367 / 419
竜の恩讐編
凶兆 その2
しおりを挟む
「へぇ~」
天逐山に分け入り、ある程度登ったところで、先頭を歩いていた千春は足を止めた。
「千春、これって……」
後ろを歩いていたルーシーも、周囲の空気が変わったことを察知した。千秋とヴィクトリアも同様に。
「どうやらお誘いが来たみたい」
進行方向から這うように降ってくる霧を見て、千春は歯を剥き出して微笑った。
山に登り始めてから降ってきた小雨によって発生したであろう霧だが、それは天逐山に来る際に飲まれた霧とは違い、まるで意思があるように千春たちに接近してくる。
おそらくそれ自体に害はないだろうが、無視をするにも危険が伴う予感があった。
そして、千春が『お誘い』と言い表したように、霧のカーテンには人一人分が通れそうな穴が四つ空いていた。『道』を作ってやったと言わんばかりに。
「『お誘い』、ね。どうするの? 千春」
「こういうのはノってあげるのがスジってもんでしょ?」
後ろの三人を振り返り、千春はさも嬉しそうに笑みを浮かべた。危険な状況にむしろ愉しみを見出す『鬼』の性が顕れている。
「じゃ、先に小林結城に辿り着いた人が殺るってことで」
「分かったわ。なるべく死なずに済めばいいけど」
「了、解、した」
「ここより続く闇の導きに従うまで」
四人はそれぞれで道を選ぶと、何ら緊張する様子もなく、再び山を登っていった。
立ち込める霧のさらに奥で、戦士の衣装とペイントを施したマスクマンが、普段は閉じている単眼を開き輝かせていた。
マスクマンが呼んだ雨雲と、そこから降らせた小雨によって発生した霧は、マスクマンの目となり手足となる。
千春たちが分散したことを知ると、マスクマンもまた移動のため、霧の中へと消えていった。
慌しくなった多珂倉家邸宅の前庭に、シトローネが運転する高級車が回された。
ドイツの有名メーカーが出しているモデルの一つだが、その実エンジンから外装まで特注で作らせた、多珂倉家が緊急時に使用する高性能カスタムカーだった。
「そうだ蓮吏。いま言った場所の半径5キロを県警に頼んで封鎖してもらってくれ。それといまから言うナンバーの自動車はIRシステムから除外を―――緊急事態なんだ! 播海家から佐権院家への正式な協力要請だと受け取ってくれ!」
声を荒げてスマートフォンの通信を切ると、繋鴎はカスタムカーの後部座席に座ろうとする。が、
「何をしているんだ稔丸くん! 早く!」
まだ屋敷の扉の前で背を向けている稔丸に対し一喝する。
「ちょっ! ちょっと待って!」
稔丸は急かされながらも、何とかメールの内容を打ち終わり、『送信』の表示をタップしてスマートフォンを収めた。
「お、お待たせ!」
ようやく稔丸も後部座席に乗り込む。
その上着のポケットの中で、一本のメールが『送信中』の表示を出していた。
天逐山に分け入り、ある程度登ったところで、先頭を歩いていた千春は足を止めた。
「千春、これって……」
後ろを歩いていたルーシーも、周囲の空気が変わったことを察知した。千秋とヴィクトリアも同様に。
「どうやらお誘いが来たみたい」
進行方向から這うように降ってくる霧を見て、千春は歯を剥き出して微笑った。
山に登り始めてから降ってきた小雨によって発生したであろう霧だが、それは天逐山に来る際に飲まれた霧とは違い、まるで意思があるように千春たちに接近してくる。
おそらくそれ自体に害はないだろうが、無視をするにも危険が伴う予感があった。
そして、千春が『お誘い』と言い表したように、霧のカーテンには人一人分が通れそうな穴が四つ空いていた。『道』を作ってやったと言わんばかりに。
「『お誘い』、ね。どうするの? 千春」
「こういうのはノってあげるのがスジってもんでしょ?」
後ろの三人を振り返り、千春はさも嬉しそうに笑みを浮かべた。危険な状況にむしろ愉しみを見出す『鬼』の性が顕れている。
「じゃ、先に小林結城に辿り着いた人が殺るってことで」
「分かったわ。なるべく死なずに済めばいいけど」
「了、解、した」
「ここより続く闇の導きに従うまで」
四人はそれぞれで道を選ぶと、何ら緊張する様子もなく、再び山を登っていった。
立ち込める霧のさらに奥で、戦士の衣装とペイントを施したマスクマンが、普段は閉じている単眼を開き輝かせていた。
マスクマンが呼んだ雨雲と、そこから降らせた小雨によって発生した霧は、マスクマンの目となり手足となる。
千春たちが分散したことを知ると、マスクマンもまた移動のため、霧の中へと消えていった。
慌しくなった多珂倉家邸宅の前庭に、シトローネが運転する高級車が回された。
ドイツの有名メーカーが出しているモデルの一つだが、その実エンジンから外装まで特注で作らせた、多珂倉家が緊急時に使用する高性能カスタムカーだった。
「そうだ蓮吏。いま言った場所の半径5キロを県警に頼んで封鎖してもらってくれ。それといまから言うナンバーの自動車はIRシステムから除外を―――緊急事態なんだ! 播海家から佐権院家への正式な協力要請だと受け取ってくれ!」
声を荒げてスマートフォンの通信を切ると、繋鴎はカスタムカーの後部座席に座ろうとする。が、
「何をしているんだ稔丸くん! 早く!」
まだ屋敷の扉の前で背を向けている稔丸に対し一喝する。
「ちょっ! ちょっと待って!」
稔丸は急かされながらも、何とかメールの内容を打ち終わり、『送信』の表示をタップしてスマートフォンを収めた。
「お、お待たせ!」
ようやく稔丸も後部座席に乗り込む。
その上着のポケットの中で、一本のメールが『送信中』の表示を出していた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
スーパー忍者・タカシの大冒険
Selfish
ファンタジー
時は現代。ある日、タカシはいつものように学校から帰る途中、目に見えない奇妙な光に包まれた。そして、彼の手の中に一通の封筒が現れる。それは、赤い文字で「スーパー忍者・タカシ様へ」と書かれたものだった。タカシはその手紙を開けると、そこに書かれた内容はこうだった。


【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる