小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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竜の恩讐編

幕間 霧の中のクド

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 霧の中にかろうじて浮かぶテールライトの光を頼りに、女学生風の少女、クドは小型乗用車でリムジンを追走する。
 クド自身、それほど年月を付喪神つくもがみではない。ようやく百年を回ってへんじることができた、非常に新しいタイプの付喪神だった。
 そんなクドでさえ、いま走行している霧の異質さを、肌でひしひしと感じていた。
 明らかに普通の霧ではなく、おそらくある種の異空間であり、現実から隔絶かくぜつされた場所を通ってどこかへいざなおうとしている。
 狐狸こり妖怪が旅人をまどわせる際に使う常套じょうとう手段に似ているが、空間までゆがめているとすればけたが違う。
 千春ちはるたち『ナラカ』の面々が乗ったリムジンが動き出した際、すぐに後を追ったのは正解だった。
 もし霧の中に入れなかったら、千春たちがどこへ向かったか、足取りが途絶えてしまうところだった。
 リムジンのテールライトを追えている限りは、クドも迷うことはない――――――はずである。
 周囲の一切が見通せず、追っている自動車くるまの先が安全かどうかもわからないという異様な状況において、クドは存外冷静にハンドルを握っていた。
 クドが人間ひとではなく、付喪神であるというのもあるが、もう一つは霧の白さにあった。
 放たれる自動車くるまのヘッドライトと、それを反射する真っ白い霧。
 それはクドにとって、とてもなつかしい、当たり前だった景色を思い出させる。
 白い銀幕スクリーンの中に、自身が放つ光で様々な活動写真をうつして観客を楽しませていた、劇場での思い出を。
「っ!」
 つい甘い思い出にひたりそうになり、クドは少し頭を振って気をしっかり持った。
 いまリムジンを見失ってしまえば、それこそ霧の中を永遠に彷徨さまようことにもなりかねない。
 もう劇場で観客をかせるものではなく、播海家はるみけつかえる存在であることを、改めて自身に言い聞かせる。
(劇場とともに処分されそうになったところを救われた、あの時から……)
 左目でリムジンのライトを強く見据みすえ、クドはいまのスピードと方向をたもとうとした。
 少し近付きすぎたのか、わずかにリムジンの車内が見えた気がした。そこに座るプラチナブロンドの髪の輝きも。
「……」
 クドは一瞬だけ口元を引きつらせた。
 その髪色を見た時、フリル付きの眼帯でおおわれた右目に、ある『記録』が再生されそうになったからだ。

 突き立てられる短剣のやいば
 闇に舞い散る鮮血。
 血にれて倒れるプラチナブロンドの女。
 そのかたわらにひざまずく、着物姿の少女。

 奥歯を強くみ、クドはその『記録』をおさえ込んだ。
 それは繋鴎けいおうから、『秘匿レベルを上げておけ』と言われている内容だった。
 クド自身であっても、みだりに再生することは許されない。
 様々な感情がぜになりながら、クドは乗用車を運転し続けた。
 霧の白さはいよいよ薄くなろうとしている。
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