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竜の恩讐編
幕間 繋鴎からの依頼
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播海繋鴎が乗った自動車は、多珂倉家の屋敷の前に到着すると、自動で門扉が開いて玄関に通された。
屋敷内では女給たちが待機しており、上着を預かったり、手洗い用の器を持ってきたりと、至れり尽くせりだった。
そして、その全員が人ではなく、異種族の美女たちだった。
繋鴎自身、別に偏見があるわけではないが、これだけ侍らせていては、稔丸が『節操がない』と誤解されるのも当然と思っていた。
「悪いがここまでにしてくれないか? なるべく早く君たちの主人と話がしたいんだ」
そう注文をつけ、繋鴎は応接室に案内された。
「お久しぶりですね、繋鴎さん」
応接室の扉をくぐると、先に待っていた稔丸が挨拶した。
相変わらず高級感のあるスーツに身を固めているが、それが単純な値段だけではなく、霊的にも呪的にも防御力の高い物であることを、繋鴎は知っている。
「ああ、久しぶりだが、今は時間が惜しい。すぐに話に入らせてもらえるか?」
稔丸は小さく溜め息を吐くと、
「雪花の淹れてくれた薬膳茶を堪能してもらいたかったんですが……」
と残念そうに言って、案内してきた女給を下がらせ、応接室の人払いを済ませた。
「で、何があったんですか? 『ナラカ』に依頼をキャンセルさせたいって電話で言ってましたけど」
テーブルを挟んだ革製のソファにそれぞれが座ると、稔丸の方から話を切り出した。
「外交上、断りづらい相手から『絶対に標的を仕留められる暗殺者を紹介してくれ』と頼まれてね」
「あ~、なるほど。それで『ナラカ』を」
繋鴎がそう話し始めただけで、稔丸は『ナラカ』が関わっている事情を察した。
『ナラカ』、『鬼灯』、『獄卒』、『彼岸花』、呼び名を挙げれば切りがないが、裏の者たちにとっては、それは一つの存在に集約していた。
第二次大戦以降、国内で噂が囁かれていた、依頼を受けて怨みを晴らす謎の暗殺者、あるいは暗殺集団。
単一であるのか集団であるのかさえ明らかではなく、固有の名称を名乗っているわけでもないので、存在を知る者でさえ呼び名が一定しない。
『二十八家』でさえ、認識はしていても一切足跡を追えないでいる。
そもそも『ナラカ』が全く証拠を残さないので、暗殺があったのではないかと察知されるのは、標的となった人物の失踪が発覚した時のみである。
一部では明治維新以降から活動していたとの意見もあるが、それすらも明確ではないため、世の裏に通じている『二十八家』ですら、実体の掴めない存在だった。
「じゃあ断りづらい相手っていうのは?」
「『赤の一族』だ」
「は!?」
簡潔に答えた繋鴎に対し、稔丸はあまりの驚きに目を丸くした。
「いやちょっと、ちょっと待ってくださいよ!? 何でそんなことになって―――」
「理由までは聞かない方がいい。下手をすると君まで危ないぞ」
「……」
繋鴎にそう言われ、稔丸はそれ以上の追求はしなかった。
『赤の一族』という名前が出た時点で、非常に大きな問題に発展していることを、稔丸も察したからだ。
「……じゃあ話せるところまで。こっちもどう対処するか考えますから」
「感謝するよ、稔丸くん」
繋鴎は笑みを浮かべて頭を下げるが、稔丸にはその様子がとても弱々しく見えた。それ故に事態の深刻さが窺える。
「『ナラカ』に依頼をキャンセルさせる、か。そもそも応じてくれますか?」
「キャンセルまではできなくとも、依頼人の身柄を押さえることさえできればいい。依頼人を中立国に飛ばして、あとは播海家で対処する」
「それ、危なくないですか? 下手すると繋鴎さんが」
「最悪それでも構わないよ。元を正せばオレが―――」
繋鴎の言葉を遮るように、胸ポケットのスマートフォンが鳴った。
「くっ! こんな時に」
少し忌々しげにスマートフォンを出した繋鴎は、連絡先の表示を確認するとすぐに応答した。
「クド、どうした? 何か動きがあったのか?」
『クド』という名前は稔丸も聞いたことがある。繋鴎がサポートとして傍に置いている、大正時代の女学生のような格好をした付喪神だったはずだ。
そのクドから連絡を受けている繋鴎を、稔丸は気づかれない程度に探るような目を向けた。
『ナラカ』や『赤の一族』といったビッグネームが出たせいで断りきれなくなったが、稔丸からして繋鴎は不信まではいかなくても、疑いどころのある人物だった。
無論、裏の外交を司る播海家として、一から十まで清廉潔白とはいかないのも理解できる。
しかし三年前、稔丸が囲っている異種族の一人、その力を貸してほしいと頼まれた時、内容は稔丸にさえ伏せられた。
力を貸した異種族の少女もまた、固く口止めをされたのか、どういう形で力を行使したのか言わなかった。
繋鴎の手腕は稔丸も知っているので、それが必要なことであったのは違いないだろうが、あまり気分の良い話でもない。
以来、稔丸は播海家はともかく、繋鴎には小さな疑念を持ったままだった。
(『赤の一族』が関わってるなら確かに大事なんだが……何か引っかかるな)
「何だと!?」
突然、繋鴎は怒声にも近い声とともにソファから立ち上がった。
その引きつった表情から、稔丸も事態が動いたことは判った。それも良くない方向に。
「……い、依頼人の命が危ういかもしれない」
「なっ!? ど、どうして!?」
「依頼人も命を狙われている……正体不明の……おそらくかなりの大妖怪に……」
屋敷内では女給たちが待機しており、上着を預かったり、手洗い用の器を持ってきたりと、至れり尽くせりだった。
そして、その全員が人ではなく、異種族の美女たちだった。
繋鴎自身、別に偏見があるわけではないが、これだけ侍らせていては、稔丸が『節操がない』と誤解されるのも当然と思っていた。
「悪いがここまでにしてくれないか? なるべく早く君たちの主人と話がしたいんだ」
そう注文をつけ、繋鴎は応接室に案内された。
「お久しぶりですね、繋鴎さん」
応接室の扉をくぐると、先に待っていた稔丸が挨拶した。
相変わらず高級感のあるスーツに身を固めているが、それが単純な値段だけではなく、霊的にも呪的にも防御力の高い物であることを、繋鴎は知っている。
「ああ、久しぶりだが、今は時間が惜しい。すぐに話に入らせてもらえるか?」
稔丸は小さく溜め息を吐くと、
「雪花の淹れてくれた薬膳茶を堪能してもらいたかったんですが……」
と残念そうに言って、案内してきた女給を下がらせ、応接室の人払いを済ませた。
「で、何があったんですか? 『ナラカ』に依頼をキャンセルさせたいって電話で言ってましたけど」
テーブルを挟んだ革製のソファにそれぞれが座ると、稔丸の方から話を切り出した。
「外交上、断りづらい相手から『絶対に標的を仕留められる暗殺者を紹介してくれ』と頼まれてね」
「あ~、なるほど。それで『ナラカ』を」
繋鴎がそう話し始めただけで、稔丸は『ナラカ』が関わっている事情を察した。
『ナラカ』、『鬼灯』、『獄卒』、『彼岸花』、呼び名を挙げれば切りがないが、裏の者たちにとっては、それは一つの存在に集約していた。
第二次大戦以降、国内で噂が囁かれていた、依頼を受けて怨みを晴らす謎の暗殺者、あるいは暗殺集団。
単一であるのか集団であるのかさえ明らかではなく、固有の名称を名乗っているわけでもないので、存在を知る者でさえ呼び名が一定しない。
『二十八家』でさえ、認識はしていても一切足跡を追えないでいる。
そもそも『ナラカ』が全く証拠を残さないので、暗殺があったのではないかと察知されるのは、標的となった人物の失踪が発覚した時のみである。
一部では明治維新以降から活動していたとの意見もあるが、それすらも明確ではないため、世の裏に通じている『二十八家』ですら、実体の掴めない存在だった。
「じゃあ断りづらい相手っていうのは?」
「『赤の一族』だ」
「は!?」
簡潔に答えた繋鴎に対し、稔丸はあまりの驚きに目を丸くした。
「いやちょっと、ちょっと待ってくださいよ!? 何でそんなことになって―――」
「理由までは聞かない方がいい。下手をすると君まで危ないぞ」
「……」
繋鴎にそう言われ、稔丸はそれ以上の追求はしなかった。
『赤の一族』という名前が出た時点で、非常に大きな問題に発展していることを、稔丸も察したからだ。
「……じゃあ話せるところまで。こっちもどう対処するか考えますから」
「感謝するよ、稔丸くん」
繋鴎は笑みを浮かべて頭を下げるが、稔丸にはその様子がとても弱々しく見えた。それ故に事態の深刻さが窺える。
「『ナラカ』に依頼をキャンセルさせる、か。そもそも応じてくれますか?」
「キャンセルまではできなくとも、依頼人の身柄を押さえることさえできればいい。依頼人を中立国に飛ばして、あとは播海家で対処する」
「それ、危なくないですか? 下手すると繋鴎さんが」
「最悪それでも構わないよ。元を正せばオレが―――」
繋鴎の言葉を遮るように、胸ポケットのスマートフォンが鳴った。
「くっ! こんな時に」
少し忌々しげにスマートフォンを出した繋鴎は、連絡先の表示を確認するとすぐに応答した。
「クド、どうした? 何か動きがあったのか?」
『クド』という名前は稔丸も聞いたことがある。繋鴎がサポートとして傍に置いている、大正時代の女学生のような格好をした付喪神だったはずだ。
そのクドから連絡を受けている繋鴎を、稔丸は気づかれない程度に探るような目を向けた。
『ナラカ』や『赤の一族』といったビッグネームが出たせいで断りきれなくなったが、稔丸からして繋鴎は不信まではいかなくても、疑いどころのある人物だった。
無論、裏の外交を司る播海家として、一から十まで清廉潔白とはいかないのも理解できる。
しかし三年前、稔丸が囲っている異種族の一人、その力を貸してほしいと頼まれた時、内容は稔丸にさえ伏せられた。
力を貸した異種族の少女もまた、固く口止めをされたのか、どういう形で力を行使したのか言わなかった。
繋鴎の手腕は稔丸も知っているので、それが必要なことであったのは違いないだろうが、あまり気分の良い話でもない。
以来、稔丸は播海家はともかく、繋鴎には小さな疑念を持ったままだった。
(『赤の一族』が関わってるなら確かに大事なんだが……何か引っかかるな)
「何だと!?」
突然、繋鴎は怒声にも近い声とともにソファから立ち上がった。
その引きつった表情から、稔丸も事態が動いたことは判った。それも良くない方向に。
「……い、依頼人の命が危ういかもしれない」
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