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竜の恩讐編
小鬼の辿った道 その2
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千春の計らいにより、私立皆本学園の付属学校において、入学と卒業を繰り返せることになった千秋。
おかげで日本中を転居する生活を終え、ようやく一所に留まることができるようになった。
千春の裏稼業を手伝うことにはなったが、居場所が保障され、それなりの報酬も入るのであれば、千秋としても好待遇だった。
唯一不満があるとすれば、千秋の中二病について、千春があまり理解を示してくれないところか。
だが、それぐらいは些細なことである。
(血の盟約に従い、我が使命を全うせん)
千秋は得物を包んでいた布を勢いよく取り去った。
「この『クリングゾルの槍』が、お前を常世の苦しみから解放するだろう」
露になったのは、千秋の身長の倍の長さを持つ槍だった。
ただし、名前に合った西洋の槍ではなく、純日本風の『大身槍』に近い形状を取っている。
普通の大身槍と違うのは、穂先が一回り大型化しており、柄から石突も含めた全てが鋼で出来ているということ。
常人ではまともに扱えない重さでありながら、強度と威力は折り紙付きである、千秋が盗賊を生業としていた時代からの愛槍だった。
千秋は結界内で動けずにいる媛寿に穂先を合わせ、息吹とともに心臓へと狙いを定める。
媛寿もまた、千秋が止めの一撃を見舞おうとしていることを察知していた。
しかし、媛寿の身体は結界によって何倍もの荷重を与えられ、地に押さえつけられたままだった。
対象の動こうとする意思に反応し、強い暗示を与えて拘束する荷重結界。
意思に比例して暗示が強くかけられるこの結界は、封印術の類を苦手とする媛寿にとっては天敵だった。
「ぐぅ……んぐぐ……」
逃れようとすればするほど、媛寿の身体は鉛のように、さらに密度が増すように重くなる。
「抵抗は無意味。その命、天に返す時が来た」
千秋が高く掲げた大身槍の穂先が、ついに振り下ろされようとしている。
その殺気を感じ取った媛寿は、悔しさから一瞬だけ目を閉じた。
暗い夜雨が降る中、媛寿は膝をついて泣いていた。
外灯の明かりでわずかに浮かび上がっているのは、血まみれで横たわる一人の女性。
(ごめん……ごめん……ピオニーア……)
媛寿は心の中で何度も謝罪するが、それを言葉として発せられないほどに、媛寿の感情はない交ぜになっていた。
目の前に横たわるピオニーアは、もう指を動かすことさえ適わない。
だが、まだ言葉を伝えることはできた。
血で赤く染まった唇が、震えながらも媛寿に声を届けようと動く。
「……に……ったら……しく……あげて……」
媛寿はかっと目を見開いた。
「ぐあ……んぐ……ぐああああ!」
荷重結界に真っ向から逆らうように、媛寿は上半身を持ち上げ、
「んぎ……いぎ……ぎいいいい!」
勢いそのままに脚を効かせ、結界内で立ち上がってしまった。
これには千秋も気迫に圧され、槍を構えたまま呆然と立ち尽くしていた。
(はっ!? だ、だが荷重結界の中で立ち上がれたとしても、まともに槍を避けられるはずもない! 止めは揺るがない!)
千秋は槍を水平に構え直すが、媛寿は槍が来る前に、右手を左袖の中に突っ込んだ。
「ぐぅああ!」
媛寿は『それ』を掴むと、渾身の力で投げ落とした。
千秋が『それ』を目で見た時、打撃部分が異様に肥大化した金槌だと思った。
だが、『それ』をはっきりと認識した千秋は、驚きのあまり槍を刺し出すことを忘れた。
媛寿が取り出したのは金槌ではなく、木製の柄が付いた手榴弾だった。
打撃部分が肥大化しているように見えたのは、弾頭を七つ分束ねた対戦車用の収束手榴弾だったからだ。
「ぐひゅっ」
媛寿は手榴弾の横に倒れこむと、すでに露出していた着火用の紐に手を伸ばした。
「ちょっ―――」
媛寿の意図を察した千秋は、すぐさま距離を取るために踵を返した。
「ふっとべ」
静かにそう呟くと、媛寿は手榴弾の紐を引いた。
おかげで日本中を転居する生活を終え、ようやく一所に留まることができるようになった。
千春の裏稼業を手伝うことにはなったが、居場所が保障され、それなりの報酬も入るのであれば、千秋としても好待遇だった。
唯一不満があるとすれば、千秋の中二病について、千春があまり理解を示してくれないところか。
だが、それぐらいは些細なことである。
(血の盟約に従い、我が使命を全うせん)
千秋は得物を包んでいた布を勢いよく取り去った。
「この『クリングゾルの槍』が、お前を常世の苦しみから解放するだろう」
露になったのは、千秋の身長の倍の長さを持つ槍だった。
ただし、名前に合った西洋の槍ではなく、純日本風の『大身槍』に近い形状を取っている。
普通の大身槍と違うのは、穂先が一回り大型化しており、柄から石突も含めた全てが鋼で出来ているということ。
常人ではまともに扱えない重さでありながら、強度と威力は折り紙付きである、千秋が盗賊を生業としていた時代からの愛槍だった。
千秋は結界内で動けずにいる媛寿に穂先を合わせ、息吹とともに心臓へと狙いを定める。
媛寿もまた、千秋が止めの一撃を見舞おうとしていることを察知していた。
しかし、媛寿の身体は結界によって何倍もの荷重を与えられ、地に押さえつけられたままだった。
対象の動こうとする意思に反応し、強い暗示を与えて拘束する荷重結界。
意思に比例して暗示が強くかけられるこの結界は、封印術の類を苦手とする媛寿にとっては天敵だった。
「ぐぅ……んぐぐ……」
逃れようとすればするほど、媛寿の身体は鉛のように、さらに密度が増すように重くなる。
「抵抗は無意味。その命、天に返す時が来た」
千秋が高く掲げた大身槍の穂先が、ついに振り下ろされようとしている。
その殺気を感じ取った媛寿は、悔しさから一瞬だけ目を閉じた。
暗い夜雨が降る中、媛寿は膝をついて泣いていた。
外灯の明かりでわずかに浮かび上がっているのは、血まみれで横たわる一人の女性。
(ごめん……ごめん……ピオニーア……)
媛寿は心の中で何度も謝罪するが、それを言葉として発せられないほどに、媛寿の感情はない交ぜになっていた。
目の前に横たわるピオニーアは、もう指を動かすことさえ適わない。
だが、まだ言葉を伝えることはできた。
血で赤く染まった唇が、震えながらも媛寿に声を届けようと動く。
「……に……ったら……しく……あげて……」
媛寿はかっと目を見開いた。
「ぐあ……んぐ……ぐああああ!」
荷重結界に真っ向から逆らうように、媛寿は上半身を持ち上げ、
「んぎ……いぎ……ぎいいいい!」
勢いそのままに脚を効かせ、結界内で立ち上がってしまった。
これには千秋も気迫に圧され、槍を構えたまま呆然と立ち尽くしていた。
(はっ!? だ、だが荷重結界の中で立ち上がれたとしても、まともに槍を避けられるはずもない! 止めは揺るがない!)
千秋は槍を水平に構え直すが、媛寿は槍が来る前に、右手を左袖の中に突っ込んだ。
「ぐぅああ!」
媛寿は『それ』を掴むと、渾身の力で投げ落とした。
千秋が『それ』を目で見た時、打撃部分が異様に肥大化した金槌だと思った。
だが、『それ』をはっきりと認識した千秋は、驚きのあまり槍を刺し出すことを忘れた。
媛寿が取り出したのは金槌ではなく、木製の柄が付いた手榴弾だった。
打撃部分が肥大化しているように見えたのは、弾頭を七つ分束ねた対戦車用の収束手榴弾だったからだ。
「ぐひゅっ」
媛寿は手榴弾の横に倒れこむと、すでに露出していた着火用の紐に手を伸ばした。
「ちょっ―――」
媛寿の意図を察した千秋は、すぐさま距離を取るために踵を返した。
「ふっとべ」
静かにそう呟くと、媛寿は手榴弾の紐を引いた。
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