377 / 417
竜の恩讐編
幕間 動く者たち その2
しおりを挟む
『緊急事態なんだ! 播海家から佐権院家への正式な協力要請だと受け取ってくれ!』
そう言って否応なく通信が切れたスマートフォンを、佐権院は珍しく怒りを滲ませた目で睨んでいた。
播海繋鴎からの緊急入電と、そこから要請された作業は、佐権院の警察組織内の権限でも非常に難易度の高いものばかりだった。
表の職務であろうと『二十八家』における使命であろうと、いざという時のために知己は作ってある。
交通部、警備部、対サイバー犯罪に働きかければ、要請された件はほとんどクリアされるだろう。多少強引な事情を捏造する必要はあるが。
『播海家からの正式な協力要請』である以上、それを受けた佐権院家当主として、それ自体に感情的になることもない。
だが、一個人、佐権院蓮吏としては、播海繋鴎からの一連の干渉や介入に思うところがあった。
「『気に入らない』って顔してる」
佐権院のパートナー、丸眼鏡の付喪神であるトオミは、必要な連絡先をピックアップしながら、佐権院の様子を観察していた。
「ああ、実に気に入らない」
「珍しいのね。そこまではっきり口に出すなんて」
「私だって口に出してしまいたいくらい腹の立つこともあるさ」
今回にいたっては、播海家から頭ごなしにストップをかけられたかと思えば、次は一転して強引に協力を迫ってきた。
繋鴎とは付き合いも長く、それなりに緊急の用向きにも応じたことのある佐権院だったが、こんな事例は今までで一度もなかった。
(らしくないぞ、繋鴎)
理由として考えられるのは、やはり『赤の一族』だろうと目していた。
『二十八家』の中でも知る者が限られている存在。
それが何かしらの形で、それも日本国に大きな影響を及ぼしかねない形で、現状関わっている。
佐権院はそう推測していた。
ただ、そこになぜ小林結城が関わってくるのか、それだけは佐権院は見当がつかなかった。
(およそ小林くんと『赤の一族』に繋がりがあるはずも……いや、彼ならさもありなん、か)
小林結城という青年について、どんな奇縁や因果があったとしても、今さら何の不思議もないと佐権院は思い直した。
とはいえ、このまま事情も見えずに駒として使われるのは、佐権院としてもやはり面白くはない。
最初に警告を受けた時と同様、佐権院はデスクに置いた固定電話の受話器を取ると、どの部署よりも先にその番号をプッシュした。
「また?」
「ああ。彼には悪いが、もう少し骨を折ってもらう」
受話器から数回のコール音が聞こえた後、
『は~い、よろす何でも課の九木ですが~?』
連絡先の相手が、かなり砕けた口調で応答した。
「九木くん、私だ。佐権院だ」
『さ、佐権院警視!?』
受話器の向こうでどたばたと音がする。
『し、失礼しました! ど、どのようなご用件でしょう?』
「君の能力で探ってほしいことがある。それから―――」
佐権院は九木に任務の詳細を話し、その後の行動についても指示を出した。
「播海繋鴎が多珂倉家の当主とともに動き出しただと!?」
連絡を受けた箔元は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、引き続き報告を聞いた。
「ああ、それで? 行き先は追っているんだな? なら現在地を常に報告しろ。こちらでも目的地を推測する。到着した際は場所の座標を送れ」
指示を出し終えた箔元は受話器を置くと、手をそのまま上げて頭に当てた。
「どういう状況だ? 多珂倉家まで関わってくるとは……」
「あ、兄貴。今回の件、『二十八家』は播海家以外は動かなかったはずじゃ―――」
「分からん! 俺もこんなことになるなど……」
眩浪を八つ当たり気味に一喝すると、箔元はより一層頭を垂れた。
(三年前のことから、今回も播海家だけが動くと考えていたが、違ったのか!? くそっ、これ以上他の『二十八家』が関わってきたら、俺たち『琥外家』が動いていることも明るみに……)
三年前の計画が失敗に終わってから、箔元と眩浪はあらゆる痕跡を消すことに忙殺されていた。
元より表に名前すら出ることのない琥外家が、大々的に行動を起こしてしまった上に、『二十八家』の一つ、播海家に刃を向けてしまったのだ。
播海家からの追求を逃れるため、一つを除いて計画に関わった全てを抹消しなければならなかった。
その甲斐あって琥外家は再び影の存在に戻ることはできたが、そのせいで元の木阿弥に戻ってしまった。
(長きに渡る影働きから敷岐内家に成り代わり、琥外家が新たに三星官の地位を得られる……はずだったのに)
「状況は……どうなっている……」
箔元が頭を抱えている横から、杖をつく音を伴って掠れた声が聞こえてきた。
「いま播海家の者を追わせているところです。あなたの言っていた『忌み姫』もおそらくそこに」
「最悪の場合でも……リズベル様だけは……確保するのだ……でなければ……」
「―――おい!」
それまで黙っていた眩浪が声を荒げた。
「今度こそ本当に何とかなるんだろうな!? 琥外家がこんなことになったのも、元はといえば―――」
「同意した……はずだ! 復讐も……含めて……三年前の……雪辱を……」
「眩浪、控えろ」
箔元から制止され、眩浪は舌打ちをしながら背中を向けた。
「三年前に成しえなかったことを、今こそ取り戻せると、そう信じていいのですね? コチニール殿」
眩浪ほどではないが、箔元もまた、全身に包帯を巻いた不気味な息づかいの男を睨んだ。
「ああ……でなくば我輩も……ここで命運が尽きるだろう……」
(その前に……その前に取り戻すのだ……偉大なる始祖様の……国作りの竜の力を……赤の一族の……永遠の栄光を!)
震えながら杖を握る手が、コチニールの執念に応えて軋みを上げるほどの力を発揮した。
そう言って否応なく通信が切れたスマートフォンを、佐権院は珍しく怒りを滲ませた目で睨んでいた。
播海繋鴎からの緊急入電と、そこから要請された作業は、佐権院の警察組織内の権限でも非常に難易度の高いものばかりだった。
表の職務であろうと『二十八家』における使命であろうと、いざという時のために知己は作ってある。
交通部、警備部、対サイバー犯罪に働きかければ、要請された件はほとんどクリアされるだろう。多少強引な事情を捏造する必要はあるが。
『播海家からの正式な協力要請』である以上、それを受けた佐権院家当主として、それ自体に感情的になることもない。
だが、一個人、佐権院蓮吏としては、播海繋鴎からの一連の干渉や介入に思うところがあった。
「『気に入らない』って顔してる」
佐権院のパートナー、丸眼鏡の付喪神であるトオミは、必要な連絡先をピックアップしながら、佐権院の様子を観察していた。
「ああ、実に気に入らない」
「珍しいのね。そこまではっきり口に出すなんて」
「私だって口に出してしまいたいくらい腹の立つこともあるさ」
今回にいたっては、播海家から頭ごなしにストップをかけられたかと思えば、次は一転して強引に協力を迫ってきた。
繋鴎とは付き合いも長く、それなりに緊急の用向きにも応じたことのある佐権院だったが、こんな事例は今までで一度もなかった。
(らしくないぞ、繋鴎)
理由として考えられるのは、やはり『赤の一族』だろうと目していた。
『二十八家』の中でも知る者が限られている存在。
それが何かしらの形で、それも日本国に大きな影響を及ぼしかねない形で、現状関わっている。
佐権院はそう推測していた。
ただ、そこになぜ小林結城が関わってくるのか、それだけは佐権院は見当がつかなかった。
(およそ小林くんと『赤の一族』に繋がりがあるはずも……いや、彼ならさもありなん、か)
小林結城という青年について、どんな奇縁や因果があったとしても、今さら何の不思議もないと佐権院は思い直した。
とはいえ、このまま事情も見えずに駒として使われるのは、佐権院としてもやはり面白くはない。
最初に警告を受けた時と同様、佐権院はデスクに置いた固定電話の受話器を取ると、どの部署よりも先にその番号をプッシュした。
「また?」
「ああ。彼には悪いが、もう少し骨を折ってもらう」
受話器から数回のコール音が聞こえた後、
『は~い、よろす何でも課の九木ですが~?』
連絡先の相手が、かなり砕けた口調で応答した。
「九木くん、私だ。佐権院だ」
『さ、佐権院警視!?』
受話器の向こうでどたばたと音がする。
『し、失礼しました! ど、どのようなご用件でしょう?』
「君の能力で探ってほしいことがある。それから―――」
佐権院は九木に任務の詳細を話し、その後の行動についても指示を出した。
「播海繋鴎が多珂倉家の当主とともに動き出しただと!?」
連絡を受けた箔元は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、引き続き報告を聞いた。
「ああ、それで? 行き先は追っているんだな? なら現在地を常に報告しろ。こちらでも目的地を推測する。到着した際は場所の座標を送れ」
指示を出し終えた箔元は受話器を置くと、手をそのまま上げて頭に当てた。
「どういう状況だ? 多珂倉家まで関わってくるとは……」
「あ、兄貴。今回の件、『二十八家』は播海家以外は動かなかったはずじゃ―――」
「分からん! 俺もこんなことになるなど……」
眩浪を八つ当たり気味に一喝すると、箔元はより一層頭を垂れた。
(三年前のことから、今回も播海家だけが動くと考えていたが、違ったのか!? くそっ、これ以上他の『二十八家』が関わってきたら、俺たち『琥外家』が動いていることも明るみに……)
三年前の計画が失敗に終わってから、箔元と眩浪はあらゆる痕跡を消すことに忙殺されていた。
元より表に名前すら出ることのない琥外家が、大々的に行動を起こしてしまった上に、『二十八家』の一つ、播海家に刃を向けてしまったのだ。
播海家からの追求を逃れるため、一つを除いて計画に関わった全てを抹消しなければならなかった。
その甲斐あって琥外家は再び影の存在に戻ることはできたが、そのせいで元の木阿弥に戻ってしまった。
(長きに渡る影働きから敷岐内家に成り代わり、琥外家が新たに三星官の地位を得られる……はずだったのに)
「状況は……どうなっている……」
箔元が頭を抱えている横から、杖をつく音を伴って掠れた声が聞こえてきた。
「いま播海家の者を追わせているところです。あなたの言っていた『忌み姫』もおそらくそこに」
「最悪の場合でも……リズベル様だけは……確保するのだ……でなければ……」
「―――おい!」
それまで黙っていた眩浪が声を荒げた。
「今度こそ本当に何とかなるんだろうな!? 琥外家がこんなことになったのも、元はといえば―――」
「同意した……はずだ! 復讐も……含めて……三年前の……雪辱を……」
「眩浪、控えろ」
箔元から制止され、眩浪は舌打ちをしながら背中を向けた。
「三年前に成しえなかったことを、今こそ取り戻せると、そう信じていいのですね? コチニール殿」
眩浪ほどではないが、箔元もまた、全身に包帯を巻いた不気味な息づかいの男を睨んだ。
「ああ……でなくば我輩も……ここで命運が尽きるだろう……」
(その前に……その前に取り戻すのだ……偉大なる始祖様の……国作りの竜の力を……赤の一族の……永遠の栄光を!)
震えながら杖を握る手が、コチニールの執念に応えて軋みを上げるほどの力を発揮した。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
当然だったのかもしれない~問わず語り~
章槻雅希
ファンタジー
学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。
そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇?
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学園長からのお話です
ラララキヲ
ファンタジー
学園長の声が学園に響く。
『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』
昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。
学園長の話はまだまだ続く……
◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない)
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる