小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

凶兆 その1

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「さってと―――」
 布にくるまれた棒状の得物えものを肩にかつぎ、千春ちはるは後ろにたたずむリズベルを振り返った。
「改めて依頼された内容は、『小林結城ターゲットらえて目の前に連れてくる』、『できなければ即刻そっこく殺して、首級くびを持ち帰ってくる』、でよかった?」
 そう問われたリズベルは、揺るぎない憎悪を宿した目を向けて、
「ええ、必ずそうして」
 恐ろしく静かに、落ち着いた声で答えた。
上々じょうじょう。あたしも中途半端に生かすのって好みじゃないしね」
 歯を見せて微笑わらった千春は手で合図し、千秋ちあき、ルーシー、ヴィクトリアをともなって山道へと進み始めた。
 天逐山てんぢくざんの入り口にさしかかろうとした時、そこに立っていたキュウの横を通り過ぎる際、
「『戻るまで』はあの娘リズベルに手を出さないでね?」
 と、キュウに念を押し、
「もちろん出しませんよ。『戻るまで』は」
 と、キュウも千春に返す。
 互いに笑みを浮かべているが、その様は鬼の血を引いている千夏ちなつでさえ、見ていて背筋に寒気をおぼえるやり取りだった。
 そうしてまともな外灯すらない山道の中へ、千春たちは消えていった。
 夜の風と暗雲だけが立ち込める天逐山の頂上を、リズベルはまされた殺意をもって見上げた。
永劫えいごうの苦しみへとちる前に、血の涙を流してむくわれぬ許しをうがいい……あの人に……ピオニーアに!)

 天逐山から少し離れた小高い丘の上に、クドは乗用車を停めて陣取った。
 そこは天逐山とそのふもとを監視するに、遠くもなく近すぎもしない場所だった。
 それでも常人が監視目的で陣取るには、いささか以上に距離がある。
 が、クドにとっては絶好の位置取りポイントだった。
 フリル付きの眼帯をはずし、右眼をあらわにしたクドは、山の麓に視力を集中する。さながら銀幕スクリーンとの間の前後ピントを合わせるように。
 そうすることでクドは、離れた場所にいる者のくちびるの動きさえとらえらることができる。
 明かり一つなくとも関係ない。照明の落とされた暗い劇場など、クドにとってはれたものだった。
 麓に集まった者たちの会話を、クドは可能な限り読もうとする。
『戻るまではリズベルに手を出さないでね?』
『もちろん出しませんよ。戻るまでは』
 千春とキュウの唇の動きから、二人の会話の内容を理解するクド。
 そこに含まれる極めて危険なニュアンスも、同時に理解した。
 金毛稲荷神宮こんもういなりじんぐうから天逐山まで向かう道程みちのりの中、クドもまたキュウが正体不明の強力なあやかしであると察していた。
 その正体不明の妖キュウが、リズベルの事実上の死刑宣告をしている。
(これは、一番まずい状況パターン
 クドは監視を続けながら、肩にかけた小さなポシェットから携帯電話を取り出し、この状況を自身のあるじへと報告すべく連絡をつないだ。

 天逐山から少し離れた丘の上を、キュウは目を向けることなく意識していた。
 そして、丘に背を向け、誰にさとられることなく笑みを浮かべる。格好の獲物を見つけた時の、獣の笑みを。
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