、千秋はおぼつかない足取りで二、三歩さがると、
「ぴ―――」
 脱力して顔から地面にぱたりと倒れた。
「…………ふー」
 しばらく倒れた千秋を観察し、動かないことを確認すると小さく息を吐く媛寿。
「―――こ……この餓鬼ガキ、よくも―――がひん!」
 怒りに我を忘れた千秋が起き上がろうとしたので、媛寿はすかさずその後頭部に小槌を振り下ろした。
 大きなコブを作ると同時に、今度こそ気絶した千秋を見届けると、
「ぐ―――ふしゅ~」
 媛寿もまた電池が切れたように前のめりに倒れた。
 荷重結界の強力な暗示に逆らって無理に動いたため、媛寿の精神も限界まで疲弊ひへいしてしまっていた。
(え、えんじゅ……ここまでみたい……ゆうき……)
 もはや指一本動かすこともできないが、媛寿は山頂にいるであろう結城ゆうきに、心の中で語りかけた。
(ぴおにーあも……ごめん……えんじゅができるの……ここまで……)
 疲労に意識がみこまれる直前、媛寿の耳になつかしい声が再生された。

『媛寿……ちゃん……二つ……だけ……約束……して……』
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