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竜の恩讐編

伯爵の血を継ぐ者 その1

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 吸血鬼となってすでに百二十年を超えたが、ルーシーは現代での生活を割りと楽しんでいた。
 吸血鬼化した時はそれなりに不便もあり、自身を変えた張本人を多少なりともうらんだこともある。
 血を吸われて一度死を迎えた後に、全く別の生物として蘇り、そのうえ胸にくいを打ち込まれて再度死を経験することになったのだからたまったものではない。
 だが、その張本人が討伐とうばつされてから、ルーシーはもう一度、墓の中から蘇ってきた。
 自身でも驚いたが、それがルーシーの獲得した能力にるところであると知るには、まだ時間がってからのことだった。
 土の下からい出て、自身の名前が彫られた墓石を見たルーシーは途方に暮れた。
 もはや社会的に存在しないどころか、人間ですらなくなってしまった。
 しばらくは墓石の前でうずくまっていたが、空腹感からその場を離れることにした―――蘇ったことを疑われないために墓の回りも元に戻した―――。
 それから半年ほど、ルーシーは森の中でサバイバル生活を送った。
 吸血鬼となった時点で身体能力は格段に上がっていたので、適当な獣を見つければあっさり捕獲できた。
 ルーシーはその半年間で吸血鬼としての自身を研究した。
 吸血鬼にとって他生物の血は必須栄養素の一つであり、必ずしも血液のみで事足ことたりるわけではない。これが元は人間である特徴なのかはわからなかったが、少なくともルーシーは他の食物も必要とした。
 吸血鬼は昼にも活動できないわけではないが、耐久時間は存在する。これは人間にとっての寝不足のようなものだとルーシーは解釈した。
 吸血鬼は夜目がき、こと嗅覚に関しては血をぎわける必要があるためか、特に鋭敏な感覚となっていた。これはルーシーが森の中で他人と遭遇そうぐうしそうな時に重宝ちょうほうした。
 そこそこ力を把握したところで、ルーシーはロンドンに出て、夜専門の何でも屋のような仕事を始めた。
 人探しや調査、暗殺まがいな内容であっても、優れた嗅覚や身体能力、さらに魅了の能力を駆使して難なくこなした。気に入った依頼者からは少しだけ血をいただいて。
 時折ベイカー街に住む探偵や、暗黒街を支配する元数学教授とかち合うこともあったが、それでもルーシーのビジネスは一定の軌道に乗っていた。
 岐路きろが訪れたのは二度にわたる世界大戦だった。
 一度目は何とかしのいだが、二度目はロンドンを大空襲が襲ったために、ルーシーも地方へと避難せざるをなかった。
 大戦が終結し、英国も落ち着きを取り戻してきた頃、ルーシーは再びロンドンに戻るかを思案した。
 産業革命以降、文明の近代化、治安組織の高度化、そして諜報ちょうほう機関の設立と、人ならざる者にとって、英国もだんだん住みにくくなっていた。
 適当な幽霊ゴースト妖精種フェアリーと違い、吸血鬼という種は歓迎されづらい。
 ルーシーは長く暮らした英国を後にし、新天地を目指すことにした。
 以前、英国に留学に来ていた日本人から、極東の日本という国について聞いたことがあった。
 神話の時代から続いている国で、今も人と人ならざる者が隣り合わせで暮らしているという。
 戦後の混乱期なら、多少の融通は利くかもしれないと、ルーシーは資産と荷物を整理し、傍付そばづきの少年吸血鬼イゴールをともなって日本に渡った。
 日本の復興とGHQの活動にすべり込む形で建設業に参入するかたわら、ルーシーは裏稼業もこなすことで、戦後の日本でそれなりの地盤を固めつつあった。
 そんなおりだった。自身と同じく人の形をしていながら、人ならざる力を持った者から、共同ビジネスを持ちかけられたのは。

 山道に転がった左腕を、ルーシーは事もなげにひろい上げ、切断面を静かにくっつけた。
 ものの数秒で切断面は癒着ゆちゃくし、傷も跡形あとかたもなく消え去った。
 治癒した左腕を確かめるように、数回、左手を握っては開いてを繰り返す。
 あえて見せ付けるように。
「言ったでしょ? あなたじゃわたしを殺せないって」
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