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竜の恩讐編
幕間 動く者たち その2
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『緊急事態なんだ! 播海家から佐権院家への正式な協力要請だと受け取ってくれ!』
そう言って否応なく通信が切れたスマートフォンを、佐権院は珍しく怒りを滲ませた目で睨んでいた。
播海繋鴎からの緊急入電と、そこから要請された作業は、佐権院の警察組織内の権限でも非常に難易度の高いものばかりだった。
表の職務であろうと『二十八家』における使命であろうと、いざという時のために知己は作ってある。
交通部、警備部、対サイバー犯罪に働きかければ、要請された件はほとんどクリアされるだろう。多少強引な事情を捏造する必要はあるが。
『播海家からの正式な協力要請』である以上、それを受けた佐権院家当主として、それ自体に感情的になることもない。
だが、一個人、佐権院蓮吏としては、播海繋鴎からの一連の干渉や介入に思うところがあった。
「『気に入らない』って顔してる」
佐権院のパートナー、丸眼鏡の付喪神であるトオミは、必要な連絡先をピックアップしながら、佐権院の様子を観察していた。
「ああ、実に気に入らない」
「珍しいのね。そこまではっきり口に出すなんて」
「私だって口に出してしまいたいくらい腹の立つこともあるさ」
今回にいたっては、播海家から頭ごなしにストップをかけられたかと思えば、次は一転して強引に協力を迫ってきた。
繋鴎とは付き合いも長く、それなりに緊急の用向きにも応じたことのある佐権院だったが、こんな事例は今までで一度もなかった。
(らしくないぞ、繋鴎)
理由として考えられるのは、やはり『赤の一族』だろうと目していた。
『二十八家』の中でも知る者が限られている存在。
それが何かしらの形で、それも日本国に大きな影響を及ぼしかねない形で、現状関わっている。
佐権院はそう推測していた。
ただ、そこになぜ小林結城が関わってくるのか、それだけは佐権院は見当がつかなかった。
(およそ小林くんと『赤の一族』に繋がりがあるはずも……いや、彼ならさもありなん、か)
小林結城という青年について、どんな奇縁や因果があったとしても、今さら何の不思議もないと佐権院は思い直した。
とはいえ、このまま事情も見えずに駒として使われるのは、佐権院としてもやはり面白くはない。
最初に警告を受けた時と同様、佐権院はデスクに置いた固定電話の受話器を取ると、どの部署よりも先にその番号をプッシュした。
「また?」
「ああ。彼には悪いが、もう少し骨を折ってもらう」
受話器から数回のコール音が聞こえた後、
『は~い、よろす何でも課の九木ですが~?』
連絡先の相手が、かなり砕けた口調で応答した。
「九木くん、私だ。佐権院だ」
『さ、佐権院警視!?』
受話器の向こうでどたばたと音がする。
『し、失礼しました! ど、どのようなご用件でしょう?』
「君の能力で探ってほしいことがある。それから―――」
佐権院は九木に任務の詳細を話し、その後の行動についても指示を出した。
「播海繋鴎が多珂倉家の当主とともに動き出しただと!?」
連絡を受けた箔元は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、引き続き報告を聞いた。
「ああ、それで? 行き先は追っているんだな? なら現在地を常に報告しろ。こちらでも目的地を推測する。到着した際は場所の座標を送れ」
指示を出し終えた箔元は受話器を置くと、手をそのまま上げて頭に当てた。
「どういう状況だ? 多珂倉家まで関わってくるとは……」
「あ、兄貴。今回の件、『二十八家』は播海家以外は動かなかったはずじゃ―――」
「分からん! 俺もこんなことになるなど……」
眩浪を八つ当たり気味に一喝すると、箔元はより一層頭を垂れた。
(三年前のことから、今回も播海家だけが動くと考えていたが、違ったのか!? くそっ、これ以上他の『二十八家』が関わってきたら、俺たち『琥外家』が動いていることも明るみに……)
三年前の計画が失敗に終わってから、箔元と眩浪はあらゆる痕跡を消すことに忙殺されていた。
元より表に名前すら出ることのない琥外家が、大々的に行動を起こしてしまった上に、『二十八家』の一つ、播海家に刃を向けてしまったのだ。
播海家からの追求を逃れるため、一つを除いて計画に関わった全てを抹消しなければならなかった。
その甲斐あって琥外家は再び影の存在に戻ることはできたが、そのせいで元の木阿弥に戻ってしまった。
(長きに渡る影働きから敷岐内家に成り代わり、琥外家が新たに三星官の地位を得られる……はずだったのに)
「状況は……どうなっている……」
箔元が頭を抱えている横から、杖をつく音を伴って掠れた声が聞こえてきた。
「いま播海家の者を追わせているところです。あなたの言っていた『忌み姫』もおそらくそこに」
「最悪の場合でも……リズベル様だけは……確保するのだ……でなければ……」
「―――おい!」
それまで黙っていた眩浪が声を荒げた。
「今度こそ本当に何とかなるんだろうな!? 琥外家がこんなことになったのも、元はといえば―――」
「同意した……はずだ! 復讐も……含めて……三年前の……雪辱を……」
「眩浪、控えろ」
箔元から制止され、眩浪は舌打ちをしながら背中を向けた。
「三年前に成しえなかったことを、今こそ取り戻せると、そう信じていいのですね? コチニール殿」
眩浪ほどではないが、箔元もまた、全身に包帯を巻いた不気味な息づかいの男を睨んだ。
「ああ……でなくば我輩も……ここで命運が尽きるだろう……」
(その前に……その前に取り戻すのだ……偉大なる始祖様の……国作りの竜の力を……赤の一族の……永遠の栄光を!)
震えながら杖を握る手が、コチニールの執念に応えて軋みを上げるほどの力を発揮した。
そう言って否応なく通信が切れたスマートフォンを、佐権院は珍しく怒りを滲ませた目で睨んでいた。
播海繋鴎からの緊急入電と、そこから要請された作業は、佐権院の警察組織内の権限でも非常に難易度の高いものばかりだった。
表の職務であろうと『二十八家』における使命であろうと、いざという時のために知己は作ってある。
交通部、警備部、対サイバー犯罪に働きかければ、要請された件はほとんどクリアされるだろう。多少強引な事情を捏造する必要はあるが。
『播海家からの正式な協力要請』である以上、それを受けた佐権院家当主として、それ自体に感情的になることもない。
だが、一個人、佐権院蓮吏としては、播海繋鴎からの一連の干渉や介入に思うところがあった。
「『気に入らない』って顔してる」
佐権院のパートナー、丸眼鏡の付喪神であるトオミは、必要な連絡先をピックアップしながら、佐権院の様子を観察していた。
「ああ、実に気に入らない」
「珍しいのね。そこまではっきり口に出すなんて」
「私だって口に出してしまいたいくらい腹の立つこともあるさ」
今回にいたっては、播海家から頭ごなしにストップをかけられたかと思えば、次は一転して強引に協力を迫ってきた。
繋鴎とは付き合いも長く、それなりに緊急の用向きにも応じたことのある佐権院だったが、こんな事例は今までで一度もなかった。
(らしくないぞ、繋鴎)
理由として考えられるのは、やはり『赤の一族』だろうと目していた。
『二十八家』の中でも知る者が限られている存在。
それが何かしらの形で、それも日本国に大きな影響を及ぼしかねない形で、現状関わっている。
佐権院はそう推測していた。
ただ、そこになぜ小林結城が関わってくるのか、それだけは佐権院は見当がつかなかった。
(およそ小林くんと『赤の一族』に繋がりがあるはずも……いや、彼ならさもありなん、か)
小林結城という青年について、どんな奇縁や因果があったとしても、今さら何の不思議もないと佐権院は思い直した。
とはいえ、このまま事情も見えずに駒として使われるのは、佐権院としてもやはり面白くはない。
最初に警告を受けた時と同様、佐権院はデスクに置いた固定電話の受話器を取ると、どの部署よりも先にその番号をプッシュした。
「また?」
「ああ。彼には悪いが、もう少し骨を折ってもらう」
受話器から数回のコール音が聞こえた後、
『は~い、よろす何でも課の九木ですが~?』
連絡先の相手が、かなり砕けた口調で応答した。
「九木くん、私だ。佐権院だ」
『さ、佐権院警視!?』
受話器の向こうでどたばたと音がする。
『し、失礼しました! ど、どのようなご用件でしょう?』
「君の能力で探ってほしいことがある。それから―――」
佐権院は九木に任務の詳細を話し、その後の行動についても指示を出した。
「播海繋鴎が多珂倉家の当主とともに動き出しただと!?」
連絡を受けた箔元は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、引き続き報告を聞いた。
「ああ、それで? 行き先は追っているんだな? なら現在地を常に報告しろ。こちらでも目的地を推測する。到着した際は場所の座標を送れ」
指示を出し終えた箔元は受話器を置くと、手をそのまま上げて頭に当てた。
「どういう状況だ? 多珂倉家まで関わってくるとは……」
「あ、兄貴。今回の件、『二十八家』は播海家以外は動かなかったはずじゃ―――」
「分からん! 俺もこんなことになるなど……」
眩浪を八つ当たり気味に一喝すると、箔元はより一層頭を垂れた。
(三年前のことから、今回も播海家だけが動くと考えていたが、違ったのか!? くそっ、これ以上他の『二十八家』が関わってきたら、俺たち『琥外家』が動いていることも明るみに……)
三年前の計画が失敗に終わってから、箔元と眩浪はあらゆる痕跡を消すことに忙殺されていた。
元より表に名前すら出ることのない琥外家が、大々的に行動を起こしてしまった上に、『二十八家』の一つ、播海家に刃を向けてしまったのだ。
播海家からの追求を逃れるため、一つを除いて計画に関わった全てを抹消しなければならなかった。
その甲斐あって琥外家は再び影の存在に戻ることはできたが、そのせいで元の木阿弥に戻ってしまった。
(長きに渡る影働きから敷岐内家に成り代わり、琥外家が新たに三星官の地位を得られる……はずだったのに)
「状況は……どうなっている……」
箔元が頭を抱えている横から、杖をつく音を伴って掠れた声が聞こえてきた。
「いま播海家の者を追わせているところです。あなたの言っていた『忌み姫』もおそらくそこに」
「最悪の場合でも……リズベル様だけは……確保するのだ……でなければ……」
「―――おい!」
それまで黙っていた眩浪が声を荒げた。
「今度こそ本当に何とかなるんだろうな!? 琥外家がこんなことになったのも、元はといえば―――」
「同意した……はずだ! 復讐も……含めて……三年前の……雪辱を……」
「眩浪、控えろ」
箔元から制止され、眩浪は舌打ちをしながら背中を向けた。
「三年前に成しえなかったことを、今こそ取り戻せると、そう信じていいのですね? コチニール殿」
眩浪ほどではないが、箔元もまた、全身に包帯を巻いた不気味な息づかいの男を睨んだ。
「ああ……でなくば我輩も……ここで命運が尽きるだろう……」
(その前に……その前に取り戻すのだ……偉大なる始祖様の……国作りの竜の力を……赤の一族の……永遠の栄光を!)
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