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竜の恩讐編

伯爵の血を継ぐ者 その3

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(TΩ!(こいつ!))
 危険を察知したマスクマンは、手斧を失うことも構わず、ルーシーのどうって強引に引きがした。
 その際、ルーシーがみついていた左手を犠牲ぎせいにすることになってしまった。
 すでに現世を去った精霊であるマスクマンが、現世で活動するために作った擬似体ボディであるため、噛み千切られてもそれほど痛みをともなわない。
 ただ、すぐに再生できるわけでもないため、左手を失ったままの戦闘は厳しくなる。
 ましてや、心臓を破壊されても・・・・・・・・・平然としている怪物を相手取っては、なおさらだった。
(TΩ……Iξ8↑? Oπ……(こいつは……不死身なのか? それとも……))
 手斧が肉体に食い込んだまま、マスクマンの擬似体ボディの一部を咀嚼そしゃくしているルーシーを観察しながら、マスクマンは戻ってきたブーメランを受け止めた。

(なにこれ? 食感はあるけど固さも重さもまるでない。味のない綿菓子を食べてる感じ。こんな生き物いるの?)
 一通り味を確かめた後、ルーシーはマスクマンに目を向けた。
 左手を欠損してはいるものの、そこから血が流れることはなく、マスクマン自身も痛みをおぼえている様子はない。
(生き物、ってわけじゃなさそうね。そもそも見た目からして普通じゃないし。日本妖怪ジャパニーズ・フォーク・モンスター、でもなさそう。わたしと同じで海外そとから来た何か、ってとこかしら?)
 マスクマンの正体について考察しながらルーシーは、
(あっ、忘れてた)
 と、身体に食い込んでいた手斧のことを思い出し、つかを数回さぶって引き抜いた。
 途端とたん、手斧によって斬られた傷口は、根元から逆再生するようにふさがり、元のルーシーの白い肌へと戻った。
「これで分かったでしょ? わたしは心臓をやられても死んだりしないわ」
 手斧を横に投げ捨てながら、ルーシーは再びさとすように言う。
 だが、今度は砕けた態度とは打って変わり、少し冷たい口調へと変わっていた。
(あ~あ、お気に入りのスーツだったのに)
 負傷は再生されても、衣類は破損したままなので、ルーシーは眉根まゆねを寄せた。
(もう理解できたはず。わたしが『心臓だけ』を破壊されても死なないことを)
 本来、吸血鬼は心臓を破壊されれば死を迎える。
 だが、ルーシーが吸血鬼に転じる際に持ち得た能力は、その吸血鬼の特性をくつがえすものだった。
 ルーシーを死に至らしめるには、心臓を破壊するだけでは足りず、心臓、脊髄せきずい、脳髄の三点を同時に破壊する必要がある。
 原種オリジナルとなった伯爵はくしゃくと比べれば、ルーシーの能力はそれほど多くない。
 超人的な身体能力、魅了の魔眼、人間の眷属けんぞく化、そして――――――致死率の変化、この四つだった。
 吸血鬼にとって心臓の喪失そうしつは、100%の死を意味する。
 しかし、ルーシーはこの100%の致死率を、心臓、脊髄、脳髄に任意で振り分けることが可能だった。
 無論、絶対に生命の安全を保障できるものではなく、それなりの制約もある。
 三点のうち一点は必ず50%の致死率に設定することと、一度設定したならば、いずれかが破壊されない限り、再設定ができない。
 ルーシーは幾度いくどかの吸血鬼ヴァンパイアハンターとの交戦のおり、この特異な能力に気付くこととなった。
 格別の派手さがある能力ではないが、これは吸血鬼としての不死性をさらに高めるものであり、ルーシーという吸血鬼がこれまで生き延びられたかなめでもあった。
(早く降参してくれないかなぁ。今回の依頼しごと、何だかあんまり気乗りしないのよねぇ)
 マスクマンの様子をうかがっていたルーシーが、そんなことを考えていると、
「!」
 マスクマンの真一文字に閉じられていた単眼が勢いよく開かれた。
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